第30話
過去を振り返ってみて思うに、第二階梯の試練を乗り越えるには幾つか必要なものがある。
一つ目は、この前にも強さの一種として挙げたような気もするけれど、がむしゃらに前に進む事で得られる勢いだ。
第二階梯の試練で戦う事になるのは、決して強い魔物じゃない。
まぁ対象が何になるかは、その時々によって変わるけれども、どれも言い方は悪いが雑魚だった。
しかしそれでも魔物は魔物だ。
刃のような爪牙を備え、並みの獣よりも体力がある。
殺し合いの経験がない者にとって、素手で魔物の前に立つという事は、想像した以上に心を削る行為だろう。
そんな時に必要なのは、賢しく回る頭じゃなくて、前に進んで魔物を殺すという勢い、殺意、怯まぬ心。
実際、将来が有望だと思われた竜神官の中にも、この第二階梯の試練を越えられずに心を折られ、戦えなくなった者は存在してる。
戦える心を持った上で、二つ目に必要となるのは、対象となる魔物を殺せるだけの重い攻撃力。
先程も述べたが、雑魚ではあっても魔物は魔物だ。
素手で殺すには、それなりの力が必要になる。
なんでも竜神官は、階梯を上げるごとに加護以外にも、肉体の強さを授かっているそうだけれど、それでも第一階梯の段階ではあまり大きな恩恵はない。
そうだけれど、なんて自分も体験してる筈なのに曖昧なのは、普段から厳しい修練に身を置いていると、階梯が上がった事で肉体の強さを授かったのか、修練の結果として肉体が鍛えられたのか、ハッキリ判別なんて付かないからだ。
まぁさておき、生き物を素手で殺す事は、これも想像する以上に大変である。
その肉体の構造に熟知していれば、技で骨を折ったり急所を狙ったりもできるのだが、魔物は種によって肉体の構造が大きく違った。
恐らく予め弱点を把握しないようにする為だろうけれど、第二階梯の試練で戦う魔物は、その日になるまでわからない。
要するに、やはり知識や作戦等ではなく、己の素の力で戦う事を求められるのだ。
少なくとも、オレが第二階梯の試練を受けた時はそうだった。
「セイッ、ヤァァァァァアッ!」
甲高い雄叫びと共に、空中に飛び上がったアメナの足が、斧のように真っ直ぐに振り下ろされる。
鞭を思わせてしなる足は、ハンマーの如き威力を秘めいて、オレは両腕を使ってその蹴撃を防ぐ。
これが、彼女が第二階梯の試練を越える為に、磨いてきた大技なのだろう。
元々身軽で動きのしなやかなアメナは、人間相手の模擬戦ならば悪くない戦いを行えていた。
それでも攻撃の重さが足りず、魔物を殺す事ができないだろうと、第二階梯の試練を受ける許可が下りていなかったのだ。
逆に言えば、第二階梯の試練を受けると決まった以上、このくらいの攻撃はできて当然でもある。
但し今回、アメナの技が良かった点は、元々得手としていた身軽さと動きのしなやかさを活かし、相手を崩してからスムーズに大技に繋げていた事。
これを本番で行えるなら、高さの違う魔物に対してでも、翻弄して隙を作り、同じ威力の攻撃が繰り出せるなら、彼女は第二階梯の試練を乗り越えるだろう。
オレは腕に走った衝撃と痺れに、それを確信した。
でもそれは、そう、人間相手とした模擬戦と同じように、魔物との殺し合いで動けるならばの話だ。
アメナが、二つ目の条件をクリアしている事は確認できた。
しかし模擬戦や訓練で測れるのは動きや攻撃の強さだけで、彼女が殺し合いで戦える心の強さを持つかどうかは、……やってみるまでわからない。
二つ目の条件が意味を持つのは、戦える心を持った上での話だから、或いは何の力も発揮できずに試練に失敗する可能性は、残念ながらまだある。
別にオレが心配しても仕方がないし、する意味もない。
試練に臨むは己一人。
仮に他人の助力を得て魔物を殺したところで、加護を授かる事はないという。
竜へと続く道は、己の足で歩くしかなく、先の試練の過酷さを思えば、心が足りぬ者は早めに折れてしまった方が、或いは長生きができて良いのかもしれない。
だがそこまでわかっていても尚、オレはアメナに試練を乗り越えて欲しいと思い、何かをできぬかと考えていた。
どうしてそう思うのか、自分では全くわからぬままに。
そしてアメナが第二階梯の試練に挑む前の、最後の修練を終えた後、オレはずっとこれを言うか否かは悩んでいたのだけれど、意を決して口を開く。
「アメナ、もしもお前が試練を越えられなければ、預けた影狼の子はオレが引き取る」
以前、オレが殺した影狼の、三匹の子のうち、一匹はアメナが望んで引き取った。
他は、一匹は集落の狩人が、もう一匹はレイラが引き取って育ててる。
ただ、アメナに影狼の子を育てる資格がないとされれば、他の引き取り手を探さなければならない。
小さな頃ならともかく、身体も大きくなった今となっては、竜神官以外の手には負えないだろうから、恐らくオレ以外に引き取りてはなかった。
まぁ、それはアメナもわかっている筈だけれど、問題はここからだ。
「だが影狼の子は、親を殺したオレには従わない可能性がある。その場合は、殺すしかなくなるぞ」
そう、影狼の子らにとって、オレは親を殺した仇である。
子らがその事を恨みに思っているのか、そもそも憶えているのかは、知らない。
何故ならオレは、自分が殺した影狼の子らと、なるべく接触しないようにしてるから。
しかし引き取るとなればそうも言ってはおられず、……仮に引き取った影狼の子がオレへの復讐を果たそうするなら、場合によっては危険な魔物として殺すしかなくなる事も、十分に考えられた。
アメナは、オレの言葉に初めてその可能性に気付いた様子で、大きく目を見開く。
オレは、アメナがどんな風に影狼の子を育てているのか、この目で確かめてはいない。
さっきも述べた通り、なるべく接触しないようにしてる。
でもアメナが、事あるごとにオレに影狼の子の話をしてくるから、彼女がとても大切にしているのだろうとは、思ってた。
それ故に、アメナにはどうしても、第二階梯の試練を乗り越えて欲しい。
「……だからな、アメナ。育ててる影狼の子が大切ならば、力を示せ。迷うな。全力で試練を乗り越えて来るんだ」
口に出したその言葉は、激励なのか、単なるオレの望みなのか。
あぁ、或いはこの甘さは、僕に由来する物なのかもしれないけれど。
そう言ってオレは、アメナの背中を強く押す。
彼女が傷跡の残るだろう浅からぬ怪我と引き換えに、竜の鉤爪を授かったのは、それから三日後の事だった。
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