第27話


「戻ったか、顎の谷のザイドよ」

 開拓村を出て、北に向かって歩く僕の前に姿を現して出迎えたのは、竜人のラグナ。

 既に日は沈んでいるから、暗闇に佇む竜人というのは、……中々にホラーである。

 もちろん、そんな風に思った事を口や態度に出しはしないが。


 僕とリジェッタの話し合いは、日没が近付いた事で終了した。

 彼女は僕に開拓村に泊っていくように勧めたが、そんな真似ができる筈はない。

 或いは夜闇に紛れる魔物に襲われる事を案じたのかもしれないけれど、僕にとっては魔物がうろつく外の方が、開拓村よりもずっと安全だ。

 いや、僕にとってはというか、オレにとってはと言うべきか。


 リジェッタと話すならともかく、竜人であるラグナと話すなら、そろそろオレらしい振る舞いに戻った方が良いだろう。

 高い空から様子を見守っていたラグナは、竜を崇める民らしくない僕の行動の数々に、多少の疑問は持ってるかもしれないから。


「退去は勧告したし、向こうの抱える事情もおおよそはわかったよ」

 オレはそう答えながら、窮屈さから解放されたと言わんばかりに、身体を動かし、捻る。

 実際、僕の考え方や行動は、オレにとっては窮屈だ。

 嫌っている訳ではないし、面白いとも思うけれど、シンプルな力による解決を避けてまで、そうする理由があるのかはどうしても疑問に思う。


「素晴らしい成果だな。ではあの村で見聞きした事を、我に教えて貰えるか?」

 ラグナはそう言って、預けていた首飾り、碧風竜の鱗をこちらに手渡した。

 流石に碧風竜の鱗は隠しようもなく目立つから、開拓村へと向かう前に、ラグナに預けておいたのだ。


 首飾りを身に付けながら、まずは何から伝えるべきかと思案する。

 報告すべき事は数多く、それを口にする順番次第で、ラグナのあの村への印象は変わるかもしれない。

 だったら、まずはやはりあの村をどうするかという、オレの結論から伝えるべきか。


「あの開拓村は、焼くしかない。竜を崇める民の炎を以て、全て灰にするべきだ」

 オレはハッキリと、ラグナに向かってそう言った。

 そう、あの開拓村は焼かざる得ない。

 竜を崇める民は、いと高き場所へ外の人間が侵入する事は認めないのだ。

 これは覆らない前提であり、あの開拓村を例外とする訳にはいかない。


 また人間の国側としても、あの開拓村は焼かれる為に用意した物である。

 リジェッタが語ったガラシャ帝国及びバーネル辺境伯家の関係は、おおよそ僕の推測通りの物であった。


 南に存在する強国、ガラシャ帝国の前にバーネル王国は降伏し、国は併合され、王家は辺境伯家として残されたそうだ。

 この辺りを、リジェッタは屈辱的な感情と共に語ったけれど、ガラシャ帝国の沙汰は実に寛大であると思う。

 何しろ反乱の種となりかねないバーネル王家を、殺し尽くさずに残しているのだから。

 どうやらその当時、ガラシャ帝国はバーネル王国以外にも複数の敵を抱えており、降伏した相手を無碍に扱えば、他の国の降伏も望めなくなるという事情があったらしい。


 そしてバーネル王国が滅びた事で、竜を崇める民との間に交わされた合意は失われる。

 残された王家も、リジェッタは詳しく語らなかったが、当主が交代させられたか自死させられたか辺りは、当然ながらあった筈。

 以降、人間の国がいと高き場所へと侵略してくる際には、ガラシャ帝国が主導する大規模なものと、ガラシャ帝国に命じられたバーネル辺境伯家が主導する小規模なものの二通りがあったそうだ。

 前者はガラシャ帝国がいと高き場所で得られる産物を欲して、後者はガラシャ帝国がバーネル辺境伯家の力を削ぐ為に行われたという。


 これはリジェッタから、当事者の一方からのみ聞いた話だから、どこまでが真実なのかはわからない。

 リジェッタの言葉に虚偽があったとは思わないが、それでも物の見方に偏りはあって当然だ。


 今回の侵略は、バーネル辺境伯家の力を削ぐ為にガラシャ帝国が命じたもので、失敗を前提としている。

 バーネル辺境伯家は、殺される事になるだろう人員は最小限に、切り捨てる命を選んで、けれども資金や資材に関しては、力を抜いていると思われないように豊富に投入したのだという。

