『廃塩ループ』
そして遂に運命の日が訪れる。清塩教との出会いから早3日、俺達はビルの最奥に案内されていた。あの文様がない、無機質な廊下の先にある無機質な部屋。車2台が入りそうなその広さに反し、内部にあるのは金属製の固定具と壁から伸びる飾り気のない電極のみであった。
というのもこの部屋は反応塔のいわゆる処理室。内部の物質の時間情報を改ざんするための場所だからである。装置本体はこの部屋を取り囲むように存在しているようだ。俺達をここまで先導した改円は両手を広げて叫ぶ。
「間もなく第二反応塔が再起動しますぞ。これの素晴らしい所はシンプルな出力の高さ、容易にホワイトエンドミル社本体への転移を可能とするでしょう。ああ、この技術が300年前に完成していれば……!」
「第二、ですか?」
「第一と第二反応塔の間に性能差はありません。第一反応塔は私の時間情報改ざんや外で廃塩を清めている皆様のために使用しております!」
テンションが高くて怖い。彼らとしてみれば廃塩を放出する奴らを倒せる好機だ。理解できないわけではないが、それよりは困惑が混ざる。何故なら
「さあ清塩教の洗礼を受け、聖戦を行うのです! 『†最後の英雄†』殿!」
「いやなんでその名前知ってるんですか。それに入信する気もないです」
何故か俺が清塩教への入信が確定していて、しかも『†最後の英雄†』の名前が知られている。あの双子も知ってたしどうなってるんだよ。耳元からは掲示板の読み上げ音声が流れてきて、現状報告や俺への煽りが飛び交う。
『知られてて草』
『†聖戦†の準備できたぞー、いつでも転換砲発射可能!』
『連絡取れる転移者は全員本社周辺に集結完了!』
『暴力の時間だ! 行くぞ『†最後の英雄†』』
もうむず痒すぎる。やめてくれ、安価の後遺症にしては重すぎる。インターネットタトゥーを生み出してんじゃねえ。俺は顔を覆い絶望する。これ一生擦られるやつじゃん。
一方で掲示板の奴らは既に開戦準備を完了しているようであった。名無しのチンパンジー救出作戦から1週間程度でこの準備と作戦、早すぎると言えばそうなのだがそれには理由がある。摩耗だ。彼らは今帰還への可能性、そして俺というおもちゃの存在でようやく動けているだけの存在。下手に時間をかければ次々に摩耗に吞み込まれてしまう。転換砲を撃ち込まれてサーバーが破壊されようが、今こそが最大の好機なのだ。
俺の返答を聞いて改円はぎこちなく首を傾げる。まるでありえない事を聞いたかのように、何度も俺の答えを小さく呟く。こちらを振り向き、改円は精一杯の笑顔を浮かべた。
「何故知ってるかについては単純、支部と本社の通信を盗聴しているからです。ホワイトエンドミル社を脅かす最強の戦士にして転移者の希望。『不沈』殿が禁忌兵装を託すのも分かります。そして入信しない、ですか。何故でしょう」
本当に分かっていないようであった。改円にとっては理解の外。彼の笑顔は引き攣り、しかし言葉以外の行動を行わない。入信拒否を受け入れる、受け入れられないのならばミームによる再洗脳を試みる、など妥当な行動は複数ある。しかし改円はただ持論を展開し続けるだけである。
「外の世界を見たでしょう! 廃塩に侵され滅びゆく世界! それを変えるために我らがいるのです。変祈により人々を小神とし、皆の力で廃塩を清める。外の美しい信者達をご覧になられたでしょう。一人一人が世界を美しくするという使命を達成する存在に」
「あーそういうのは置いておきまして、そもそも洗脳して人をあんな姿にする宗教に入りたくないんですが。壁の文様で無差別に行うのダメでしょう」
「思考の奥底から疑問と神からの使命を引き出しているのです!」
「対策プログラムで消せる使命とは一体……」
「ああ、人の理に囚われてはなりません。この滅びる世界の事を考えてください!」
説得とは呼べなかった。こちらの考えを一切無視した上で、己にとっての正しさだけを叫べば相手は納得する、という傲慢がにじみ出ている。それ自体は誰にでもあるものだ。自分にもある。だがこいつの傲慢は度を遥かに超えている。
