第34話


「グルォォォォォウ!」

 走り蜥蜴はこちらに向かって、大きく強い声で吠え返す。

 尤も単なる魔物の咆哮に、竜の咆哮のような特殊な力は宿らない。

 だけどそれでも、走り蜥蜴が自分を鼓舞する役には立ったのだろう。

 後ろ足で地を蹴り大きく跳び上がった走り蜥蜴は、上空から爪牙を振り下ろしてくる。


 一瞬、受け止めて反撃を行おうかと考えたオレは、しかしその違和感に気付き、地を転がって爪牙を避けた。

 相手が中空だとわかり辛いが、跳ぶ前と後で走り蜥蜴のサイズが、一回りは変化したように感じたから。

 更に降ってきた尻尾による叩き付けも避け、大きく距離を開けて立ち上がったオレは、その違和感が正しかった事を知る。

 明らかに、走り蜥蜴のサイズは最初に見た時よりも、一回りどころではなく二回り、三回り……、いや、それどころか今この瞬間も、どんどんと大きくなっていた。


 流石に目を疑ってしまう。

 もしかして、質量って言葉を知らないのだろうか。

 あぁ、いや、まぁ、オレも一年と幾らか前、僕の存在を思い出すまで、そんな言葉は知らなかったけれども。


 だが同時に納得だ。

 こんな風に巨大化する能力を持った魔物なら、あの残された破壊の痕跡も、単なる走り蜥蜴だと思って戦い、不覚を取る竜神官が居た事にだって頷ける。

 オレだってこれまで、巨大化する走り蜥蜴が存在するなんて、本当にちっとも知らなかったのだから。

 別にオレも全ての魔物を知ってる訳ではないけれど、これまで平原にはいなかった種である事は断言できた。


 考えられる可能性としては、いと高き場所でもより険しい北側から、南に流れて来たのか。

 縄張り争いに負けた魔物が住処を離れて遠くに現れる事は、稀にだが起こり得る。

 こんな魔物が南に現れるのがこの一例だけなら、きっとそうだ。

 でも仮に、これまで南では未発見の強い魔物が複数見つかるようだったら……、何らかの異変がいと高き場所の北側で起きている事を疑わねばならなくなるだろう。


 いずれにしても、この件は詳しい報告が必要だった。

 もちろん、目の前の魔物を討伐してからの話になるけれども。

 願わくば、倒した後に縮むのだけはやめて欲しい。

 証拠として首を持ち帰るにしても、縮まれると普通の走り蜥蜴との違いを証明する事が難しくなるから。



 巨大化が止まる頃には、目の前の魔物は並の走り蜥蜴と比べて、体長が倍以上はあるだろう大きさにまで膨れ上がっていた。

 単純な重さで言えば、何倍では利かないくらいになっている筈。

 流石にこれだけ大きくなられると、人間の国での呼び名である、走竜って名前も相応しく感じてしまう。

 とはいえ、竜神官であるオレが魔物を竜と呼ぶ訳にもいかないから、走り大蜥蜴とでも呼称しておくが。


 オレは爪牙を回避した後、中身がどれ程に詰まっているかを確かめる為、尻尾による殴打を避けずに両腕で掴んで受け止める。

 走り大蜥蜴の尻尾は丸太よりもずっと太いが、別に問題はない。

 巨大化は確かに予想外だったし、これなら第三階梯の竜神官が殺されたのも納得した。

 ここに来たのがオレじゃなくてジャミールだったら、或いは大いに苦戦もしただろう。


 だが走り大蜥蜴にとって不運だったのは、オレがここに来た事だ。

 尻尾を受け止めた衝撃、振り解こうとする力から考えて、走り大蜥蜴は今の見た目に見合った重さと力を備えてた。

 つまりは中身が詰まっている。

 それが確認できたなら、もうこの尻尾も要らないだろう。

 オレは走り大蜥蜴の尻尾を左脇に抱えて固定すると、右手の鉤爪を二度、三度と振り下ろして、それを本体から切り離す。


 その時、走り大蜥蜴の口から漏れたのは、明らかに悲鳴だった。

 どうやら普通の蜥蜴のように尻尾を切り離して平気な訳じゃないらしい。

 恐らくだが、走り大蜥蜴は、オレを以前に戦った竜神官と同等の強敵だと認識していたのだと思う。


 でも残念ながらそれは大きな間違いで、オレは第六階梯の竜神官だ。

 こういう言い方をするのはあまり良くないが、単純な強さで言えば第三階梯とは比べ物にならない。

 そもそも走り大蜥蜴も、巨大化したとは言ってもそれでもワイバーンに比べれば小さいのだから、今更この程度の相手に苦戦する事はなかった。

 むしろここに来たのがジャミールだったら、やがて第五階梯の試練でワイバーンに挑む彼なら、修練として良かったのではないかとすら思う。

 まぁ、その場合は、走り大蜥蜴を逃がしてしまったり、ジャミールが大きなけがを負う可能性も、決して皆無ではなかったけれど。


 千切った尻尾を投げ捨てて、オレは走り大蜥蜴を見据える。

 互いの格付けは、今ので決まった。

 オレが狩る側で、走り大蜥蜴は狩られる側だ。

 最初は勢いが良かった走り大蜥蜴も、今はもう逃走が頭を過ぎってる風にすら見える。


 尤も尻尾を失って動きのバランスが崩れた今、オレを振り切れる程の速度で動くのは、もうきっと難しい筈。

 相手が魔物であっても、グダグダと嬲る趣味はない。

 さっさと決着を付ける事にしよう。


 距離を詰めれば、残る戦意を振り絞ってか、それとも破れかぶれか、爪を振りかざし、大きく口を開いて牙をこちらに突き立てんとする。

 けれどもオレは爪を避け、牙による噛み付きは、その顎を鉤爪で掴んで受け止め、口を開いたままに固定して……、その中へと、大きく息を吹き入れた。

 もちろん、息と言っても普通に吐き出した息じゃなく、第四階梯の試練を越えて得られる加護、竜炎を使った、炎のブレス。

 竜ならぬ存在が口から炎のブレスを吹き込まれて平気であろう筈がなく、走り大蜥蜴は体内を焼かれて、その動きを永遠に止める。


 後はまぁ、心臓を抉り出して喰らい、首を切って証拠とし、オレは広き丘の集落へと帰還した。

 幸いにも死んだ後も走り大蜥蜴が縮むような事はなく、この件は他の集落にも通知されるだろう。

 もし仮に他にもこういった、北側から流れて来たと思わしき魔物が出る場合は、竜人に相談する事になる筈だ。

 今からそれを心配しても仕方ないが、できれば何事もなく、この件はこのままに終わってくれと、そう思わずにはいられない。



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