『†最後の英雄†』

「間もなく到着するけど見えてる? ハックされたりしてない?」

『行けてるよ、良好』

『ブレ補正導入はよ』

『ゆっくりでいいから足元に気を付けなさい、間に合わなくなりますわよ』


 2999年18月45日。俺とブルーは背中にカバンを背負い瓦礫山の隙間を歩いていた。200時間近く歩き続けようやく目的地が見えてきた。それは瓦礫山の間にある谷の底に存在した。無数の黒い樹脂製のビルが円盤状の巨大な基盤の上に無数にそびえたっている。無数の金属管がこの街に向かって集合しており、それらは2つの管に束ねられた上で上空に向かっていく。その先にあの巨大な脳が存在した。延々と降り注ぐ塩雨をしのげる、大きな瓦礫の下で俺たちは一息ついた。


 ホワイトエンドミル社第三日本支部。それが今から俺が襲撃する場所の名前で、恐らく名無しのチンパンジーがいると思われる場所だ。俺達は瓦礫に身を隠しながら内部をブルーから手渡された四角い遠視装置越しに覗き込む。


「未来だなぁ」

「知能指数を再生し損ねましたか?」

「だってそう言うしかないじゃん」


 まずその街に道路というものは存在しなかった。代わりにあるのはビル同士を繋ぐ橋のみ。それらも塩雨対策に透明な装甲で覆われ外と隔絶されている。無数にそびえたつ樹脂のビルの間には建築時のゴミと溶けた装甲、そして風に飛ばされたゴミが積もり瓦礫山と大差ない様相を生み出していた。つまり何も分からないということである。困惑する俺の脳に追い打ちをかけるように、耳に付けた端末が書き込まれた内容を読み上げる。


『よし、ドローンを迂回させて飛ばす。内部から引っこ抜いた情報を元に安価を決めるぞ』


 うん、助けてくれるのは分かるし不可能な安価で捕まったら困るというのは分かるんだけど。その、ハッキングするついでに安価1つ減らしてくれない? パンイチ乳首絆創膏だけでも厳しいんだけど。


 そんな思いは欠片も届かず掲示板に刻々とデータが書き込まれて行く。それらの数は独自の用語も多く俺には何一つ分からない。ただ自分がとんでもないことをしようとしている、という実感に恐怖か期待なのか判別の付かない体の震えを感じていた。


『奇兵登録されているのが20体くらいいるな、こいつらは面倒そう』

『自立D型の正規版が3台あるのきついぞ。建物内だから大丈夫だろうけど、それにしても』

『やっぱ転換砲対策はしてるよなー。どうやって禁忌兵装運ぶべきか』

『ジェネレータ4つのうち1つでも破壊すれば同時射撃で通るとは思うけど、そもそも2つも転換砲がない』

『>>352 持ってます』

『権兵衛やっぱりお前……』


 話をしている横でがらがらがら、と瓦礫を登って来る音がする。渡されていた銃を思わず向けるとそこにあったのは一匹のゴキブリのような数十センチの機械生命体であった。その背中に体の大きさと反するようなコンテナが積まれており、そこには『by 名無しのOL』と表示されている。丁寧に畳まれた、明らかに質の良い人工筋肉が編みこんである白い軍服だ。その横には過剰な大きさを持つ口径のハンドガンと弾倉が大量に詰め込まれている。


 それはブルー用のものであり、彼女は掲示板に感謝の言葉を書き込みそれらを着込む。顔を隠すように金属製の面を被ればこれでホワイトエンドミル社製人造人間の出来上がりである。あの脳と電極が見える姿と比較すると違和感があるが、顔の装飾権を購入したという扱いで押し通すようだ。


 そして当然俺の装備はない。当たり前だ、俺はパンイチ乳首絆創膏で突入するのだ。むしろ今から脱ぐ。


『ブルーはその拳銃以外持ち込むな。兵器保有が上限を超えて検査対象になる。むしろラッキーなのは田中太郎、お前だ。パンイチ乳首絆創膏なら脅威度ゼロ、ただの有機物として判別される』

「いや流石に人間としてバレない?」

『バレない。数百年ノーマルがいなかったわけだからコスト節約の為に検知器が更新されず機能停止している』


 実に世知辛い理由だった。何か父が言ってた記憶がある、コスト削減とか言ってパソコンの更新が承認されず半年くらい地獄だったと。


 まあ俺みたいにパンイチ乳首絆創膏で突入してくる奴のために割ける経費があってたまるか、という話ではある。そう思いながら掲示板に情報が集まってきた、と判断した俺は音声入力で書き込む。


「残り2つを決める」

『キタ!!!』

『意外とどうにかなりそうだから変なの投げてもいいぞ!』

『任せろ』

「お前ら……じゃあ812、813で」


 テンションの高い掲示板民に苦笑しながら俺は遂に宣言する。その瞬間待っていたと言わんばかりにコメントが投下される。


『食べ歩き☆グルメツアー』

『脳の前で裸踊り30分』

『紐無しバンジー第2弾!』

『下級個体で脊髄剣製作』

『溶解液イッキ飲み!』


 それ面白いのか?というものからやったら絶対ダメだろ、とツッコミを入れたくなるものまで様々なものが並ぶ中俺は固唾を呑んでそれを見守っていた。そしてついに運命の812、813に書き込みが行われる。一瞬俺は硬直し、ブルーは笑いと恐怖の中間のような表情でフリーズするがそれも仕方がないだろう。その内容は肉体面と精神面共にダメージを与えてくるものであったのだ。


『あの上級個体ニキと食事会』

『中二病設定で行動。内容は>>831、>>838、 >>851』


 汗がぶわりと出る。え、食事会って何。俺が5等分にされてステーキにされる未来しか見えないんだけど。それと設定って何だ、やめろ二つ名の案を出し始めてる奴、決め台詞も考えてんじゃねえ!


 俺の反論はただ一つの言葉に打ち消され、遂に突入の時を迎える。『†最後の英雄†』と呼ばれた、決め台詞は『俺の本気を見れば後悔する、必ずな』、趣味はゲームと軽犯罪、パンイチ乳首絆創膏、田中太郎の物語の始まりである。


「やっぱなかったことにしてくれ!」

『『『安価は絶対です』』』




―――――――――――

『ノーマル』


身体改造を全く行っていない者の事。第2次企業群戦争の頃より出生時に脊髄置換が多くの国で義務付けられ、ノーマルは事実上消滅した。ちなみにそれ以来、誤魔化しやすい熱源探知や無意味化し始めた映像判別よりも脊髄に登録されたIDに基づく監視が好まれるようになった。何度も言うが、誰もチップを埋め込まれていないパンイチ乳首絆創膏が突入してくるなんて思っていないのだ。


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