第42話
それから暫くの間、カージャと僕は探るように言葉を交わす。
彼女の興味は、やはりリジェッタがどのように暮らしてるかにあるみたいで、今回は会う事ができないとわかると露骨に残念がっていた。
リジェッタが通訳として使者に同行しているかもしれないと、少しばかり期待してしまっていたのだろう。
カージャの気持ちはわからなくもないけれど、流石にバーネル辺境伯家と竜を崇める民の関係がハッキリと定まっていない状況では、リジェッタと引き合わせる事は難しい。
今のリジェッタは、竜を崇める民の同胞であり、……バーネル辺境伯家に対しての人質でもある。
バーネル辺境伯家がいと高き場所に攻め込んで来るなら、リジェッタの立場は悪くなるし、情報を引き出す為の尋問だって受けるかもしれない。
またバーネル辺境伯家がリジェッタを枷だと判断したなら、彼女を害する可能性だった皆無じゃなかった。
もちろんバーネル辺境伯家に仕える騎士であるカージャに対して、それを直接口にするような真似はしないけれども。
ただカージャと話している限り、彼女は純粋にリジェッタの今を心配してる風に思えるし、そもそも腹芸が得意なタイプにも見えない。
恐らく、バーネル辺境伯家は竜を崇める民と友好的な関係を築こうと、カージャを送り込んできたように思う。
それから僕はカージャからバーネル辺境伯がしたためた親書を渡され、次にどうやって連絡を取り合うかの相談をした後、彼女を境界近くの川まで送って、そこで別れた。
親書の内容は気になるが、流石にこれを僕が勝手に開けてみる訳にはいかないだろう。
しかし今日、カージャと交わした言動を思い返せば、薄々その中身も察しは付く。
一度は戦った関係だからか、彼女は僕の一挙手一投足の全てを警戒していたが、それでも懸命に友好的に振る舞おうとしていた。
つまりそう振る舞えと仕える主に命じられていたのだ。
故にカージャの友好的な態度は、そのまま彼女の主、バーネル辺境伯の取ろうとしてる態度である。
だからこの親書の内容は、互いの協力関係を築こうという物でまず間違いがない。
そうなると一度は責任者同士が顔を合わせる必要が出てくる筈。
ならば、今回の親書にそれが記されているかどうかはわからないけれど、バーネル辺境伯の居城に、竜を崇める民の代表を招きたいと、そういった話は出るだろう。
但し人間の国への対処の責任者は、恐らく竜人のラグナだった。
仮にラグナじゃなかったとしても、竜を崇める民を代表できるのは、やはり竜人の誰かになると思う。
けれども竜を崇める民からは特別な存在として敬意を集める竜人も、人間の国ではそうじゃない。
もしも代表者としてやって来た竜人を、バーネル辺境伯が異形の怪物として扱うような事があったなら、竜を崇める民は境界の川を越えてでも、その報復を行う筈だ。
折角ここまで話が纏まって来たのなら、そんな未来はどうにか避けたい。
あぁ、帰ったらリジェッタに相談しようか。
恐らく直接の顔合わせまでに、定期連絡で手紙のやり取りは行われる。
その時、リジェッタの手紙も一緒に届けて、彼女が父親に竜人が竜を崇める民の間でどういった存在なのかを細かく伝えてくれれば、バーネル辺境伯も竜人の扱いを間違えはしないだろう。
いずれにしても今回の使者の役割、手紙を受け取るだけのお使いは無事に終了したけれど、定期連絡に関しても暫くの間は僕が、オレが行く事になると思われた。
本当に、春は忙しい季節だというのに、厄介な話だ。
だが竜を崇める民と人間の国の、ずっと変わらなかった関係に、少しずつ変化の可能性が生まれている事を……、オレは実は少し面白く感じてる。
故に最も間近でそれに関われている現状は、まぁ、決して悪くはない。
カージャとの再戦はますます遠ざかっているけれど、それでも。
以前ならそんな風には考えなかった筈なのに。
春も中頃となれば、空の風も震えが止まらぬ程の寒さではなくなっていた。
顎の谷の集落に帰れば、竜供の儀式はすぐにでも始まる筈だ。
リジェッタは、竜を崇める民となってから、初めて雄大なヌシたる竜の姿を目の当たりにする。
一体、どんな反応をするのだろう?
怯えか、それとも感動か。
彼女の反応が、実に楽しみだった。
この先、竜を崇める民とバーネル辺境伯家の関係が、どうなっていくかはまだわからない。
何しろオレは、敵対する事になるだろうガラシャ帝国がどういった国なのかすら、未だ殆ど知らないのだ。
攻め込んで来る理由も、いと高き場所の産物が目当てだろうと勝手に思っていたけれど、幾度も失敗を繰り返して尚、欲する価値がそれらにあるのだろうか?
オレも含めて、竜を崇める民はあまりにもいと高き場所の外に関して、無関心が過ぎたのかもしれなかった。
でも、もし仮にだが、強固な協力関係を築き、共にガラシャ帝国を遠ざけたなら……、或いはリジェッタが故郷に帰る日が来る可能性も、決して小さくはないと思う。
他の開拓民達はともかく、彼女だけは特別だから。
両者の協力を取り付けた立役者として、故郷に戻れる日が来たならば、それはリジェッタにとって恐らく最良の未来だ。
また竜を崇める民にとっても、こちらの生活、風習を知った上で尊重してくれるだろう彼女が人間の国の支配者階級に戻る事は、小さくない意味がある。
もちろんそうなる為にはガラシャ帝国という厄介な敵を遠ざけねばならないし、まだどうなるかなんてわからない。
ただオレは、リジェッタが故郷に帰れる日が来れば良いなと思うし、実際にそうなればきっと、残念にも感じるのだろう。
春も夏も秋も冬も、何時もと変わらず同じように訪れるけれど、オレが自分の中の僕を知ってから、この目に映る世界の色は、ゆっくりと少しずつ変化を続けてる。
一部完結
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