第29話


 強さとは何か、時折そんな事を考えるようになった。

 いつか竜に至るには、強く在らねばならない。

 だが強さにも色々とあるのだと、以前から頭ではわかっていたが、最近はそれを肌で実感する事もあったから。


 がむしゃらに前に進む事で得られる勢い。

 余裕を持ち、一歩引いているからこそ得られる広く高い視野。

 この二つは相反し、けれどもどちらも状況によっては強さを発揮する。

 オレが得るべき、竜へと至る強さは、一体どれだろう。


 碧風竜の鱗を見詰めながら考えてみても、当然ながら答えを教えてくれはしなかった。

 ただ、そうして考え、悩む事も大切なのだと、不思議とそう感じはする。

 オレは以前と変わらず、強さを求めて己の身を修練に置く。

 でも身体を休める際には、その代わりに何かを考える事が増えた。

 或いはこれも、経験を積んで得た成長なのかもしれない。


 さて、顎の谷の部族で身柄を預かると決まったリジェッタだが、集落の長の養女として扱われる事となった。

 但し長は竜神官で洞窟を住処としているから、リジェッタと共には暮らせない。

 身分が云々の話以前に、単に岩をくり貫いただけの洞窟での暮らしは、リジェッタの身体には厳し過ぎるから。

 故にリジェッタを実際に引き取って暮らす事になったのは、命の母になったそうだ。


 命の母は、以前にも説明したかもしれないが、僕の知識でいうところの産婆、助産師にあたる。

 出産を司る命の母の発言力は強く、彼女の庇護下にあるならば、集落での暮らしも不自由のないものになるだろう。

 また、これはオレも驚いたのだけれど、リジェッタは実は呪い使い……、人間の国の言い方をすれば魔術師で、多様な知識を集落に齎してくれると期待されていた。


 だからリジェッタに関しては、あれやこれやとオレが気を回す必要は、それ程にはない。

 ジャミールが集落の女とは全く違った雰囲気を纏うリジェッタに興味を示してるという話は聞いたが、言い寄られてどうするかを決めるのは彼女の自由だ。

 まぁジャミールは気の多い男だが、その行動の背景には集落で立場の弱い女性を保護しようとしているケースも多かった。

 竜神官との間に子供が生まれれば、リジェッタは集落でより歓迎されるだろうし、そうでなかったとしても、彼女は自分の価値を示してる。

 自分の意思で、決める自由を持っていた。


 故にリジェッタよりも、オレは同じ竜神官であるアメナの事を、今は少しばかり心配してる。

 何故ならアメナが第二階梯の試練の臨む日が、もう間近に迫っているから。

 半年に一度の竜供の儀式が終わって秋になれば、アメナは十三歳だ。

 彼女に預けた影狼の子も、今では随分と大きくなっていた。

 そろそろアメナも第二階梯の試練を越えねば、危険な魔物を従える資格はないと、集落の男達から難癖を付けられる可能性も高い。

 いや、難癖というよりも、そればかりは実際に危険が大きいから、正当な非難になるだろうか。


 以前にも述べたが、アメナに対する集落の男達からの態度は、妬みと侮りの弄り混じった物だ。

 自分達はなれなかった竜神官に、アメナがなっている事に対する妬み。

 なのに未だに次の階梯に至れていない、魔物を殺せていないという侮り。

 竜神官としての階梯を上げる事がどれ程に難しいかなんて、竜神官以外にはわからないから、まだわかり易い加護を得てないアメナは、そうした視線を向けられていた。

 尤もアメナが竜の鉤爪や、身体を覆う竜鱗の加護を得れば、その妬みと侮りも、途端に畏怖へと変わる。


 こんな風に言うと、いかにも集落の男達が愚かで了見の狭い存在に感じられるかもしれないが、それは紛れもない事実なのでオレは別に否定しない。

 しかしアメナの立場を決めるのは、彼女の示す力次第。

 これに関しては、他の竜神官とて同じであった。

 集落の竜神官の中で、誰よりも先の階梯にあるラシャドは、英雄として扱われている。


 ジャミールも、オレが元開拓村の住人に言葉を教えたりしてる間に、第四階梯の試練を越えたという。

 慎重なジャミールの事だから、第四階梯に上がったからと言って、すぐに第五階梯の試練、ワイバーンに挑んだりはしないだろうけれど、実力を示して立場を高めた。


 オレもまた、十七歳になるまでには、第七階梯の、竜翼を得る為の試練に挑みたいと思う。

 階梯を上るのが早かった俺は、集落での立場なんて気にした事もないけれど、ラシャドと同じく英雄として扱われつつあるのは、肌で感じてる。

 つまり竜へと至る為にも、集落での立場を良くするのも、竜神官である以上、全ては力を示さねばならない。

 アメナにも、それが求められているだけの話だ。


 そう、それだけの話であるのに……、どうしてオレは、こうも無駄にアメナの事が心配になるのだろうか。

 仮にも竜神官に対して、実力を心配するなんて真似は、侮辱にも等しいとわかっている筈なのに。

 これも僕の思考を繰り返しなぞった影響なのか、オレは自分の感情の出所がわからぬままに、今日もアメナを修練に誘う。

 今は少しでも、彼女を強くして、そして第二階梯の試練へと送り出そうと考えて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る