『WEM』
『戦闘シュミレーションを開始します。再現対象:第4次企業群戦争、2589年13月7日旧日本 目標 戦域の突破』
その言葉と共に俺の脳内に映像が展開される。そこは戦場だった。今いる世界とも2028年とも異なる世界。自然は消滅し大地は砂漠と化している。その上に灰色の樹脂で造られた幾重にも建物が重なっており、それらは今半壊していた。
改めて自分の体を見る。パワードスーツ、と呼ぶべきものだった。細い金属外骨格のパイプとその内側に入っている人工筋肉が外から丸見えである。鎧装連合と書かれた周囲の樹脂と同じ色のそのパワードスーツは人間に数多の力を与える。戦車を持ち上げ屋根まで跳躍するそれは、しかし目の前のそれと比較すると余りにも無力だった。
それは周囲にそびえたつ樹脂の柱に先端に銛のようなものが付いたワイヤーを突き刺す。そして脚力と足に接続したブースターを持ちいることで、榴弾で破壊尽くされ複雑になった地形を縦横無尽に駆け抜ける。脳内でプログラムからメッセージが送られてくる。
『本戦闘訓練においては摩耗対策として一部、ランダムに生成されたエネミーが出現します』
それは立体機動する足の生えたスマートフォンだった。液晶パネルは銃弾を浴びると『ヒット!』と画面に表示すると共に爆散する。だがその端子には銃座が接続されており弾丸が防壁を削っていく。いやネタにしてもこれは酷い、明らかに雰囲気を損なっている。俺はヘルメットに装着されているマイクに向かって叫んだ。
「絶対これがランダムエネミーだろ!」
『否定。これは実在してます』
「足の生えたスマホが!?」
もう少し確認するとスラムの、身体改造の部品が劣悪で解像度が悪い画面しか脳内に表示できない人々のための格安移動式インターフェイスを軍用に転換したものがこれらしい。プログラムは通常の自立兵器のものを転用しているため定期的に転倒するとのことだ。
だがいくらそれがしょうもないものだとしても搭載している銃弾と爆薬は本物だ。体が穴だらけになった瞬間勢いよく足の生えたスマホ君は爆発し建物をさらに損壊させていく。折り畳みスマホが一時期あって進化してるな、と思った記憶あるけど未来はこんな方向に辿り着くのか、知りたくなかった。
『資源不足のため民生品を軍用に転換するプログラムとアタッチメントは大いに活躍しました』
という事は走る炊飯ジャーとか銃を連射する冷蔵庫とかもあってもおかしくないわけだ。そんなになってまで戦争したらそりゃああんな有様にもなるだろう。そう思いながら俺は物陰に隠れ周囲を見渡す。
周囲は味方の代わりとして赤色の人形が銃を持って配置されていて、それと二足歩行するスマホが戦っているような有様である。それらに巻き込まれないよう俺は慎重に進んだ。今回の目的はこの戦域を抜けて先に進むこと。つまりバレずに進むのが一番効率が良い。
「今回のチャレンジは何度目だ」
『計84回目となります。未だに最終領域を突破することには成功していません。前回の敗因は身体電磁波の放射を嗅ぎ付けられ中級個体に囲まれた事です』
つまり実際に突入していればそれだけの回数死亡していた、という事だ。実際何度も挑戦してみて俺は改めてこの戦争の無慈悲さを実感していた。簡単に敵も味方も死ぬし、互いに余力がなく今ある資源から無理やり戦力をひねり出している。当然俺もあっさりと死んだ、何回も。
パワードスーツのアシストをONにし、足音を消しながら歩く。この消音機能だったり熱感知対策機能も安物らしくまともな性能をしていない。内部に入っているクッションが破裂し爆音を鳴り響かせることも少なくない。
だが幸いにも今回は大丈夫だったようで、そろりそろりと十分ほど初めにいた場所から西に数百メートルほどの所に存在する大通りに辿り着く。他の場所とは変わらず単調な、樹脂で造られたその部屋には3体の人造人間がいる。
それらは全て下級個体である。彼らは白い、質素な装甲服を身に纏っていてアサルトライフルを手に構えている。2028年でも何千年も昔から存在するナイフが未だに脅威であるように、旧式の金属弾を撃ち出すその銃も未だに現役であった。俺は腰に下げた1メートルほどのブレードをもって、勢いよく彼らに向かって駆けだす。
俺を視界に入れた彼らが銃を構え、引き金を躊躇わずに引く。俺の体にダメージが入りフィードバックとして本来の数十分の一にもなった鈍痛が脳に与えられる。それを無視しながら勢いよく両腕を後ろに、頭を盾にするような形で突進した。銃弾は頭蓋骨に吸い込まれ衝撃と共に思考が途切れ途切れになる。が。
「再生っ!」
俺が覚えたことの一つ目。それが再生速度の早送りだった。このプログラムは元々名無しのハッカーが最低限戦闘慣れするために使っていた物らしく、転移者としての再生も可能となっている。やり方は簡単、破損した部位に意識を集中するだけで、名無しのチンパンジーがやっていたように一瞬で再生できる。故に戦闘において最も重要となる腕と足の人工筋肉を守るため頭蓋骨を盾にするのだ。
『エラー:埋め込み型インターフェイスの破損を確認。以降人工筋肉の操作は追従型となります』
その通知を聞き流しながら距離を詰める。銃弾の雨に体を貫かれながらしかし全身を止めず、弾切れになった人造人間がリロードをした瞬間に俺は目と鼻の先まで飛び込んだ。そして後ろに回していた腕を振り上げ、ブレードを人造人間に叩き込む。
