『食事会』

 相も変わらずひび割れた樹脂の床。その上には組み立て式の簡素なパイプ椅子とパイプ机が並べられている。目の前の人造人間さえいなければ2028年に存在してもおかしくないほどのシンプルさ。そこには剥がされた見栄があった。


「そこまでもう足りないのですか、耐塩樹脂は」

「だから樹脂は溶かされ塔に使われていル。昔は世界一の企業に相応しい内装だったらしいガ、今はこのザマダ。戦争の勝者として得た物も使い果たされもはや金属製の代用品しかなイ」


 人造人間はポリポリと口に食料を運びながらそうぼやく。 その姿は残酷な悪役、というよりはただのくたびれたおっさんでしかない。


 そうだ。名無しのチンパンジーを攫った組織は機械などではない。ただ意味も無く残虐行為をするだけの装置ではなく、一人の人間なのだ。彼は食べ終わったらしく席を立とうとする。だがその前にブルーが机に新しい保存食を置く。


「食事会をしませんか?」


 侵入者にしては余りにも図々しい申し出。しかし上級個体はしばらく思考した後席に座りなおした。その眼はブルーが置いた保存食に注がれている。凄い勢いで。何なら前のめりになってる。俺達は彼の前にある席に座り、自分用の保存食を手に取る。


「3分だけダ。……なるほど、86年ぶりに有給休暇が取得できたと思ったら貴様らのお陰カ。感謝すル」

「では私達も食事をさせてもらいます」

「隣の男ハ? あの時の転移者のようだガ」


 沈黙する。その理由を察したのかからかうような口調でブルーは言った。


「『†最後の英雄†』はシャイなんですよ、すみません」


 だから言いたくなかったんだよ! 安価で中二病設定を強要されてるから! しかし安価は絶対、心の奥で絶叫しながら俺は渋々肯定の頷きを返す。上級個体はふむ、と言いながら何か宙を見つめる。そして少し瞳孔を見開いて声を震わせる。え、何かあったの?


「『†最後の英雄†』……情報規制AAAランク、脅威度暫定S、社の存続を脅かす戦士だト!? なんだこのデータハ!」


 ブルーと俺が目を見合わせる。何で驚いてるかわからないしどうして向こうに『†最後の英雄†』の情報があるのかも意味不明だ。だがその答えは意外な所から明かされた。


『データベースにアクセスできたから設定放り込んどいたよ』


 お 前 の せ い か 名 無 し の ハ ッ カ ー !


 だが俺の絶叫は通じず、上級個体は警戒した目つきのまま食料のパッケージを開け、そして大丈夫と判断したのか口に入れる。ブルーはその様子を興味深そうな目で見ていた。


「かなり高精度な解析装置を搭載してますね。執行者の中でも相当な実力者なのではないですか、あなた」

「所詮は左遷された身ダ。それに部品の交換も難しくなってきタ、廃棄も近い」

「あの戦闘力を見るとそうは思えませんが。そう言えばお名前は何というのでしょうか?」

「No.03141AIDANA、は社員IDダ」


 少し首をひねった彼は懐かしそうに自身の人としての名前を呟く。それは余りにも長大で余りにも壮大だった。名前と呼ぶには余りにも意味が込められている。


「『天才は12歳にてホワイトエンドミル社に入社し部長まで成り上がるようです~親が貧しい? そんなの一切関係ありません〜』という名前ダ」

「何で長文タイトルなの???」


 思わず声を出してしまう。なんでネット小説の長文タイトルみたいなものが名前なんだこいつ。俺の田中太郎と比べて見ろ。余りにも差が酷すぎるだろ。しかしブルーはまるで普通のことかのようにうんうん、と頷く。


「2700年前後の流行りでしたね。回りくどい名前じゃなくてストレートに名付けようっていう」

「そんなの流行るの未来終わってるだろ」

「終わってるとは失礼ナ。……といっても転移者からすればそうなるカ。そちらの時代はかなり名前の縛りが厳しかったと聞ク。『†最後の英雄†』の名は何というのダ?」

「田中太郎だ」

「田中太郎……いわゆる名無しを意味する呼称カ。ジョン・ドゥと同じ類だナ。本来はさぞ名高い戦士なのだろウ」


 んなわけはありませんし俺の本名がそんな捉えられ方をするのも初めてだよ。それに長文タイトル的な名前がガチで未来で流行るのが確定したし。家系図や戸籍見た時の俺の気持ちを考えろ、多様性として受け入れられないぞ、まだ。


 長文タイトルが並ぶ名簿を想像し身震いしている俺を他所に上級個体は保存食を旨そうに食べる。発掘したものとここで配布されているものは味が大きく違うらしく、彼の表情は明るい。むしろここで配布されているやつの味が気になってきた、と思いながら俺も手元の保存食をぼりぼりとかじる。お、今日はコンソメ味だ。


「さてそろそろカ」

「確認しておきたいことがあります。今のホワイトエンドミル社の状況はかなり劣悪なようですが、どんな状況ですか」

「そうだナ、私のように忠誠心も削れただ生きる為に惰性で働くものが多数ダ。何十年働いても屍となった社訓に従い働ク。壊れるまで終わりのない地獄。とはいっても社自体はあと100年、存続させるだけならばできるだろうがナ。資源も尽き果て帳簿上だけに存在するナニカが踊り、あるタイミングでするりと全てが滑り落ちるだろウ」

「そこまで待っていられません。今日がそのタイミングです」

「好きにしロ。こちらは仕事をするだけダ。あと地下にはまだ行くナ、あそこより下は監視装置が十分に機能しているからその程度の偽装では見つかるゾ。強行突破するなら0009視閉協定中の、見つかっても追撃が少ない時ダ」


 そう言って上級個体は席を立つ。その表情にはまもなく有給休暇が終わる悲しみと思ったより飯が美味しかったという満足感が浮かんでいる。表情豊かなんだよなこいつ。彼の後姿にブルーが声をかける。


「最後に。イエローはどうしましたか?」

「いちいち個体の名称を記憶などしていなイ」


それは彼女がここまで意地でも口に出さなかった言葉であった。一瞬で空気が険悪になり、今にも爆発しそうな空気となる。彼女にとって長い時を過ごした姉妹のような存在だ。死がほぼ確定したとしても、それを問わずにはいられなかったのだろう。


 だがそれはそれとして安価は絶対である。


「俺の本気を見れば後悔する、必ずな。趣味はゲームと軽犯罪、田中太郎だ」

「話に脈絡が無さ過ぎるガ」

「茶々入れないでもらえますか?」

『無理やり安価達成してお茶を濁そうとするな雑魚』

『それ達成としてはみなさないよ』


 ……そんなにフルボッコにしなくてもいいのに。ぐすん。



――――――――――――

耐塩樹脂

有害な塩雨で溶かされない数少ない材質。基本的にこれをコーティングしていないと部品が侵され生物も機械も機能停止に陥る。この世界における最重要物質の一つである。

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