『過労死』

落下した先はあの広場ほどではないがかなりの空間がある。しかしそう断言できないほどには無数の樹脂管が辺りを埋め尽くしていた。それらは宙に浮く直径数十メートルもの巨大な球体に接続している。ぽとり、ぽとりと見覚えのある緑色の液体が管の隙間から垂れていた。


 それが計4つあり、それぞれの球にはそれぞれ名前が書いてある。『山田幸太郎』『安田光騎士剣』『中田鎧装連合の御曹司である俺は親から受け継いだ才能を活かし次期社長になります』『名無しのチンパンジー』。うん、名前なんとかしろ。耳元からは掲示板のレスが合成音声により読み上げられる。レスが多く何となくでしか発言主を特定できないのが難点だ。赤ちゃんだけはわかるけど。ばぶばぶしか言わんし。


『異塩変換式だ。今お前が動かしているのと何一つ変わらない。肉を塩に変え、得たエネルギーを液体に充填する。その4つは正に心臓そのものだ。天に浮かぶ脳の』

『しかしどうやってんだ。4つで電力持つわけないだろ』

『過剰に修正力を働かせている説』

『ちょいハックしてみる。端末をドロップしてくれ』


周囲は黒い耐塩樹脂で覆われており中は見えない。だが液体の流れる音と時折漏れる嗚咽のような声を禁忌兵装のマイクが拾っていた。掲示板の指示に従い足元にごとりと四角い銀色の通信端末が落ちる。手のひらサイズのそれはがちゃりと数本の脚を生やし、データベースへの接続口を探し始めた。


上級個体が俺に追い付く。直ぐに暴れない姿を見て上級個体は足を止める。いつの間にか脚の生えた端末は透明化しておりその姿は見えなくなっていた。


「やはりこの場所を知っていたカ。セキュリティ担当は全員廃棄確定だナ」

「ここってどんな場所なんだ?」


 上級個体の様子は以前見た時と大した違いはない。銃剣と数多の武装を体に取り付け、白い軍服を着ている。違うのは俺の蹴りにより前面がいくらか傷ついている程度であった。彼は俺の目を見ながら静かに話し始める。


「電力を保電溶液に詰め込んでいル」

「ここのエネルギーを支えるほど発電できるとは思えないぞ」

「そのために第三日本支部には4つの位相差保持回路が与えられていル」

「位相差?」

「修正力に影響する要因の一つが時間の壁ダ。しかしここで位相差保持回路によりある程度元居た時代に近い状態にすれば再生力は高まり電力は増えル。転移点を作り出すと逆流しかねないからそこまではやらぬがナ」


 割と重要な事を話してくれるはずなのだが今一理解が及ばない。ワームホール的な何かという認識で大丈夫そうであるが、面倒くさい専門用語を使わないで欲しい。これだから未来人は。そんなことを思っていると耳から通信が入る。同時に上の方からガチャガチャという音が聞こえている。禁忌兵装の補助システムにより拡張された聴覚で辛うじて拾える程度のものだ。


『増援を呼ぶための時間稼ぎだ。まあ俺達にとっても都合がいい。掲示板のアホども協力ハッキングの時間だおら、さぼっていないで働け』

『第3まで突破完了、キー共有しとくね』

『うひょ、位相差保持回路データ出てきたぞ!』

『素晴らしいですわ! それがあれば帰る道筋が生まれますわ!』

『何それ初耳なんですが。そんなもんあったの???』

『それを求めて返り討ちにあった権兵衛という男がいましてね。存在は知られてたけど完全に秘匿されてた状態です。なお現在』

『時間系の学者はよ!』

『ウホウホ!』

『名無しのゴリラ来たこれは勝利! マニュアル解読急げ!』

『ウホホ! 逆流システムを探してください。この装置には緊急用に必ず付いているはずです。各年代設定が正しいかはパラメータの32項を確認してください』


 何かハッキング班は頑張ってくれているようだ。だから俺も話を引き延ばすべく話題を無理やり広げる。


「転移点、というのがワームホール?」

「ホワイトエンドミル社本社ビルに設置された大型位相差保持回路によりそれぞれの時代に繋がっていル。回路を調節することで転移物をこちらに呼び出し私たちが回収すル」

「わからんわからん」

『難しい単語でIQが3まで落ちてるぞコイツ』

『要はお前を転移させ、時間を歪めているのはホワイトエンドミル社だって話』


 なんて分かりやすいんだ。時間を歪めるアイテムが位相差保持回路。仕組みは……さっぱりですはい。聞きたそうにすると上級個体先生は丁寧に教えてくれようとする。


「位相差保持回路により時間位相が高い状態が維持されル。これにより今と物理的に連結している過去の空間が生まれル。そして空中を転移点とすることで物質存在比の差によりこちら側に物質が流れ込んでくるのダ。最もその割合もたかが知れているガ」

