第26話


 リジェッタは数秒、目を閉じる。

 それはまるで、僕が放った使者としての口上を噛み締めているみたいに。


 けれども彼女が再び目を開いた時、その雰囲気は一変していた。

 正直に言って、椅子に腰を掛けてて良かったと、心底思う。

 もしも立ったままだったら、思わずオレが顔を出して、構えてしまっていたかもしれないから。


「竜を崇める民の使者、ザイド様。貴方の怒りは尤もです。けれどもどうかお聞きください。かつて貴方達と交流を持ったバーネル王国はガラシャ帝国に屈して併合されました」

 リジェッタの口から出た言葉は殊勝な物だ。

 しかしその殊勝さに、こちらを踏み込ませない迫力を身に纏う。

 交渉ならば、或いは憐れみを乞うような態度を取った方が良いのかもしれないけれど、目の前の少女から見て取れるのは誇り高さのみ。

 だからこそ僕は、いや、オレはこれまで単に言葉が通じる相手として、どこか見下していたリジェッタを、油断ならぬ相手と認めて、強く興味を持った。


「バーネル王家は一貴族として名を残し、王国時代の言葉すら、今はもう殆ど話せる者はおりません。貴方達との合意も、私達は守り切れませんでした」

 その声には悔しさすら滲ませて。

 演技であるなら大した物で、本音であるならガラシャ帝国とやらにはとても聞かせられない言葉だろう。

 あぁ、周囲の誰もがその王国時代の言葉を解せぬからこそ、そこまで言えてしまうのか。

 だとしたら、何とも皮肉な話であった。


「ですが、恥を忍んでお頼みします。どうか以前に交わされた合意がどのような物だったのか、そしてどうすれば私達をこの地に受け入れてくださるのか、どうか教えて戴きたいのです」

 そういって、リジェッタはこちらに向かって頭を下げた。

 軽くではなく、深々と。


 ……なるほど、少し話が見えてきたが、どうやら彼女は、いや、この開拓村自体が、かなり微妙な立場にあるらしい。

 今のところ名前が出て来たのは、ガラシャ帝国、バーネル王家、もとい今はバーネル辺境伯家。

 リジェッタがどちらに属するのかは、彼女の言葉や態度が虚偽の塊でなければ、当然ながらバーネル辺境伯家になる。

 ただこの地にリジェッタや、開拓民を送り込んだのが、バーネル辺境伯家の意思であるかは、また別の話だ。


 これは僕の勝手な想像に過ぎないが、今回の開拓がガラシャ帝国がバーネル辺境伯家の力を削ぐ為に命じた物だとするならば、開拓村のちぐはぐさにも、一応の納得がいく。

 恐らくこの開拓村は、竜を崇める民に滅ぼされる事が前提の代物なのだろう。

 リジェッタは、バーネル辺境伯家からも人を出して開拓に力を注いだが、それでも失敗してしまったのだという言い訳の為の生贄か。

 改めて見回せば、こちらを見ている村人は全てが男ばかりで、女は一人もいなかった。


 いや、もしかすると建物の中には女も居るのかもしれないけれど、その場合も少数である事は間違いがない。

 ここを砦ではなく村として開拓し、地に根付く心算なら、子を産む女は必要だ。

 それが居ない理由は、この開拓は成功せず、竜を崇める民に滅ぼされる可能性が高いから。

 訓練された精鋭兵も惜しみ、部屋住みの三男や四男のみを集めて開拓民としたのだろう。


 そもそもここが砦でなくて開拓村なのは、その方が竜を崇める民に見逃される可能性が高いとでも考えての事か。

 実際には、敵意を見せようが見せまいが、竜を崇める民は侵入者を許しはしないのだけれど……。

 あぁ、でもそのお陰で僕がここに居るのだから、砦ではなく開拓村を築いた判断は、完全に誤りだったとは言えないか。


「……退去はできないと言うのか」

 もう答えはわかっているけれど、敢えてそう問う。

 やれやれだ。

 本当に、一体どうしようか。

 この開拓村は、焼いてしまって問題がないとの想像が付いてしまった。


 リジェッタを殺されたバーネル辺境伯とやらは、竜を崇める民を恨むかもしれないけれど、そもそも生贄の如く娘を開拓民と共にこの場所に送り込んだのは、その父親である。

 僕の知った事じゃなかった。


「できません。たとえこの村と共に焼かれて灰になろうとも、私に戻る場所はありません。ですが、焼かれて死ぬ事になるのであれば、せめてその理由は知りたいのです。一体どうして、貴方達は私達を拒むのでしょう。私の先祖は、貴方達とどのような合意をかわしたのでしょうか」

 ただ僕は、或いはオレは、命を失うとわかって強く振る舞うリジェッタが、どうやら気に入ってしまったのだろう。

 少し前に、彼女の隣に立つ天騎士を前に、命を失う事を恐れて逃げてしまったからこそ、リジェッタの強い振る舞いを、どうしても眩しく感じてしまうのだ。

 ここで話を打ち切って、開拓村を焼いて終わりにするには、とてもじゃないがあまりに惜しかった。


 もちろん開拓村を見逃す事はできない。

 竜を崇める民は、いと高き場所へ外の人間が侵入する事は認めない。

 これは覆らない前提だ。

 ただその理由を語って聞かせるくらいなら、あぁ、使者としての領分の内に入るだろう。


「わかった。でも、その代わり聞かせて欲しい。ここに残れば死ぬだけだとわかっても尚、退けないと言い張る理由を」

 僕は自分の、物語を読み漁って得た知識で導き出した想像が正しかったのかを確認し、その代わりに過去に竜を崇める民とバーネル王家が交わした合意の内容を話す。

 その内容は一言や二言で語れるものではなく、僕とリジェッタ、互いが相手の事情を理解する頃には、太陽は傾き、空は朱に染まり始めていた。



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