『反応塔』

「37年前でしタ、改円が清塩教を立ち上げ皆を柱に変え始めたのハ。あの頃の私はまだ幼ク……」

「ちょっとまって君今何歳?」

「二人とも46歳ですけド……」

「固まらないで下さい。寿命は昔よりも遥かに伸びていますよ。成人は50歳からです」


 唐突に出てきた年齢の話にフリーズする。未来基準では俺の両親は未成年、あまりにも現実感がない。俺達は散歩をしながら話そう、ということになりビルの中を歩いていた。気持ち悪い壁の模様は距離感を失わせる。双子の少女はそんな空間をまるで我が物かのように歩いていた。


 双子は共に黒髪の、居たって普通の見た目の少女達である。二人とも真っ白のローブを着ていてその肩にはポーチがかかっている。ただし短髪のマスクをした方は一言も喋っていない。長髪の、ネックレスをかけた少女が俺達の問いに対応していた。


「どうしてあなたたちは洗脳を受けていないのですか?」

「私たちは最終ロットなのでセキュリティソフトがあのミームに対応していたんでス。他の人の洗脳を解除しようにも技術はなく、改円を殺そうにも反応塔による修正力がある以上不死身。私達だけがまともなまま生き残りましタ」


 塗装も内装も剥がれはなく綺麗なままだ。廃塩があれば劣化するはずなのに。不思議に思っている俺を他所に双子はずんずんと入口に向かう。その行く手に人影が写る。廊下の向こうから現れた、背の高い若い男は緩慢な動きでこちらに礼をし、何やらもごもご呟いた。


「汚れた塩を清める、それが我らが定メ」


 その姿を見て息を呑む。彼の両手があるべき場所に女性の足がそれぞれ接続されていた。それ以外の容姿は極めて普通だからこそ異常さが際立っている。そして若い男の後ろからまた一人現れる。その女性は両足が男性の腕と置き換わっていた。彼女は口をぽかんと開けたまま虚ろな顔で宙を見ている。


「肉体置換試験でス。あれを変祈と呼んでいまス。塩を清める柱を作るための前段階ですネ」


 もう早速理解が追い付かない。数日前からB級のホラー映画を見せられているような現状にげんなりとする。その横でブルーは「なるほど、転移者の修正力と同じですか」と呟いた。え、あれと俺関係あるの!? そんな思いを他所に俺達は彼らの横をすり抜けていく。変祈?した二人はこちらに視線を合わせることの無いまますれ違っていった。


「……私たちの兄と姉でス。改円に改造されましタ」


 双子の片割れがそう語りながら出口をくぐる。その先にあるのは例の光景。一面に広がる緑と無数の肉の柱だ。双子は腰に下げたポーチからそれを取り出した。廃塩と水筒に入った汚い水だ。彼女らは廃塩を水に注いで溶かし、それを肉の柱に向けた。


 肉の柱の、口らしき部位が表面に出ていてそこが注ぎ口になっているようだった。液体を無理やり流し込むと肉の柱はぐにゃりとむせ込むように振動を始め、暫くするとその動きを止める。


「えーと、これとお兄さんたちとどういう関係があるんだ?」


 戸惑いを口にすると双子は廃塩を注ぐのを辞め、代わりに俺達が先ほどまでいたビル内部を指さした。


「反応塔の仕組みを知っていますカ」

「さっぱり」


 俺とブルーが首を振るのを見ると双子は「まず反応塔の仕組みからお話しましょウ」といって語り出した。


「反応塔は揮発性異時間座標変換装置を搭載する塔でス」

「?????」

「端的に言えば、転移者と同一の状態を生み出しまス。すなわち対象をこの時間に存在するべきではない物質である、と情報を変換するわけでス」

「非時間依存型独立情報保存装置、の原型のようなものですね。……なるほど、一時的に転移者のような状態にして肉体を抹消、その際にエネルギーを加え修正力の作用する座標をずらす、と」

「今回の場合は電力で座標をずらしていまス。こうやって物質の情報を異なる座標に修正力によって出現させまス。例えば電波を対象に取れば実質どこでも通信が届きますし、人間を対象に取ればありとあらゆる場所に出現させることが出来まス」