『タイムマシンを使って過去の物質をこちらに呼び出すことが出来る。これで資源ゲットというわけだ』

「解説の人ありがとうございます。資源を手に入れることが目的なのか」

「それは少し違うナ。上の目的は時間軸の崩壊による西暦0年から2999年までを消滅させることに他ならなイ」

『なるほど、これだけ過去と未来がシェイクされれば歴史は情報統合性が失われる! その無秩序による崩壊、しかし巻き込まれる……位相差保持回路! 自分たちを西暦以前に移動することで崩壊の影響を遮断する!』

「解説の人消えちゃった……そんな……」

「無論それだけでは成立しないがナ。非時間依存型独立情報保存装置など、聞いたことはあるだろウ?」

『ある!』

「ないです……」


 この話で少しだけ意味がわかった。タイムマシンを使う事そのものではなく過去を滅茶苦茶にするのが目的なのだ。でもそれなら自身達を送り込めば、と考えて気が付く。修正力だ。俺達は過去から未来に来たから修正力を得ている。しかし逆ならばどうか。時間軸に矛盾は起こらないか。それらを解決するのがこの破壊っぷりなのだ。


 確かに西暦0年ならまだ掘られていない資源が無数にあるし技術力による統一も容易だ。『豊かな心と豊かな社会』、それを本気で達成しようとしている。彼らは資源を枯渇しないよう有効利用するだろうし人類も管理できるだろう。


 だがその代わりに3000年の歴史、生きた人々の存在がどうなるかは言うまでもない。だから俺は剣を構える。戦闘態勢に入ろうとした瞬間、ピー、っとエラー音が鳴り響く。二人そろって後ろの球体を見る。そこには『逆流システム起動』と表示されていた。


 それと同時に先程来た入口からガシャガシャと中級個体の姿が幾つも現れる。しかしそれに目を向ける余裕すらないらしい。


「時間稼ぎをされていたのは私のほうカ!」


 上級個体が叫ぶが状況が掴めない。え、ナニコレ。困惑している俺に耳から合成音声が流れてくる。


『ハック成功。もう少し解説しておこう。何故俺達が修正力で元の世界に戻れないのか。それは修正力が小さく時代を飛び越えるほどの力がないからだ。つまり修正力を過剰に大きくするか、あるいは必要な修正力を可能な限り減らせばいい。そのためのタイムマシンだ。回路を転移点ができるまで運転させればその周囲は元居た時代と同じ位相になり、時間の壁は限りなく薄くなる』


 本当に頼れる人たちばかりだ、と苦笑する。生き残ってる時点でまあ凄いのは確かなんだけれど、俺がやっていることが完全に霞んでしまう。言い換えればそういう人たちをも虚無に叩き込むのが摩耗の恐ろしさなのだろう。先ほどの解説が続く。


『あと3分で起動し修正力により彼らは元に戻る。時間稼ぎは任せたぞ』


 深く頷く。勝利条件は変更された。もはやただの救出ではない。4


『――ばぶばぶ!』

「って名無しの赤ちゃんだったのさっきまでの解説!? ハッカーさんは!?」

『非殺傷戦闘プログラムを作り上げて過労死しましたわ……』


 南無。安らかに眠れ。


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☆おまけ

(名無しの)赤ちゃんならわかるホワイトエンドミル社による転移物呼び出し法!


①位相差保持回路をMAX起動、2028年の空間を2999年に呼び出す

②物質存在比により物質が2999年側にエントリー

③回路の力を無くす。2028年の空間が無くなり修復力は残るが971年の時間を飛び越えることはできなくなる。

④2999年側にきた物質はそのままこちら側に残る。そして『†最後の英雄†』降臨。

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