第28話
ごうごうと、燃え盛る炎が空をも焦がす。
その攻撃は、徹底的に行われた。
竜を崇める民の各部族より集められた三十人の竜神官に、戦士が三百名。
たかだか百やそこらの住人しかいない開拓村を焼き払うには、過剰過ぎるとも言える戦力だ。
しかしこの戦力は、単に村を焼く為だけに集められた訳じゃない。
これは竜を崇める民が、侵略者を決して許さず滅ぼすという、意思表示の為に集められた戦力だった。
要するに竜を崇める民がその気になれば、この戦力が川を渡り、人間の国の村々や町を焼き払う事だって可能なのだと見せ付けている。
柵を打ち壊し、耕作地を踏み荒らし、防壁、住居、港や船を焼き払う。
開拓村の最大戦力である天騎士も、この数の竜神官には手が出せず、二度三度、空を旋回した後に境界の川の向こうへと逃げ出す。
それを追って、五人の竜神官がワイバーンを呼んで川を渡る。
逃げた天騎士には追い付けなかったが、その代わりに向こう岸の港も、焼き払ってから帰還した。
生き残った天騎士の口から、竜を崇める民の苛烈な攻撃は人間の国に伝わるだろう。
これが今回の件の結末だ。
人間の国からの侵略者は居なくなり、いと高き場所に残るは竜を崇める民のみ。
「けれどもその中には、新たに竜を崇める民に加わった百人程の男と、一人の女がいた。……めでたしめでたし」
なんて風に〆る事ができたら、話はとても楽だったのだけれど、残念ながら大変なのはこれからである。
ラグナはオレの、というよりも僕の提案を受け入れ、竜を崇める民に働きかけてくれた。
以前にも少し述べたかもしれないが、竜を崇める民にとって、竜人は特別な存在だ。
その言葉には、全ての部族の長老が耳を傾けて一考するだけの権威が宿る。
故にラグナは、開拓村の住人を竜を崇める民としてしまうという案を、彼が考えた物として話してくれた。
そうしなければ、竜を崇める民として異質過ぎる発想を持つオレが、様々な部族から危険視されてしまいかねないから。
オレが口にすれば危険視される提案も、竜人であるラグナが口にすれば、人間には計り知れない深慮遠謀により導き出された物だと敬われて扱われるのだ。
実に愚かしい話だと思うけれど、オレとて僕という前世を思い出さなければ、やっぱり彼らと同じ反応をしただろう。
だから今回は、不必要に危ない橋を渡ったと反省してるし、ラグナに対しては感謝している。
でも当たり前の話だけれど、本当の提案者であるオレの責任がなくなった訳じゃない。
いや、竜を崇める民の目から見れば、責任はラグナにあるのだろうけれど、後は彼に全てを任せてしまって話は終わり、なんて風に振る舞う事を、オレは自分自身で許せなかった。
受け入れる事となった開拓村の住人達は、誰もが竜を崇める民の言葉を話せず、バーネル王国の言葉を用いて意思疎通ができるのもリジェッタのみ。
流石にこんな状態では、住人達を少数に分けて、各部族に割り振るなんてできやしない。
せめて最低限の意思疎通ができるようになるまでは、一時的な居留地を設けて全員を管理し、リジェッタを介してやり取りしながら、竜を崇める民の言葉を教える必要がある。
そして彼らが言葉を覚える間、その面倒を見るのは、やっぱりオレとラグナの役割だ。
もちろん他の部族の竜神官も、いずれは自分の部族に迎える男手の教育だからと、手伝ってくれる者は少なくない。
というより、百人もの数の人間を、オレとラグナだけで管理するのは無理だから、万に一つも竜の怒りに触れぬように、協力してくれる事になったのだろう。
ただそれでも、主に動くのはオレで、ラグナはやはり竜人として他の集落との折衝に出向いてくれていたから、……正直、とても忙しかった。
生きる為に納得した元開拓村の住人達だって、全員が素直な訳じゃなく、激変した環境に荒れる者も少なからずいる。
リジェッタも彼らの不満を抑える為に色々と動いてはいるけれど、今の彼女は手元に何の権限も持ってはいない。
だから元開拓村の住人達に対して、飴と鞭を用意するのは、オレの役割だった。