「電波を送り返すには?」

「小型の反応塔を用いるべきですネ。電波程度であればA型に搭載可能なユニットがあったはずでス」


 特殊な用語に少し慣れてきたのか、何となくブルーと双子の片割れの話の内容を理解する。なるほど、それならば確かに通信環境を改善できる。電波が届かない地域にいる場合の対処法はズバリ電波をテレポートさせてしまえばいいのだ。ゲームの為にわざわざLANケーブルを自室に引いた結果足を引っかけた身としてはあまり納得いかないが。俺の自宅にも取り付けてくれねえか。


 しかし何故反応塔が大事か、ということは分かったがお兄さんや肉の柱との関係性がはっきりしない。こいつらだけホラゲの世界から来てるんだよな、と思っていると双子の片割れが説明を続ける。


「この柱は変祈を何度も続けた結果でス。レシピはシンプル、まず特定の義肢に対して異塩変換反応を起こし、その状態で反応塔を起動しいわゆる転移者の状態にしまス。すると修正力は義肢が塩に変化する、という状態を維持しようとしますよネ?」

「あ、ああそうだな。特定の義肢、っていうのがよくわからんけど」

「そこに廃塩を加え溶液により無理やり体内に吸収させまス。するとその成分が修正力排出できない状態で元に戻ろうとし、その結果廃塩の成分が消失し代わりに清塩が生まれまス」

「……なるほど、収支としては減少した義肢と清塩、加わったものが廃塩。そうなれば修正力の働きは自然と一方向になりますね」

「はイ。清塩は毒性が少なく植物の遺伝子改良で十分に適応可能でス。その結果がこの一面の緑となりまス」


 ブルーが納得してるがさっぱりだ。そう思っているとブルーが俺の様子に気づき説明を補足してくれる。曰く、


・異塩変換反応を起こしても毒性のない塩(清塩)を生む物質がある

・それを肉体の一部とし馴染ませ、仕上げた結果がこの柱

・修正力が働くと元の状態に戻ろうとする

・すなわち廃塩を入れてから修正力が働くとそれが分解される


 とのことであった。人に馴染ませる意味ある? と思ったがどうやらそのままだと廃塩の吸収効率が限りなく低いらしい。そこで最もこの世界において大きく、廃塩の吸収率の高い人間と一体化させることで効果を最大限にしているようだ。因みに柱にしている理由は物質と接触されたくないかららしい。見てみると柱の根元の地面も修正力に巻きこまれ抉れている。というか再生って無から肉が湧き出てるのかと思ってたけど実は周囲の物質を吸い込んで再構成していたのか。


 物質の無からの生成よりはリアリティあるし、地味に禁忌兵装を動かした時の体のダメージが大きい理由も判明する。あれ、肉体を異塩変換し電力を生み出すわけだけど再生の際に禁忌兵装分解しちゃってるんだ。だからそれを再生するために電力が必要で、そのために肉体を分解する、という悪循環が生まれている。結果上級個体君を倒しきれなくなるわけだ。逆に言えば外部で異塩変換できれば効率が上がって戦力向上しそうなんだけれどなぁ。


 それはさておき、肉の柱、結局これも時間の操作による修正力の産物。やっていることはホワイトエンドミル社と大差ない。いや、あのお兄ちゃんたちの表情をみるに痛覚とかはシャットアウトされてそうなのが救いだけれど。


 廃塩の溶けた溶液を流し込まれ肉の柱は苦痛か快楽かの区別もつかぬ奇妙な振動を繰り返す。その異様な光景を背中に双子の片割れは全く喋らない方のマスクを剥がす。その下から出てきたのは抉られた顎。断面は蝋らしきもので覆われていて、しかし切断面の痛々しさは隠せていない。彼女は喋らないわけではなく、その機能を奪われていた。


「変祈の前準備でス。1週間後に彼女も兄と姉と同じになりまス」


 ……ここで見捨てるという選択肢はないだろう。とはいっても改円を倒しても何かが起きるわけではない。唸る俺に向かって二人は頭を下げた。


「お願いします、『†最後の英雄†』様」

「ちょっとまて何で知ってるその名前」




――――――――――――――――――――――――――――――――

禁忌兵装に外部から電力供給できればいいんだけどなー。そんな都合の良い、無限再生して異塩変換可能な転移者と同じ存在いるわけないからなー。こまったなー。

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