『18月3日』

「着替えはできましたか? 昔私が着ていたものですが、サイズが可変ですので合うはずです」

「おう、問題ないぜ。ありがとう」


 そう言いながら先ほどは妙に罵倒してきたブルーから貰った服を鏡で確かめる。ツナギを改造したような赤と黒の2色で構成された服には2桁に及ぶベルトが巻き付いており金具がギラリと輝いている。その肌に直接密着するような感覚に違和感を覚えている自分がいた。付属品の手袋と靴も同様であり同じくベルトを巻く。


 それ以外はいつも通りだ。中肉中背の冴えない童顔の男子高校生。あれだけ派手に落下したはずなのにその傷は一つ残らず完治していた。


 俺が柱の影からでるとブルーがこちらに手招きしている。一切表情を変えずに「似合ってますね」とお世辞を投げ込んでくるから適度にひらひらと手を振りながら近づいた。そうするとブルーは背後の車椅子に座った名無しのチンパンジーに一礼してから俺の手を引く。


 そのひんやりとした体温にちょっと戸惑いながらジグザグとした足場の悪い道を抜けていく。元が何だったのか分からないほど砕けた瓦礫を踏み越え、3時間ほど歩いてようやく道を抜ける。ブルーは相も変わらず無表情で光る液体の入った透明なケースを照明代わりにして俺を先導し続けていた。たまらず俺は愚痴をこぼす。


「長すぎるだろ……」

「短気すぎやしませんか、この世界では短い方です。海が無価値な年代層で埋め立てられひとつながりの大地となった今、私達が住むにはこの世界は余りにも広大すぎます。多くの人がこの広大な虚無に精神を摩耗させていきました。見ましたか、あの掲示板を。あなたを唆して危機に晒しておきながら、それに罪悪感を持つのはお母様だけ」


 意外な反応だった。先ほどから定期的に罵倒している彼女はその言葉とは裏腹に俺を心配しているらしい。嫌っているのは恐らく摩耗。少しきつい言葉は少しでも虚無を和らげようとしているのか、なんて邪推をしながら行く先から漏れる光に向かって歩く。足元にうっすらと濁った水が流れて来ていた。


 しかしこれだけ歩いても疲れ1つない。正確には疲れた先から回復している。これが修正力というやつらしい。そういえば3週間食事しなくても空腹にならなかったし、この能力一体何なんだ、とブルーに追いかけた。


「修正力って結局何なんだよ」

「おかしな話じゃないですか。あなたがこんな場所にいてダメージを受けるなんて。それを元のあるべき状態、転移前に戻す。それが修正力です」

「じゃあ修正力で元の時代に戻れないのか?」

「それは難しいです。ほら、原因も見えますよ」


 ようやく出口に到達する。そこにあるのは退廃とした光景だった。


 無限に積み重なる瓦礫の群れ。その中には幾つもの足が付いた戦車らしきものや何か分からない無数の白い線を伸ばした数百メートルに及ぶ塔が無造作に積み重なり空間を作りだしていた。上からは雨が降り注ぎ止まるところを知らない。髪を雨で濡らしながら俺は呆然と空を見ていた。そこには薄暗い雲が漂っており、そこに突き刺さるかの如く瓦礫の山が続いている。そしてそれらを蹂躙するかの如く巨大な金属管が緑の液体を少し漏らしながらあちらこちらに通っていた。その先に修正力の原因であるらしい、あの巨大な脳がいくつも浮かんでいる。だがそれよりまずはこの異常な山に驚愕した。


 俺は少し震えながら聞いた。


「この山、どれくらいあるんだ?」

「この瓦礫山は富士山3つ分程度なのでかなり小さいですよ。ここ周辺は比較的小さな瓦礫山が隣接している区域ですね、暗くて見えませんがあの遥か先には元々太平洋と呼ばれていた場所を覆い尽くすような瓦礫山があります」


 言葉の意味はわかるがスケールが大きすぎてピンとこない。足元に落ちている樹脂製の家具か何かの破片には『2157/02/15』と描かれていた。そう言えばここは未来と言っていた。でも疑問が残る。先ほど年代層と言っていた。つまり他の時代の物もあったりするのだろうか? そう聞くとブルーは嫌がらずに順序立てて壁に図を描いて説明してくれる。


「瓦礫山は過去から吸い寄せられた物により構成されています。下に行けば行くほど新しく、上に行けば行くほど古い時代の場所となります。例えばここは2150年近辺の物が堆積している層で瓦礫山の中間位に当たります。あなたがいたのは……」

「2028年だな。ということはかなり上層か」

「そうです。……驚きました。お母様が2025年なのでかなり近いです」

「なるほど、何となく感じてた親近感はそれか。それで今はいつなんだ」


 そう聞くと少しブルーは言葉に詰まり、そして答えた。


「2999年18月3日です」


 滅茶苦茶な内容だった。未来過ぎるだろ、というより何だよその日付。と思ったがその答えは自然と出てくる。そう、こんな滅茶苦茶な世界だ。暦すらもはやまともではない。


 なんだよこれ、と呆れている俺を他所に彼女はその金属の手袋を嵌めたまま辺りをこじ開け始めた。瓦礫の隙間を力づくでこじ開けては何やらゴソゴソ弄って、そして閉じる。ブルーは突っ立っている俺を振り返り無表情のまま挑発してきた。


「それじゃあ散歩ついでに採取をしますよ。電池とか燃料とか、勿論保存食でもいいです。見つけたら何かご褒美でも上げます、まあ貴方程度には無理でしょうけど」

「何だと、舐めてんじゃねえ、見てろ俺の採取スキルを!」


 今度はその言葉の意味を察し、敢えてムキになって反論する。そんな俺の姿を見てふっとブルーは柔らかな笑みを浮かべた。ここに来て初めて見る、彼女の笑顔だった。



――――――――

瓦礫山

戦艦から砂まで、ありとあらゆるものが積み重なっている。中層までは比較的構造を保っており内部には小さな山が丸ごと入るくらいの巨大な空洞が出来ている場合もある。一方で下層に行くと溶解してしまっておりもはや金属の洞窟と呼ぶのが相応しい様相となっている。ただし溶解できないような26世紀産の対国家用軍事兵器等が埋まっている場合もある。

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