『昇降機』
禁忌兵装。実に御大層な名前である。まるで世界を滅ぼすような兵器、という印象を受けるがそれは半分間違いらしい。
『ホワイトエンドミル社が条約で異塩変換式鎧剣を禁止するために行ったコマーシャルの一環が『禁忌兵装』という呼称だ。まあそいつが突出した性能を持っているのは事実だから好きに使え』
『特殊な波長の光と熱を与えることで大半の物質を廃塩に変える。その際に生じる熱エネルギーや電気エネルギーを活用する、というのがその鎧の機構ですね』
勢いよく上級個体を蹴り飛ばす。イメージは戦闘訓練で使用したあのパワードスーツだ。しかしその想定に反する異常な加速は上級個体の体を石礫の如く吹き飛ばす。足元を見れば踏み込む力だけで管にひびが入っている。トラックで衝突してもこうはなるまい。幾つもの壁が突き破られ、上級個体の姿は見えなくなっていく。
だが驚いてばかりではいられない。上級個体を追うべく跳躍する。そして叫ぶ。
「きのこの山が世界一ダ!」
「たけのこの里に決まってんだろカス!」
いやありえないんですけど。チョコとクッキーの完璧な一体化を成し遂げたたけのこが至高だ。それすらなぜわからん、これだから未来の奴は。はあ、とため息を付きながら吹き飛ぶ相手を追いかけると途中で横から凄まじく冷たい視線を感じる。
そこは他と変わらない樹脂ばかりの部屋だ。だが違うのは乗り物やコンテナ、打ち抜かれた人造人間たちがいることだ。そしてその中心には呆れた表情のブルーと虚空を見つめるイエローがいる。あ、一応生きてくれてたのか。
『修復ツール転送しとく。だが削除したデータが戻ってもせいぜい1割程度だ。人格の変化が起こる覚悟はしておけ』
「ありがとうございます、名無しのハッカーさん。で、あなたはなんでよくわからないこと叫んでるのですか?」
「煽ろうと思ってさ。お菓子食ったことねえだろ未来野郎、って言ったんだよ。そしたらきのこが至高だとか言い出してよ」
「まあデータとしては保存されてますから体感したことはあってもおかしくないとは思いますが。あの、状況とか雰囲気ってわかってますか?」
イエローは命だけは助かっているらしい。ブルーの呆れた、というか毒気を抜かれたような表情はダンッという床を叩く音と共に中断される。上級個体がこの部屋に飛び移ってきたのだ。腹部が少し傷ついているがその体の動作が止まる様子はない。どんな体してるんだよコイツ。上級個体は深く首を振りながらゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
「データではなイ。あの二つは転移物として取得し食べたことがあル。たけのこの里は手の温度で溶けてベタベタになっタ。食べる側のことを考えぬ独りよがリ。それに対するきのこの山の配慮、素晴らしイ」
「変なこと言ってる人が増えました……一生吹き飛んでいて欲しかったです」
ブルーの表情は緊張と呆れが交互に入れ替わっている。でも非常に重要な問題だと思うんだ。たけのこの里が敗北する事だけはあってはならない。今この瞬間名無しのチンパンジー救出作戦はきのこたけのこ戦争に変更となった。何があって求めねばならぬと右手に持つ大剣を構える。
俺の大層な見た目を見てブルーがからかうように笑う。その左腕からはケーブルがイエローに対して伸びている。時間稼ぎとして放たれたその言葉は妙に俺の心を刺した。
「コスプレ?」
黒い武骨な鎧だ。西洋の品をモチーフとしているのだろうがそれにしては機械部品が多すぎる。至る所から放熱の役目を帯びているフィンが飛びてており、更に機動力強化のための圧縮空気放出機構が手足や背中に付属している。フルフェイスの甲冑は通信機と戦闘補助端末を兼ねており視界には無数の表示が浮かんでいた。そしてそれらは読まずとも自然と頭に流れ込んでくる。
更に右手に持つ大剣は一見大した機構の無い金属の塊だが振るうたびにうっすらと発光する。この光が物質を塩に変換する光なのだろう。
そう、傍から見れば非常に格好いい装備だ。男子高校生としてはとても心踊る。是非写真を取ってSNSにアップロードしたい。しかし右手に映る表示がそれを打ち消す。
『撃破数:97302』
『新規対象撃破のために戦闘システムを再設定します』
