『ブルー』

 しばらくしてようやく全身の痛みが抜けた俺は恐る恐る目を開ける。先ほどまで瞼を開こうとするとすさまじい激痛がしていて辛かった。二度とこんなことはするまいと密に誓う。


 視界に入るのは大きな部屋であった。無理やり張り付けられたであろう金属板が軋みを上げながら壁と天井を造り上げている。支柱となっている太い金属管はあの緑色の液体が流れていたものと同一だ。暗い室内には血管のような生物と機械の中間と呼ぶべき管が張り巡らされていた。その内部を流れる緑色の光が辺りを照らしている。俺は横に寝そべったままぼーっと周囲を見ていた。


「……大丈夫?」

「修復完了したっぽいけどどうなのー?」

「修復度は私が確認しておきます。もしもし、見えてますか元肉片さん」


 そして目の前には女性が恐らく3人いた。恐らくという表現は片方が『名無しのチンパンジー』と呼ばれるウッキッキーとしか叫ばない妖怪だから、ではない。


 俺に近づいてきたその美しい少女の体は所々が金属で出来ていた。いや、正確には全身が人工物で、欠けた部分を粗雑な装甲板で無理やり補っているような状態なのだ。その青い髪は人とは思えない美しく人工的な光沢を帯びている。髪の色に合わせるかのように着ているパーカーとジーンズのようなそれは青色で統一されていた。


 その服もただのパーカーなどではなく金属板と武装が仕込まれたものだ。その背後にいる色違い、とでも表現すべき黄色の元気そうな少女も同様の見た目をしている。青色の少女は戸惑っている俺に対して再度少し機械味のある、落ち着いた声で俺に語り掛ける。


「もしもし、五感は修復できたようですが体の方はどうでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ……です」

「敬語じゃなくていいですよ、阿呆な安価スレに従ったお馬鹿さん。ところでそんな間抜けな方のお名前は何というのでしょうか?」

「初対面から凄い勢いで罵倒してくるな、田中太郎だ」

「タナカタロウ、ですね。登録しました。私がブルー、そこの阿保面がイエローです」

「安直だな」

「摩耗したお母様でも認識しやすくしたかったんです」


 その表情には憂いが浮かんでおりいらない所に触れてしまったかと後悔する。そのお母様はというと俺の方を見つめたまま虚ろな表情で車椅子に座っていた。金髪の20歳位の女性だった。アメリカ辺りの人だろうか、その白い肌を銃が取り付けられた白衣で隠している。自己主張をする胸元に目がつい引き寄せられてしまうがブルーの冷たい視線に気づきゴホンと咳払いする。そしてもう痛みのしない体を起こし、彼女の前に立って一礼した。


「助けてもらってありがとうございます」


 名無しのチンパンジーさん?は俺の言葉を聞くと少し微笑み、絞り出すように言葉を紡ぐ。さながら死期の迫った老人の、命の灯が消える寸前みたいだと感じた。


「……よかった。掲示板……本当に実行したって聞いて……人造人間に見つかる前に回収できた」


 こいつが元凶だったなそういえば。彼女はそれだけ口にすると電池が切れたかのよう再び言葉を止め表情が無に戻る。思わず心配するが別に死んだわけではなく単に気力が失せただけらしい。その想像以上にヤバい消耗具合を心配しながらどうしようか、と視線を右往左往させてしまう。するとブルーがタッチパネル式の見覚えの無い型式の端末を渡してくれた。そこにはデカデカと文字が表示されている。


――――――――

143 名無しのチンパンジー

ウッキッキー! ウキ、ウキキ!

疲れたので各位は変態高校生に説明お願いします

―――――――――


 俺とブルーの間に静かな沈黙が流れる。その背後でイエローが鼻歌を歌いながら何やら角材のようなものを運んでいた。掲示板を見ると次々にコメントが流れ込んでくる。俺はそれに質問を打ち込んでいく。


―――――――――


144 名無しの権兵衛

人造人間に回収されずに済んだのか。2150年あたりの層に落ちてそれなのは滅茶苦茶運がいいな


145 名無しの弓兵

一番上が最も安全なのになんで降りてきたんだよ、雨もあるんだぞ


146 名無しの赤ちゃん

ばぶっばぶばぶ!


147 名無しの権兵衛

>>146 視聴会はあと240時間後なのでもう少し待って。今回は掘り出し物、『ハウスシャーク7』を放映予定だから期待するのは分かるけど


148 名無しの男子高校生

えーと、マジで何も分かっていないのでこの世界について改めて詳しく


149 名無しの令嬢

>>148

・未来世界

・人類は滅んでいて巨大な脳とそれに従う人造人間のみ

・過去から迷い込む人間、転移者は修正力により実質不死身

・なので人造人間が君を狙ってる

・そこの名無しのチンパンジーは既に年齢300歳超えのババア


こんなところですわね


150 名無しの権兵衛

>>148 もう少し補足しとく。

・掲示板は令嬢氏が第4次企業群戦争で使われた広域通信機を改良してこの世界の大半で使用できるようにしている

・正直やるべきことはない。この破滅をどうにかする方法も元の時代に戻る方法も未確立。そこのチンパンジーが300年かけた結果がそれ。脳が持ってるかもしれんがリスクが……

・1000時間おきにネット経由で昔の映画同時視聴会をやってるから是非。


151 名無しのチンパンジー

>>149 ぶち殺すぞ

>>150 ウキキ!


152 名無しの男子高校生

え、マジで虚無じゃん。俺の紐無しバンジーとは


153 名無しの権兵衛

本当に何もないぞ。この世界は完全に終わっている。俺達は死んだ世界で永久に生き続けるアンデッドに過ぎない


154 名無しの令嬢

気になる事があるならまずは散歩を推奨しますわ。ブルーちゃんたちに色々実物を見ながら解説してもらいなさい。物事を楽しめるうちに色々見たほうがいいでしょうから


――――――――


 掲示板を終え無言でブルーを見る。ブルーは同情するような表情で俺を見ていた。うん、正直俺もどう反応したらいいかわからん。情報量だけは多いのに結果として「何しても意味ないよ」というクソみたいな結論だけは確固としている。少なくとも掲示板に住む彼らの中ではそうらしい。


 取り合えず眠くもないし言われた通りに動いてみるべきだろう。全てが虚無で、あのウッキッキー言ってる人が俺のなれの果てだとしても何も知らずに終わるよりはマシだ。だから俺はブルーに頭を下げた。


「頼む、周囲を案内してくれないか」


頭を下げると彼女は困ったような表情でぼそりと呟いた。


「じゃあまずは服着て下さいよ……」


 そう言えば服は再生しないのか、と今更ながら自身の体を眺める。うん、全裸。俺さっき名無しのチンパンジーさんに全裸で感謝述べてたのね。恥ずかしっ!

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