『0009視閉協定』
あの上級個体が離れていく。隣にいるブルーは無言で、だから間を持たせるように口を開く。
「聞かなくてもいいのか、名無しのチンパンジーさんの居場所」
ブルーは自身の軍服の裾を強く握りながら首を振る。彼女は立ち上がり上級個体が向かった方向と同じ場所に歩き出す。その先は地下に繋がっていた。時計を見るとかなりギリギリの時間だ、俺も軋むパイプ椅子から立ち上がり彼女の後を追う。ブルーは確信を持った口調で言った。
「執行者がここにいるということはお母様も同じ場所にいる可能性が高いです」
「どうして……ってあの上級個体、数少ない強力な奴なんだっけ」
「はい。旧日本にいるのは精々数体で、転移者と言う重要なエネルギー源の輸送は彼らを使うはずですから」
「ここにその数体が集結でもしてない限りはあいつが輸送担当になるのか。しかし結構時間たっているはずだが、その間に輸送できるんじゃないか?」
「そこは塩雨の影響で車や人も侵され、瓦礫山の変化によりルートを幾度も変える必要もあります。旧東京の本部に輸送して帰って来るのにここからだと1か月では足らないはずです」
「飛脚で片道10日なのにな」
「塩雨に晒されて死ぬリスクがある以上、昔とは段違いの難易度です」
俺とブルーはひそひそ話しながら案内板を確認し、地下へと歩いていく。その前には無数の改造人間たちがいて、彼らも無気力そうに地下に向かっていく。貴重な樹脂を有効利用するために可動部を出来るだけ減らしたいのだろう。ひび割れた黒い樹脂の広場からは大きな扉とその先には樹脂製の階段が繋がっている。そこから無数の足音が響き続けている。皆祈りの為に移動を行っているのだ。
『0009視閉協定まであと10分。時間になったら地下入口より突入、その後梯子を伝って排気配管の上を走り、目的地に到達する』
名無しのハッカーから転送されたデータが手元の端末に映る。地下の第一層に巨大な空間が広がり、その先に地下数百メートル続く複雑怪奇な構造が広がっていた。そしてその中心近くに赤い点がぽつんと輝いている。そこが名無しのチンパンジーの居場所である、と名無しのハッカーは言った。
修正力変換型第二発電機と描かれたその部分から少し離れた場所にA級特殊対象保管庫と書かれた表示もある。仮にエネルギー源として既に使用しているのならばここ、もしいなければ保管庫の方。いずれにせよ俺たちは地下を走りマイナス54階層、目的地点まで走らねばならない。
ブルーは緊張した表情で地下への入り口の前に立つ。周囲の改造人間は軒並み地下に入っていき残ったのは俺達だけだ。少し手が震える。緊張、という感情で処理していいのかわからない、初めて故のごちゃごちゃした感情を抑えながら俺は服に手をかけた。
「あと2分、0009視閉協定です。私は先回りして昇降機を確保しておきます。あなたは正面の中央螺旋階段から回ってください」
「何しりゃいいか分からんけど、とりあえず向かうわ」
『プレゼント送るから必死に走れ。どれだけ最下層まで繋がる螺旋階段近くにいれるかでぶち抜ける階層が変わって来るから』
『ジェネレーターのハック開始しまーす』
『あと1分。配信同接3桁突破!』
『こんなに転移者生き残ってたのか……』
『摩耗勢にすら見させるコンテンツ力の高さ。とりあえず食事会達成おめ』
『迷惑系配信者でもこんなことやらんぞ、会社にパンイチ乳首絆創膏で突入して暴力を振るうとか』
そんなに見られているのか、とげんなりしながら軍服を脱ぐ。その下にはパンイチ乳首絆創膏、そして例外として許された撮影等のためのカメラ付き小型デバイスのみを付ける。傍から見れば美少女と変態男子高校生そのものだ。警備員に捕まってもなんらおかしくない。
というか思ったより寒い。塩雨で冷やされたこの世界は相当に寒く、建物内は大丈夫かと思いきや節電してるのか寒さはそこまで軽減されていない。冬場の柔道場位の寒さに身を震わせながらカウントを聞いていた。
『0!』
その言葉を聞いた瞬間暗い樹脂製の扉をくぐる。螺旋階段の下は大きな広場のようになっていた。だが今は全てのものはどかされ薄暗いその場所に無数の祈りが掲げられている。
人造人間が集結している。彼らは一様に空に向かい腕を合わせ、目を閉じ形式だけの祈りをささげる。光はその腕だけを照らし出し異様な光景をさらに深める。だが恐らく誰一人として何も思っていないのだろう。ただ言われるから、罰則を受けたくないから彼らは黙祷しているのだ。
0009視閉協定。第3次企業群戦争においてホワイトエンドミル社関連企業の保有する転換砲の誤射により民間人300万人が一瞬のうちに消し飛び、ロサンゼルスが死の街と化した事件。真相はロサンゼルスに逃げ込んだ旧アメリカ国要人と戦力、そして情報を一切の後腐れなく消し飛ばすためのホワイトエンドミル社の陰謀とも言われている。だが真相は闇の中。その誤射を悼み、心を痛めた当時のホワイトエンドミル社社長は毎年同じ日、同じ時間に10分に渡る黙祷を社員に強制するようになったのだ。
……と言う話はさておきとして、大事なのはしばらくの間俺に攻撃が飛んでこないという事だ。下の空洞に向かう螺旋階段を無視し俺は近くの梯子から樹脂でできた太い管に飛び移った。
パンイチ乳首絆創膏で。
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