そう、これは暴力のための道具なのだ。何度も人を殺し、そしてこれからも傷つける兵器。だから俺は軽口で返す事は出来なかった。
「……コスプレじゃあないさ。ないらしい」
武器を構える。目の前の上級個体は油断なく俺を見つめる。俺は今からこいつを殺すのだ。自分の手で。手加減なんて無理だ。戦闘不能、なんて器用な行動ができるかは激しく謎だ。上級個体は俺を見てふっと笑みを浮かべる。
「『†最後の英雄†』、慈愛の心という奴カ?」
「ぶふっ」
「おいブルー笑うな!」
「私を殺すのに躊躇いが見えル。食事会一回で情が湧いたのカ? だが新兵でもあるまイ、その問題は乗り越えるべきであル。今から私は貴様を捕まえるし貴様は私を殺すのダ。相手が如何に聖人でもゴミクズでも親友でも見知らぬ者でも殺すのが兵士ダ。殺しから逃げるナ、『†最後の英雄†』」
「ぷっ」
ああそうなのだろう。俺の目標を達成するのに甘いことを言っていられるような能力はない。理不尽に抗うために理不尽を今から押し付けるのだ。
じわり、と上級個体が距離を詰める。その動きは俺のものとは真逆の、洗練された戦士の動きだ。汗が滲み緊張が辺りを支配する。
そして上級個体はわざと俺とブルー、イエローが一直線になるように足を動かす。少し隙を晒した瞬間彼女たちはあの銃剣から放たれる一撃で無惨に死ぬ。全力で立ち向かえば目の前の男を殺す可能性がある。どの選択を取っても俺は人を殺すのだ。
『あ、もう少し待ってくれたら非殺傷戦闘プログラムを送れるぜ』
前言撤回技術サイコー。というわけで。
「床ブレイク!」
「「は?」」
昇降機に飛び移りそれを剣で切り裂く。抵抗する間も無く塩に変換され昇降機はあっさりと何等分にも分割される。落下する装置と共に俺は穴の中へ消え失せた。
話の流れを完全に無視する俺の逃走っぷりに二人の困惑の声が響く。ブルーは「私に上級個体と戦えと??? 死にますよ???」という不安。だが大丈夫だ。こいつはどこまでも仕事人だ。だからその確率を無視することが出来ない。
「やはりこいつはハッキング用の使い捨てカ……!」
すなわち俺に対してブルーが人質として有効でないという点だ。そしてそうなってしまえばあとは簡単。ブルーに使い道がないという事は目的を達成したかもしれないという事。つまり俺が目的地を完全に理解している可能性が生まれる。ブルーを始末する一瞬の差で目的が果たされるかもしれない。
かもしれない。かもしれない。だがこいつらの社則とやらでは一回のミスで致命傷になりかねない。自身の廃棄が常に天秤に乗っている。ブルーが右手を伸ばし、撃たれた人造人間たちがよろよろと動き出した所で奴の目標は決まった。
倒すのが面倒な雑魚よりも、脅威度が明確に高い禁忌兵装を先に処理する。
床が崩れ落ち、大地が沈む中で俺は飛ぶ。禁忌兵装が描く光の弧は凄まじいエネルギーを生み出し一歩で数十メートルの距離を0にする。
肉が削がれて再生する感覚を無視する。こいつのエネルギー源は他でもない、俺だ。俺の肉を塩に分解することで得た電気エネルギーを動力としている。だから使えば使うほど痛みは強まり口から血が漏れ出す。鎧の中はもう血塗れだ。再生と変換が無数に繰り返されるのを我慢して上級個体に追い付かれないよう地下に落下、移動を繰り返す。
床を砕き、剣を振るい目的地に到達する。4メートル以上ある扉がずるりと床に崩れ落ち、『目的地に到着しました』と視界に表示される。
巨大な部屋だった。ガラス張りのその部屋には巨大な球体が4つ浮かんでいる。そのうち1つについているプレートははっきり読み取ることが出来た。
『名無しのチンパンジー』
……お前、あいつらからもそう呼ばれてるのかよ。
―――――――――――――――――――――
『非殺傷戦闘プログラム』
禁忌兵装用のものなんて無かったので名無しのハッカーが夜なべして作りました。曰く「困る顔は見たいが曇る顔を見るのはちょっと」とのこと。
『禁忌兵装のエネルギー源』
有機物は廃塩に変換した際の電気エネルギー放出率が異常に高い。それはそうとして戦場はね、足元を見ると一杯エネルギー源があるんですよ。不思議ですね。
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