第25話


 移動の最中も、開拓村の構造はしっかりと目に焼き付ける。

 村の周囲に広がる耕作地も、その外側は更に柵に覆われて、これで麦でも実れば耕作地自体が、いざという時は攻め寄せる敵の足を幾許かでも遅らせて居住地を守る、もう一つの防壁の役割でも果たすのだろう。

 尤もこんな柵で一体何を防げるのかと、思わなくもないけれど。

 この程度の備えが何らかの意味をなすのは、人間が相手だった時くらいじゃないだろうか。


 小型の魔物は柵の間を潜り抜けて浸透するし、中型の魔物は簡単に飛び越す。

 大型の魔物は意にも介さず踏み潰すだろう。


 つまりこの開拓村の防備は、やはり人間を強く意識した備えなのだと、僕は感じた。

 人間の国がある場所では、こんな備えでも一定の安全を得られるのかもしれない。

 僕も前世に生きた時ならば、柵があるから安全なのだと、安易に感じただろうと思う。


 実際には、竜を崇める民の戦士ならこんな柵なんて然したる苦も無く蹴り壊すし、竜神官なら吐息で燃やすか、それこそ魔物のように飛び越える。

 要するにこの柵では結局は何も防げないのだが、敢えて口に出しはしない。

 竜を崇める民の集落も柵で守る事は多いが、その場合も外側に向かって鋭く削った木や骨を備え付ける。

 厚みや密度を増して防御力を高め、敵対者を傷付けて追い払う工夫がなければ、このいと高き場所では集落なんて守れないのだ。


 その点、居住地を囲む防壁に関しては、中々悪くないと思う。

 尖った丸太を地に打ち込んで作ったのだろう防壁は、簡単には越えられない高さと、頑丈さを併せ持つ。

 ただここで気になるのは、その丸太の出所だ。


 いと高き場所の森から木を切り出すような真似は、今のところはしていないそうだから、だとすれば丸太は人間の国から運び込んだ物になるのだろう。

 要するにかなりの労力、或いは金をかけている。

 特に幅広く水量も多い境界の川を越えて、重い丸太を運べる船の用意なんて、決して簡単ではない筈だけれど……。


 あぁ、いや、或いはその運んできた丸太を使って筏を組み、こちら側に運んでから乾かして、その上で防壁に使ったのかもしれない。

 もちろんそうであっても、労力をかけてる事には変わりはないのだけれど。


 やはり解せないのは、そこまで労力、金を掛けて築いた物が、開拓村である点だ。

 いと高き場所への橋頭保とするならば、港と、それを覆う形で守る砦にすべきだろう。

 配備する人材も、精鋭の兵士でなければおかしい。


 なのに僕がここに来てから出会ったのは、天騎士は別にして、碌な訓練を受けていないだろう村人と、この場には到底似つかない高貴さを身に纏った少女。

 あまりに侵略者として似つかわしくない。

 失敗を前提とした棄民も疑ったが、それにしてはこの村は労力と金を掛け過ぎている。

 何より少女の存在の説明がつかない。


 本気の侵攻、橋頭保の確保が目的であっても、どのみち少女の存在は説明がつかないのだけれど、まるでこの開拓村は、幾つもの思惑がぶつかり合った結果のように、ちぐはぐだった。

 その辺りの事情は、果たして教えて貰えるのだろうか?

 自分達の弱みを晒すような真似は普通ならしないと思うが……、この少女に関しては、ちょっとわからない。

 まだこの少女が、開拓村の統治者であると決まった訳ではないのだけれど、これ以上が出てくる事も、やはり考え難かった。



 そうして案内されたのは、村の中央にある小さな広場。

 運ばれてきた木の椅子に少女は腰を下ろし、それから僕にも掛けるように勧める。

 オレなら、敵の前で腰を下ろして咄嗟に動けない体勢にはなりたがらなかっただろう。

 何故なら、天騎士は少女の後ろに控えてはいるけれど、立ったままで座ってないし。

 仮に座ったとしても、慣れぬ椅子じゃなくて、まだしも咄嗟に転がれる地面に座った筈だ。


 しかし今は、少女や天騎士はもちろん、遠巻きに広場を囲んでこちらを窺う村人にも、話の通じない相手だと判断される事に益はない。

 言葉の通じぬ蛮族ではなく、意思疎通のできる人間として振る舞い、少しでも多くの情報を引き出すのが、今の僕に課せられた役割だった。


 竜を崇める民らしくはない行動である。

 だが例えば、顎の谷の部族を導く長なら、今の僕と同じように判断し、行動しただろうと思う。

 らしくない行動が、即ち弱さに繋がる訳ではない。

 そう考えて、僕は少しだけ戸惑ったふりをしながらも、如何にも少女を真似た風に、椅子に腰を下ろす。


 ただそれだけの行為だけれど、周囲から向けられる警戒心は緩む。

 そう、少女の後ろに控えた天騎士すら、僕が椅子に腰を掛けた事でほんの僅かにだが気を緩めた。

 魔物も同然の蛮族と、言葉は通じずとも同じ人間。

 無意識ではあろうけれど、彼らは僕を人間の側に入れたのだ。


「では改めて、私はガラシャ帝国、バーネル辺境伯の娘、リジェッタと申します。この開拓村の、責任者という事になりますわ」

 同じ人間であるからこそ、名乗りもする。

 ガラシャ帝国、バーネル辺境伯、リジェッタ。

 名前はともかく、帝国や辺境伯って単語を僕が理解するのもおかしな話だから、そこは怪訝な表情を浮かべておいて、

「竜を崇める民のザイド。使者の役割を仰せつかって参上した」

 けれども同じ人間であるのだからと、名乗りを返す。


 別に偽名を使う必要はなかった。

 所属する集落ならともかく、個人の名前が知られたところで、何の不都合もないのだ。


 そして僕は、使者と名乗った以上はまずは口上を述べる。

「今まで行われてきた強引な侵略とは違い、貴方達は村を築こうとしている風に見受けた故、まずは言葉での警告を行う。いと高き場所へ外の人間が侵入する事は認められない。古き合意に従い直ちに退去せよ。さもなくば全てが灰と化すだろう」

 この警告に従わないであろう事は、既に察しは付いているけれど、それでもこちらの要求は変わらない。

 どんな事情があったところで、こちらが求めるのは唯一つ。


 竜を崇める民は、外の人間がこの地に踏み込む事を認めない。

 本来ならば問答無用で焼き払うところだが、一滴の血も流れていない今ならば、特別に見逃してやってもいいから、さっさと出て行け。


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