『心を一つに』
どん、と体が衝撃に包まれる。俺の体は勢いよく宙に投げ出され、一緒にホットプレートが二つに裂けて落下していく。おいそれ探すの結構時間かかったんだぞ。だがとりあえず二つの安価のうちの片方、「便所飯」は達成された。
外は正に地獄。無数に伸びる無機質な建築物はどこか劣化しており、無事な施設も転移者達の攻撃により無惨に破壊されていく。これが終わったあとの彼らホワイトエンドミル社の社員達はどうするのだろう、とふと思う。歴史を破壊するなんて大それたことさえしなければ電力はそれほど食わないはずであるし寿命の間くらいは辛うじて生きられる……かもしれない。
まあその際はあの旧鎧装連合跡地を有効利用してもらうしかない。あの肉の柱、意識はほぼない状態のようなので割り切ってこの世の廃塩を全て清める清掃活動に勤しんでもらうべきなのだろう。だってお前らが壊したんだし。合成肉が後3切れあるので食べてOKだぞ。
『損傷率8%。修復を開始します』
禁忌兵装を修復するが、今回は痛みが存在しない。代わりに背中に背負っている箱から悲鳴と咳き込む音がうっすらと聞こえる。塩雨が降り注ぐ中一回転しビルの一角に着地する。その屋上には数多の砲台が設置されており、それを操作する下級個体達がぎょっとした表情で俺を見た。
その砲は少し歪んでおり、しかし絶え間なく周囲に放電を走らせ閃光を発射し続ける。その先には俺と似たような黒い装甲を纏った集団がいる。大型の蟲らしき生命や4mくらいあるゴリラも盾を構え、砲撃を避けて迎撃施設に突入していく。
彼らとしては遠くの兵士より既に内部に入り込んでいる異物、という事なのだろう。がちゃり、と砲の固定を解除し一斉に20の砲口が俺に狙いを定めようとする。
『ハッキング完了。潰しましたよ』
が、その瞬間放電が異常な明滅を起こした後静まり返った。反応塔に残っているブルーの仕業だ。何時でも転移できるならわざわざ最初から行く必要はない、という理屈である。一緒に双子も残って反応塔の制御の手伝いをしてくれている。だから集中できる。
天から便所飯仲間が降りてきた。焼き肉奢ったのに裏切ったその男は白い軍服を見に纏っている。だが以前と異なるのはその全身に取り付けられた数多の武装に半透明のカートリッジが装填されている、という点であった。そこには緑色の保電溶液が入っている。そして俺に射撃したその銃剣の内部のカートリッジは空になっており、煙が噴き出ている。
『保電溶液を利用した使い捨ての強化兵装だ。あんな大電流を流すんだ、一回使えば兵装は使えなくなる。だがその一発だけであればその威力はお前のもつ大剣に等しい』
上級個体が煙の噴き出る銃剣を投げ捨てた。その一射で俺の装甲は8%も削られている。以前は0.2%とかの表示で止まっていたのに。それだけではなく、奴の脚部や腕部の装甲は真新しい金属の光沢を帯びている。恐らくその下の身体パーツも再調整しているのだろう。以前廃棄について語っていた時の奴のコンディションとはかけ離れている、と見るのが正解だ。
再び上級個体が両手に銃剣を構える。そして
「うぉ!」
視界より体に突き刺さる衝撃が先に襲い来る。胸に突き立てられる刃はいともあっさり禁忌兵装を貫通し、その痛覚を感じて背後に下がる。それより早く足の甲に刃が突き立てられた。めしりと骨が砕け散り視界が痛みで明滅する。
動きに予備動作がない。反応するよりワンテンポ早く上級個体の攻撃は終了している。これが武術で言う所の起こりがない、という事なのだろう。いくら体を再メンテナンスしカートリッジを付けたところで禁忌兵装にスペックで勝つことはできない。それは以前と何も変化がない。
だが。
(今回の勝利条件は時間稼ぎ、じゃあない!)