尤も、この世界のオレは飴なんて舐めた事はないから、それが実際にどれ程に甘いのかは、体感としてはしらないけれども。
本物の飴は用意できないが、肉と少量の酒、それから甘い木の実くらいは、オレの伝手で手配できる。
逆に鞭に関しては、居留地の周囲にはどれだけの数の魔物が生息していて、放り出されればどのような運命を辿るかを教えてやる事で、彼らの反抗心を折った。
正直に言えば、ここまで手間が掛かる事になるなんて思ってなかったし、ここまでする義理は欠片もなかったと思う。
だがそれでも自分で言い出して、一度動き出してしまった物事を、途中で放り投げる気にはならなかったから。
季節が一つ変わってしまう程の間、オレは元開拓村の住人達を守り、脅し、宥め、言葉と竜を崇める民の風習を教え続けた。
そうやっていれば、彼らの多くはオレを頼りにし、少しばかりは打ち解けてもくる。
またオレに対して程ではなくとも、他の竜神官に対しても打ち解け、交流を行う者も次第に出てきた。
恐らくは手伝いに来ている竜神官も、打ち解けた者を優先的に自分の部族へと連れ帰るだろう。
やがて元開拓村の住人達も言葉を覚え、竜を崇める民としての暮らしに加われると判断され者も出始める。
そうした者は居留地から各地の部族に移され、新たな生活を始めた。
居留地に留まる人間は、徐々に減っていく。
新たな生活を始めた者達が、幸福を掴むか否かは、オレにはわからない。
少なからず関わった以上、幸福であれば良いとは思うが、他の部族に加わった者に対して、オレができる事は何もないのだ。
結局のところ、己の幸福は己の手で掴み取るより他になかった。
ただ一つ言える事は、竜を崇める民の一員になった以上、己の幸福に手を伸ばす権利は既に有してる。
掴めるかどうかは別にして、部屋住みの三男四男だった頃のように、希望を持たずに我慢する必要はない。
最終的に、居留地に最後まで残った一人は、リジェッタだ。
まぁ、彼女は言葉の習得も早かったし、終始こちらに対して協力的だったけれど、リジェッタが居なければ他の者に言葉を教える事もままならなかったから。
要するに特別枠である。
リジェッタには二つの道が用意されてた。
即ち、ラグナと一緒に竜人の部族に行くか、それともオレと一緒に顎の谷の部族に行くか。
これは本来、比較するまでもない選択だろう。
というより、生粋の竜を崇める民だって、行けるならば竜人の部族に行く。
だって少し前にも述べた通り、竜を崇める民にとって竜人は特別な存在である。
人間よりも、生まれつきずっと竜に近い存在で、生まれながらの竜神官だった。
……けれども、
「私は、ザイド様、貴方の部族に行きたいです」
リジェッタは顎の谷の部族に行く事を望んだ。
竜を崇める民としてはあり得ない選択に、オレは眉を顰め、ラグナは納得したように頷く。
「私は、私達を救ってくれたのが、ザイド様であると知ってます。だからその恩を、貴方に返せる場所に行きたいです」
どうやらオレが眉を顰めた事に不安を覚えたのだろうか、リジェッタは少し慌てた風に、随分と上手く操れるようになった竜を崇める民の言葉を並べる。
恩、……恩か。
果たしてその恩は、オレが受け取るべき物なのだろうか。
開拓村の住人達が村と一緒に灰にならずに済んだのは、確かにあの提案があったからだ。
しかしその提案を考えたのは、オレであってオレじゃない。
オレの前世、僕の思考をなぞった結果、偶然そこに繋がっただけである。
恩を受け取るべき誰かが居るなら僕なのだろうけれど、……それはオレで良いのだろうか。
今回は、あまりにも僕を前に出して動き過ぎたから、生じた疑問はオレを戸惑わせた。
それは単なる記憶の筈なのに、徐々に馴染んで、混じって、今のオレを変えつつあるのかもしれない。
戸惑いの答えは出ず、けれども誰かに問う訳にもいかず、リジェッタは顎の谷の部族に預けられる事に決定する。
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