『人造人間』

あれから更に1か月ほどが経過した。この世界に日中という概念は薄く、ぼんやりとした光が差し込むのみだ。だから時間経過はブルーに頼るしかなかった。


「もう少しで17時です。戻りましょう」


 瓦礫山を下りながらブルーは言う。彼女は本来必要ないであろうにわざわざ24時間で1サイクルのスケジュールを組んでくれている。前の世界と同じくらいであるように、という配慮なのだろう。俺もそれに合わせて手元にあった握りこぶしほどの固体電池を背中の防塩雨リュックに詰め込む。背中にはそれ以外に幾らかの保存食料と未だ生きているコンピューターチップが入っていた。


 フードを被り先ほどまで入っていた2151年の米軍対空戦闘機、と英語で書かれていた二足歩行兵器のハッチを閉じる。ずんぐりむっくりとした、数メートルほどの機体の背にはべきりと折れた巨大な砲が搭載されている。なんかゲームとかで見たスタイリッシュなロボとは少し違う事にがっくりしながらブルーの背を追った。


 瓦礫と金属管を踏みしめ塩雨で滑りそうになる中進んでいく。そしてアジトへ向かう穴の中に入りほっとフードを下ろした。


「今日は大量だ、保存食もある」


 そう自信満々に胸を張るとブルーは小馬鹿にしたようにぱちぱちと手を叩く。何だとコノヤロー、と思って睨みつけるとその腕の中には複数の保存食の姿があった。ビニールでパックされているそれは2028年にもあった固形食、チョコ味のカロ〇ーメイトをさらに圧縮してぱさぱさにしたようなものである。しかしそれを食べると胃が正常に鳴動し生きている、という実感がわくのだ。


 その下には何やら武装や見知らぬ端子の付いた金属部品などが入っていたが彼女としてはそれは重要ではないらしく底に詰め込まれている。この一か月でこの捜索の傾向が大分理解できて来た。


 武装系はあまり求めていない。それよりは精神の摩耗を抑えられるようなもの、例えば食事であったりエンタメ系の動画データであったり、あるいは音楽であったりそういうものを求めているようだった。一貫してブルーは俺が名無しのチンパンジーのように精神が摩耗することを恐れていた。なのでちょっとオーバー気味に返事をすると彼女は嬉しそうに笑うのだ。


「何でそんなに取れるんだよ、チクショー!」

「まだまだですね、2150年への理解が足りないんですよ。第1次企業群戦争においてこのドラゴンのエンブレムは日本に侵攻した部隊のもの、だから保存食がある確率が高いんです」


 そんなことは言われても知らん。大体なんだよその戦争、絶対俺が生きてる間には発生しない奴じゃん。そんな無駄口を叩きながら背後を見る。そこには相も変わらずの瓦礫山と浮かぶ巨大な脳があった。


 ピンク色のその脳の内部には金属管に運ばれた緑色の液体が注ぎ込まれ、内部をぐるぐると回っている。よく見ると少しその周囲は屈折していて、何か透明なもので防護されているようであった。


 そう言えばコイツ一体何だよ、と思って彼女に問いかける。


「確かナイラー空調設備部門統括部長でしたか」

「何がだよ」

「あの脳の名前です。彼らはかつての巨大企業達における幹部たち。無限に肥大する脳のみになり果ててなお生きようとする者達です」

「なんでそんなことしたんだ? いくら死にたくないとはいってもこんな世界だと意味がないと思うんだけど」

「『豊かな心と豊かな社会』、彼らの理念です。どうやってかは分かりませんがそれはまだ遂行しようとしているようですね。その一環としてエネルギー源の一つであるあなた達転移者を攫うわけです」

「余りにも実態とかけ離れているな。そういや人造人間ってのがいるんだっけ。どんなの?」


 そう聞くとブルーは眉をひそめながら自分自身を指さす。


「私がそうですね。ただ通常の個体はもっと無機質ですが」


 もう少し話を聞いてみるとブルーやイエローは企業によって合成された人造人間の失敗作であるらしく、それを名無しのチンパンジーが技術力で何とかしたそうだ。なるほど、転移者じゃなさそうな雰囲気をした人間がいると思ったらそういうことだったのか。体に装甲版も張り付いているし。


 通常は企業の奴隷として脳の使用領域があらかじめ調整されている。例えば怠惰や絶望の感情がカットされていたり企業に敵対する行為を禁止しているのだ、とブルーが語った。


「あれはもはや人間ではなく命令に従うだけの装置です。私たち以外の人造人間に出会ったら迷わず逃げて下さい」

「そんなに強いのか?」

「成人程度の年齢で製造され、人格と身体に大幅な改造を加えられてから出荷されます。2999年製のサイボーグです、再生力以外何もない貴方では勝ち目がありません。まあ私はそこそこ強いので中級個体程度ならどうにかなりますが、あいつらは一匹いたら百匹はいます」

「ゴキブリかよ」

「検索、なるほど確かに近いですね。塩雨で絶滅しない辺り最悪度は高いですが」


 中級が何かも説明してくれるが情報が多くてうーん、となる。分かったところで何が起きるわけでもないのだ。結局問題は想像より規模が大きく、俺一人ではどうにもなら無さそうであるというだけ。特に攫われる、というリスクがデカすぎる。永久にエネルギー源として使われる、それだけでついリスクの少ないよう動こうとしてしまう。


 ああ、これが彼らが摩耗した理由なのだろう。リスクと無限に等しい命を加味すればぼーっと、ただこれが終わるのを待ち続ければいい。食事もいらない、ただ無限の時を貪るのだ。


 また何時間もたわいのない話をしながら歩き続ける。何時までもこのような時間が続くような気がしていた。ブルーと話をしながら精神が摩耗するまで探索し続ける。そして何も感じなくなって終わるのだろう、というぼんやりとした諦めがこの一か月で生まれていた。


 だがこの世界はそれすら許してくれないようだった。間もなく到着か、と言う所でこの世界で初めて焦げたような匂いを感じた。金属すら無理やり蒸気にする熱と肉を焼くようなそれに恐怖にたまらずその源に向かって走り出す。ブルーが制止するが既に遅く、俺はその源に辿り着いた。


 背の高い男だった。顔は半透明になっておりその奥にある金属製のからくりと唯一生身の脳が見える。その脳にも無数の電極が刺さっており、そしてその配線は完全に機械で出来た下半身に繋がっていた。全身は金属製の白い軍服に覆われておりその至る所に銃や剣が取り付けられている。

 

 人造人間の手には2メートルにも及ぶ白金の銃剣が握られており、その先には幾つもの塊が突き刺さっている。5つに分割された、かつて名無しのチンパンジーと呼ばれていた肉塊だ。





――――――――――――――――

塩雨

大量に様々な種類の化学物質が空気中に排出された結果、雨が降る際に水滴内で酸と塩基が反応を起こし様々な塩を生じるようになった。この雨は人体に有害な塩が無数に溶け込んでおり、人類が滅びた直接的な原因の一つである。この世界の水は基本的に飲むことは出来ず、これをある程度まで浄化できる装置を保有することが2大企業が生存する理由ともなった。

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