装甲板とブレードの間に火花が散るが、切断は抑えられても衝撃は抑え込めない。1体の人造人間は胴体から不可逆な破壊の音を奏で活動を停止する。残り2体は一瞬動きを止め、完全に同じ動作で銃を構え俺に狙いをつける。咄嗟の事態に完全に戦闘プログラムに身を任せたのだ。そうなればあとは簡単、2体の間に体を滑り込ませる。樹脂の床を削り足元に滑り込んだ俺に対して彼らの照準プログラムはフレンドリーファイア阻止の為に引き金を引かず、そして下っ端であるが故に近接戦闘プログラムを購入していない彼らの動きは完全に停止する。
だから再び横なぎに敵を切り裂くのは極めて容易で、同じくらい周囲から集まってきた中級個体に完全に抵抗できなくなるまで射撃されるのもまた容易だった。南無。
◇◇◇◇
「ようやく下級個体倒せた―!」
「お疲れ様です。あの装備で複数の下級個体を倒せるのは流石です」
頭に付けた機器を外して俺は伸びをする。ヘルメット型のそれは旧拠点に置き去りにしてあったものであり、それに掲示板経由で貰ったプログラムを導入し試していた、というわけだ。周囲は相も変わらず無機質な壁と半分水没した床、そして色々保存食を並べて胸を張っているブルーである。彼女は俺の隣に座りスティック状の保存食を剥いて差しだしてくる。それを受け取って食べながら「やっぱ難しいな」と俺は呟いた。
「難しいって戦闘が、ですか?」
「一番は武装の保持だな。射殺されても再生できるのはいいんだけど武装は壊れたまま。そうなると人造人間に勝ち目が無くなってリタイアせざるを得なくなる」
「普通の人間は再生できずに終わりです。なのでまずは見つからずに進むことが必要ですね、ある程度は私がハッキングしてどうにかします。そもそもこの戦闘プログラムの目的は普通にやったら死ぬ、囲まれたら死ぬということを確認するためのものですからこれでいいかと」
「それはそうなんだけどさ、もう出発が近いだろ?」
彼女は沈黙する。そう、あと数十時間でホワイトエンドミル社の支部近くに移動し、突入準備を整えるスケジュールになっていた。戦闘訓練が足りない、というのは分かっていたが一方で俺はそれをし過ぎてはならないと確信していた。今まさに感じている、戦闘の高揚とこの世界との虚無の間から生まれる落差による、虚脱感と非現実感。
戦闘は精神を摩耗させる、ということの意味を俺はシミュレーションであるにもかかわらず実感していた。仮にこれが人生をかけた戦いだったら。実際にフルの痛覚が襲い掛かる状況だったら。そんな俺の雰囲気を薄々察していたのだろう、こつんとブルーの頭が俺の肩に乗る。
「……逃げませんか? 朝起きたら挨拶をして、談笑しながら食事を取る。昼は瓦礫山を漁りながら遊んで、夕方は部屋でゆったりするんです。何をしても構いませんよ、私はすべて受け入れます。あなたが楽しく摩耗せず過ごせる人生のためなら惜しいものはありません」
その悪魔の囁きに俺は思わず吸い寄せられそうになる。事実その方が良いのだろう。ゆったりと時を過ごし、苦痛なく摩耗しきるまでブルーと生活をする。彼女との雰囲気は悪くない、むしろ良好と言っていい、だから楽しい、代わり映えのない時間を過ごすことが出来るはずだ。でも。
「やっぱりそれはダメだ。名無しのチンパンジーさんの事から目を逸らして生き続ければ軸が無くなる。理不尽を受け入れ続ける人生になる」
「そればっかりです。そもそも人生は理不尽の連続ですよ?」
そう茶化すようにブルーは笑う。だから俺は少しだけ昔の事を思い出しながら語った。
「だとしても、抗えるものには抗いたいんだ。昔さ、姉がいたんだ。自慢の姉でさ、成績優秀で美人で性格も良くて、俺達兄弟の憧れの的だった。特にピアノが巧くてかなりの有名人だった」
「……」
「でもある日嫉妬したピアニストにバットで腕を滅茶苦茶に折られてさ、片腕に麻痺が残ってしまったんだ。そんな理不尽にどうしたと思う?」
「諦めずに頑張って片手だけでプロになった、でしょうか」
ブルーが極めて真っ当な答えを返してくる。うん普通そう思うよね。だが違う、そんなレベルではないのだあの女は。
「あと7本義手を付けて一人バンドを始めた。4本ドラム2本ピアノ2本ギター」
「何言ってるんですか????」
俺も何を言ってるのか意味が分からない。『TESTING DEVICE by WEM』、と刻印のついた明らかに2028年のものとしてはオーバースペックなその義手をつけて姉は躍進を止めなかった。結局数年で姉は大学生にもかかわらず国内でも上位の知名度を誇るようになり、俺はその弟として多少面倒が襲い来るようになったのであった。
正直7本義手を付けると言われた際は無限に混乱したし、今でも仕事の為に義手を全てつけた姿を見るとちょっとビビる。でも思うのだ。理不尽には抗えるものも多い。そして抗える理不尽に泣き寝入りし、理不尽を受け入れ続ける人生にしてはならないのだと。
「いい話風にしてますけどちょっと待って下さい、それ本当に2028年の人間の話ですか? 創作じゃなくて?」
詳細を聞いて怯えるブルーを笑いながら残り少ない時を過ごす。決行の時が近づいていた。
――――――――――――
『WEM』
すなわちホワイトエンドミル社。2098年にホワイトエンドミル社、と改名するまではこちらの名前を使用していた。初期はただの工具メーカーだったのが2020年代にまるで未来の技術で造られたかのような義体技術を発表し一部を賑わせた。ただし原料や加工の問題で実際に普及するのはそこから数十年かかる事となる。
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