目標は全転移者の帰還。無駄に時間がかかってしまえば資源や施設の差で不利になるのはこちら側。だから最速でこいつをぶっ飛ばして仲間の援護をしなければならない。反応塔を使用して飛び回れるのは俺だけなのだから。
『高速転移を開始します、戦闘プログラムに従ってください!』
足の甲に刺さった刃が赤熱し、保電溶液の入ったカートリッジが赤熱する。それはそのまま俺の脚を禁忌兵装ごと切断する。はずであった。
『転移!』
「あいよっ!」
だが俺の体は霞の如く消失し、視界には上級個体の背中が映る。これが座標変換。俺の座標を禁忌兵装に装着した小型反応塔を介してずらす。俺の体があるべき場所に移動する。禁忌兵装の戦闘プログラムに従い勢いよく大剣を振るう。刃の先に廃塩の軌跡が生じ、全てを塩に変換する。
上級個体には背後に転移した俺が見えているわけがない。その下らない予想を覆すかの如く彼は宙に身を捩り大剣の間合いから抜け出す。上級個体はくるりと回転しながら俺の姿を視認し、新たな銃剣を一瞬で構えた。その一動作で俺の追撃の意思が霧散する。
追撃していたら確実にカウンターを取られていた。悠々と着地する上級個体を見てそれを確信する。奴の銃剣は残り12本。だが俺の手札はあと一つしかない。このまま普通に戦えばその手札を銃剣6本程度で切らされ、残りで俺が敗北する。
「反応塔。その背中のユニット、ただの発電用有機物ではなく小型反応塔も搭載しているナ。でなければ相互通信は不可能ダ。言い換えればそれさえ壊せばその手品は不可能。あとは禁忌兵装をお前の体から引きはがせば何もできなくなるナ」
上級個体は何故か苦しそうにそう語る。その見識眼こそ上級個体の厄介な部分だ。1分にも満たぬ時間で俺の倒し方を完全に把握している。
勝てない。所詮、俺はどこまで行っても一般人だ。何百年も戦闘という一点を磨いた戦士には到底及ばない。どうするか、と滲む脂汗を振り払う。上級個体は攻めてこない。ただ口を回し続けている。
「何故この場所が分かっタ、『†最後の英雄†』」
「安価に従っただけなんです……」
「なるほド、その理不尽の裏には数多の手助けがあったのを隠さないト。流石は強者、奢りもないカ。それほどの強者に勝つにはむやみに手を出さず私の得意なカウンターで攻めるべきだろウ」
戦場で爆発音が鳴り響く。通信では権兵衛が無双し続けているしハッキングの攻防も続いている。だがこの中で上級個体の言葉だけがやけに意味が不明瞭であった。
「流石ダ。その若さで老兵の如き落ち着キ。やk。やはり私の得意なカウンターで攻めるべきだろウ」
「何言ってるの?」
「ラテラノ第1種軍縮条約違反の禁忌兵装。その出力を使いこなす貴様に隙を見せるわけにはいかなイ。焼きn。やはり私の得意なカウンターで攻めるべきだろウ」
そして上級個体の言葉の合間にぼそぼそと挟まれる単語で全てを察した。上級個体は二本の銃剣を俺に付きつけ、射撃も突きも、全てにカウンターを当てられる姿勢で停止している。上級個体という脅威から俺はあえて目を離した。
周囲を見る。塩雨の降り注ぐホワイトエンドミル社本社の中でも、ここは比較的中心部に近い。広がる防衛線を転移者は6割ほど突破できているような状態であった。そして先ほどまで俺に砲を向けようとしていた下級個体達は上級個体に俺を任せ、防衛線の維持に努めている。
……足元の瓦礫を拾う。人間ほどのサイズがあり、重量は軽く200㎏を越えているだろう。それを禁忌兵装と爺発電を全開にし、勢いよく防衛施設に向かって投擲した。
全身が禁忌兵装により無理やり加速され、圧倒的なエネルギーを得た瓦礫は勢いよく何かの通信機らしきアンテナがついた機械に衝突する。堅牢な筐体とはいえ200㎏もの質量が馬鹿げた速度でクリーンヒットするのは想定していなかったのだろう。大きくそれは歪み、煙と放電を周囲にまき散らし始める。その周囲から下級個体達が避難を始めていた。
改めて上級個体に向き直る。思わぬ出来事というのは何度も起こるものだ。上級個体は身動き一つせず、ただただ言葉を叫び続けていたのだから。
「なんという腕力! 焼肉食べ放題! やはり私の得意なカウンターで攻めるべきだろウ!」
「お前……」
『買収成功してて草』
『負けると社への損失である、という事実を都合よく解釈し続けてて草』
勿論この場を離れてしまったり完全に背を向けてしまうと上級個体は俺に対し攻撃をせざるを得なくなる。だが投擲程度であれば致命的な隙ではない以上待ちの一手を取る、という選択肢を選べるのだろう。
酷い。ここまで雑な言い訳は人生でもそう見たことがない。多分コイツ、カウンターを狙うフリしてずーっとサボるつもりだ
上級個体の健気な抵抗に笑みが浮かぶ。ここから投擲を繰り返すだけでも、禁忌兵装と内部からの攻撃と言う2つの要素が重なれば大きな打撃となり得る。流れが変わった、そう思った瞬間であった。
巨大な影が俺達を覆う。体長50mはあるその巨人は俺の立っているビルに顎を乗せた。肥兵と呼ばれている、しかし通常の物よりも遥かに巨大なそれは汚い単眼でじろり、と俺を睨みつける。背中に乗っていた改造人間らしい声の叫びに上級個体と俺の心は完全に一致するのであった。
「最高位執行者殿! 第4位執行者である我が援護する!」
((邪魔すんな!!!))
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『執行者』
執行者には順位がついており、最高位から第5位までが存在する。戦闘力及び功績により順位が変動するが、権兵衛により最高位から第4位までが討伐される状況で上級個体は単体で返り討ちにしたため一気に順位が上昇した。その急激な出世に2位や3位には蛇蝎の如く嫌われており、支部に左遷されていた理由でもある。
順位があがると思考制御が外される、生活が大幅に改善するなどのメリットが存在する。だがいくら上昇しても2999年基準であり、焼肉食べ放題に勝利するのは難しい。
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