 そしてリジェッタは、それでも人の少なさにガラシャ帝国が難癖を付けて来ると考えて、自ら責任者に志願したそうだ。

 いと高き場所へ築かれたのが砦でなく開拓村なのは、ほんの僅かでも竜を崇める民との争いを避けられる可能性に賭けて、リジェッタが発案したらしい。

 彼女は、バーネル辺境伯家が集めた殺される事になるだろう人員にも、可能であるなら生きて欲しいと考えているから。


 またあの天騎士は、バーネル辺境伯家に仕える筆頭騎士で、リジェッタとも親しい間柄の為、個人的に協力してるという立場なのだとか。

 いや、実際にはリジェッタの父親であるバーネル辺境伯に、いざという時は娘を連れて逃げろとでもと命じられているのだと思うけれども。

 そうでなければ、あんな手練れの天騎士が、焼き払われるとわかってる開拓村に行く事の許可が出る筈もない。


「ふむ、つまりあの村を焼きさえすれば全てが丸く収まって、暫くは人間の国からの侵略もないと、そういう事か」

 納得したようにラグナは大きく頷く。

 あの開拓村は焼き払う。

 何度も繰り返すがこれは覆らない前提で、だからこそオレの……、いや、僕の話はここからだった。

 だってこんな事、竜を崇める民には思い付く筈もない。

 全く外の存在である僕の価値観、思考があったからこそ導き出された、今回の件を一歩前に押し進める案。


「村は焼き払う。けれどもその村人は、特にあのリジェッタは、竜を崇める民にしたい。我らに男手は、幾らあっても足りていないし、バーネル辺境伯の娘を同胞に加えれば、人間の国の情報を継続的に入手できるし、或いは人間の国、ガラシャ帝国を内部から揺るがせる手を打つ事も可能だ」

 そう、いと高き場所には、竜を崇める民しか立ち入らせない。

 だったらあの開拓村の住人を、全て竜を崇める民にしてしまえばいいというのが、僕の考え出した結論だった。


 正直、リジェッタの身柄さえ押さえてしまえば、他の住人に大した価値がある訳ではないが、だからこそ他の住人も竜を崇める民として受け入れれば、リジェッタはこちらに大きな恩を感じるだろう。

 またさっきも言った通り、竜を崇める民にとって男手は決して無駄にならない。

 部屋住みだった三男や四男には、開拓村を失えばもう帰る場所もないのだから、取り込む事は決して難しくない筈だ。


 一纏めにすると結託して妙な行動を取る可能性はあるから、部族ごとに二、三人ずつ、分散して受け入れる。

 彼らが真面目に働けば、部族の女と番い、子を持つ事もあるだろう。

 待遇は、開拓村で生きるよりも良くなる可能性は高かった。


 この案の欠点は……、オレがあの天騎士との決着を付ける機会が、暫く遠のく事だろうか。

 だがその欠点があっても尚、オレは僕のこの案を、決して悪くないと思ってる。

 オレとあの天騎士が戦う定めにあるのなら、その機会は再び自然と訪れる筈だ。

 尤も、事の是非を決める権利はオレにはなく、竜を崇める民の全てで決定するべき話だが、但しその意思決定に関して、竜人であるラグナは大きな影響力を持っていた。

 この場でラグナが頷けば、八割がたはこの話が決まったも同然になるくらいには。


「……一つ問おう。その案は、ザイドよ、汝が考えた物か。それともそのリジェッタという、あの村の責任者が考えた物か」

 オレの話を聞いたラグナは、そう問う。

 問い掛ける声には、どこか剣呑な響きが宿ってる。

 もしかすると、ラグナはオレが、あの村の人間に取り込まれたのかと疑ってるのかもしれない。

 或いは、竜を崇める民としては異質な物の考え方を述べたオレを、単純に怪しみ警戒してるのか。


 しかしいずれにしても、一度口に出した以上はそれをなかった事にはできないし、また同胞相手に嘘や誤魔化しを並べる趣味もない。

「オレが考え、提案した。村の責任者であるリジェッタは、単に焼き殺してしまうには惜しい、強い女だ。利用価値も高い」

 真っ直ぐにラグナを見据え、その視線を受け止めて、オレは言葉を返す。

 暫し、オレとラグナは強く視線をぶつけ合う。




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