第35話


 それからオレとジャミールは秋の間、広き丘の集落で働いた。

 といっても例の走り大蜥蜴以外は大した魔物も居なかったし、魔物を駆除して安全を確保すれば、集落の住人も採取に出られるようになったから、特に大きな苦労はなかったけれども。

 平原は生き易い場所なのだなぁと、思い知らされた感じである。

 尤も竜神官にとって生きる環境の甘さは、自らの成長のし難さにも繋がるから、平原に住む部族を羨ましいとは思わないが。


 結局、それぞれの場所に善し悪しはあるのだ。

 顎の谷の集落は、今の広き丘の集落が置かれたような状況に陥る前に、解散を余儀なくされるだろう。

 より過酷な環境が、緩々とした存続を許さない。

 だが逆に、走り大蜥蜴が流れ着いたのが顎の谷だったなら、少し変わった手強い魔物が居たくらいの認識で、始末して話は終わった筈だ。

 少なくとも、集落の存続に関わるような傷を負う事はあり得なかった。


 どちらの在り方が正しい、間違ってる、優れてる、劣ってるって話じゃなくて、……広き丘の集落は、恵まれてはいるけれども不運だったのだと思う。

 この集落が不運なままに消えてなくなるのか、それともここから持ち直せるのかは、広き丘の部族の、竜神官の見習い達に掛かってる。


「今回の手助け、誠にありがとうございました。二人の事を、どうかお願い申し上げます」

 冬が近づき、オレとジャミールが顎の谷へと帰る日、広き丘の部族の長は、二人の竜神官の見習いと共に、こちらに向かって額に拳を当てた。

 その動作の意味は、貴方に角が生えますように。

 竜神官に対して、貴方は竜になれる人だと称えたり、貴方が竜になれる事を願ってると示す、深い敬意を表す仕草。


 広き丘の集落では、秋の半分程を過ごした事になるけれど、オレとジャミールの働きは、彼らの信頼を勝ち取るに足る物だったらしい。

 まぁ、どちらかといえばオレの方が、いや、6対4か、7対3くらいの割合で、オレの方が多く働いてる気もするけれども。

 その分、ジャミールは見習いの相手を良くしていたので、善しとしておく。


 もちろんオレも手が空いた時はそちらに参加したから、既に二人の見習いの事はそれなりに知ってる。

 一人目の見習いは、オレス。

 十歳の男児で、死んだ竜神官からも、それなりに戦いの訓練は受けていた。

 二人目の見習いは、ウィンプ。

 七歳の女児で、本格的な訓練は受けていなかったから、基礎から戦い方を教える必要があるという。


 この二人を顎の谷の集落へ連れ帰り、降り積もる雪に外での活動を控える冬の間に、戦闘訓練を施す。

 オレスが早期に第二階梯の試練に挑めるようならもう暫くは預かって、顎の谷でその準備を整えるし、そうでなければ春には再びこの集落へと二人を返す予定だった。

 何しろ、春も秋と同じく、魔物の活動が活発になる季節である。

 冬の眠りから目覚めた魔物は飢えてる分、より性質が悪い。

 広き丘の集落が冬の間に話し合い、存続に賭けるも諦めるも、魔物の駆除はいずれにしても必要だ。


 さてそんな見習い二人だが、ある程度は戦い方を知るオレスはともかく、基礎から固めなければならないウィンプに関しては、オレはあまり訓練には関わらない方が良いんじゃないかと思ってる。

 これは多分、どんな風に言っても自慢になるが、戦いに関しては、オレは生まれつきの才に恵まれていた。

 或いはそれは、前世の僕が虚弱で動けず、激しく強さに恋焦がれたからこそ得られた物なのかもしれない。

 しかし才があるからこそ、基礎で躓く者に関しては、どのように導くのが正しいか、オレにはどうしても理解できなかったから。


 僕の考えを辿ってみても、前世の僕は碌に動く事もできない体だったから、戦い方を教える役に立つ知識なんて碌になかった。

 故に基礎が固まり、手合わせが可能になった後ならともかく、今の段階でウィンプの訓練に口を出し過ぎるのは、彼女を潰してしまうんじゃないかとの怖ささえ感じてる。

 間違いなくこれはオレの苦手で、先達たる竜神官としては大きな欠点だ。

 もちろんこれはいずれは克服すべきだが、広き丘の集落の命運を背負った見習い達を相手に、間違った指導をする訳にもいかない。

 今回の件が終わった後、顎の谷の長にでも教わりながら、少しずつ学ぶべき事である。


 それにオレは、……恐らくこの冬も、集落でゆっくりと過ごしはしないと思うし。

 ワイバーンを従えたオレは、集落の周囲が雪に閉ざされても、外を行き来できる例外だ。

 集落で外への用件が生じた場合は、オレが動かざるを得ない。

 またオレ自身も、集落の中ではなく、外での修練を望んでる。

 いと高き場所の冬は本当に寒くて厳しいから、好んで外に出たい訳ではないけれど、第七階梯の、竜翼を得る為の試練を思えば、なるべく多くの経験を積むべきだった。


 ヴィシャップを呼び、その背に乗り込む。

 二人の見習いがワイバーンにおっかなびっくりしてるものだから、ジャミールは彼らを安心される為、自分が怯えてはいられない。

 自分のプライドを守る為じゃなく、後進を守らんと気丈に振る舞う彼の姿に、オレは思わず笑いをこぼしてしまった。

 顎の谷までの帰り路は、ヴィシャップになるべく低めを飛んで貰おう。


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