彼にとっては正しいのだろう。事実植物が生えているのはこの世界でここだけだ。最も豊かな空間をこの男は生み出している。だがそれは数多の人間を犠牲にし、これからも生贄に捧げ続けることで成立する地獄だ。疑似太陽の下、塩雨がない中ですくすく育つ植物に目を向ける。
「この場所は今でこそ廃塩から守られていますが、塩雨で劣化していくと思いますよ。いずれ天井が溶け切って塩雨が直接降り注ぎます。そうすれば今やっていることが全て無意味になるのではないですか」
「神の守護があるので問題ありません。信仰は理論を超越します」
その改円の答えで意思が固まった。俺は無言で禁忌兵装を展開し、ブルーは腕のコネクタからケーブルを伸ばしハッキングの準備を始める。俺達が臨戦態勢に入ってなお、改円は自身の教えが受け入れられると未だに思い込んでおり、武器を構えすらしない。俺の背中から黒い装甲が広がり、鎧として体を覆い尽くすのをただ眺めていた。
「なあ改円さん。俺は考えたんだ。双子の依頼とホワイトエンドミル社への攻撃を両立させる方法を」
俺の体が凄まじい勢いで削れ、大剣が展開される。しかし今回はいつもとは異なり、背中に直方体の箱が生成されている。そこには電極と粉末の排出口のようなチューブがあった。驚愕する改円の腕を掴み、迷わず背中の箱に叩き込む。そして手袋をしたブルーが改円の口にチューブを差し込み、樹脂製の固定具で外れないようがちりと締め付ける。暴れようとする改円であったが箱に蓋をすると身動きが取れなくなり、うっすら聞こえる叫び声だけとなった。
「つまりだ、転移者と同じ再生力を持つ人間をもう一人搭載してそいつで発電すれば俺は痛みを気にせず戦える。さらに異塩変換の発電時に出る廃塩。これを体内に取り込ませることで禁忌兵装ではなく廃塩を分解して肉体再生することが可能だ! お前が肉の柱になるんだよ!」
『酷すぎる。爺エンジン(廃塩フィルター搭載)やめろ』
『学んだことを直ぐ活かしてる。+100点 ただし道徳は-10000点』
『次から禁忌兵装使う時、俺も真似しよ』
ブルーは若干呆れた様子で反応塔の制御装置にコネクタを接続する。それと共に反応塔の起動が完了し、早速電波の転移が始まる。先ほどまで少し動作が遅かった掲示板の動きが明らかに変化した。
『通信環境改善確認! リアルタイムでの補助行けるぞ!』
『こちらブラジル班、転移者全員での突入準備出来てるぞ!』
『ハッキング班、本社へのアクセス開始! 荒らせ!』
『田中太郎、お前のタイミングに合わせて突入を開始する。号令を!』
掲示板の書き込みに少し目頭が熱くなる。ここに来てからかなりの時間がたったが、ようやく帰ることが出来る。帰ったら夕ご飯が出来ていて、学校には友人がいて変化のある明日が待ち受けている。
敵は時間を操り3000年を破壊しようとする怪物。国家を超える巨大企業。しかしこれだけの戦力が集まれば必ず勝てるはずだ。俺は拳を振り上げ、作戦開始を宣言しようとした。が、出鼻はいきなり挫かれる事となる。
『安価は?』
『安価は?』
『安価は?』
『安価は?』
『安価は?』
「なんだよその団結力! 今回重要な作戦だから二つだけな、867と871!」
この滅びた世界で、最後の大規模戦闘が始まろうとしていた。
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『小神』
すなわち肉の柱。廃塩ループ(肉体を分解して発電→廃塩が出る→廃塩で肉体を再生→肉体を分解して発電)を思いつかせてしまった元凶。ホワイトエンドミル社は廃塩は外に廃棄すれば良い、という考え方のため採用されることはなく、この度田中太郎の手によって初めて日の目を見る事となった。廃塩が出ないため非常にエコ。
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