第24話
「こんなところで立ち話も失礼ですし、村の集会場にご案内しますわ」
少女の言葉に、僕は一瞬考える。
それはあまり僕にとって、都合の良くない誘いだ。
村の中が見られるのは、偵察という意味では目的に適う。
しかし集会所というのはいただけない。
敵地で逃げ場のない閉鎖空間には、できる事なら入りたくはなかった。
集会所というからには、ある程度は人が集まれる大きさはあるのだろう。
仮にそこに入ったところで取り囲まれれば、脱出には少し手間取るかもしれない。
目の前の少女がそこまで考えて言葉を発したようには見えないが、それでも警戒するに越した事はないから。
「我々は、生きる環境の違う生き物です。そちらの歓待も、我々にとっては歓待にはなりえない。本来ならこうして言葉を交わす事さえ、あってはならない筈なのに」
だから僕は、敢えて咎める口調で、少女に断りの言葉を吐く。
彼女が先程口にした、『この地に住まう方々に交流があったという言い伝え』とやらが、どの程度の物なのかを探る為に。
互いに交わらぬと決めた筈の合意を破ったのは、今も破っているのは、人間の国であるとの抗議も兼ねて。
「そう……、ですか。わかりました。ですが一つ、お聞かせください。どうして私達が、互いに交わってはならぬと仰るのでしょう?」
すると少女は少し困ったように、それから悲し気に眉根を寄せて、あろう事かそんな言葉を口にする。
あぁ、やはり彼らは竜を崇める民との合意を忘れ、のうのうと攻め入って来てたのか。
この少女が知っている事も、過去には竜を崇める民との交流があったという程度なのだろう。
物の考え方を、今は僕に寄せていて良かった。
そうでなければ、或いは怒りを抑えられなかったかもしれない。
ただ、僕は一応はわかってる。
別に少女に過去の合意を忘れた罪がある訳じゃない事を。
確かにたった二十年で人間の国は合意を忘れ、いと高き場所に攻め入って来たが、過去の人間の罪と忘却は、今の彼女の罪じゃない。
まぁ、今も侵略の真っ最中なのだから、文句を言うくらいは構わないだろうけれど、僕の気が少しばかり晴れる以外の意味がないだろう。
流れた血が、それで元に戻る訳じゃないのだ。
「では、それも含めて話しましょう。柵の外を恐れるなら、村の中で構いません。過去の合意を忘れた相手と話したところで、意味があるのかはわかりませんが、それでも話をしなければ、僕が来た意味がなくなります」
怒りを飲み込み、それでも言葉に皮肉を混ぜる事は止められず、僕がそう言い、少女が複雑そうに頷いた、その時だった。
村の方から、一人の女がこちらに向かって駆けて来る。
白く輝くような鎧を身に纏い、腰に剣を佩いたその女は、あの時とは違って兜を被ってはいないしグリフォンに跨ってもないが、間違いなくあの天騎士だ。
「ッ!!!」
天騎士は少女に向かって何かを言うと、僕に対して殺気を飛ばす。
あまりに予想外の再会に僕の身体は強張るが、何とかオレが、竜神官としての戦意と自負が顔を出す事は抑え込んだ。
もしかするとグリフォンに乗っていない今こそが、この天騎士を殺す千載一遇の好機なのかもしれない。
こちらもヴィシャップ、ワイバーンには乗っていないが、先程も述べた通りここに来たのは僕一人じゃなかった。
今、戦力を全て注ぎ込んで戦えば、厄介な天騎士を討ち取れる可能性は、決して低くない筈だ。
ただ、それでいいのだろうかと、僕は思う。
オレならば、自分はさておき竜を崇める民の為、厄介な敵は討てる時に討つべきだとの判断を下すかもしれない。
しかし僕は、竜の道を歩む者が、一度屈した強力な敵を、不完全な状態で討ち果たして、それで満足できるのだろうかと考えてしまうから。
もしかするとそれは弱者の考え方なのかもしれないけれど、今はこのまま、僕のままに、話を続ける道を選ぶ。
すると天騎士は、予想通り殺気こそ途切れずに放ってこちらを警戒してはいるものの、いきなり切り掛かって来るような真似はしなかった。
少女は、慌てたように何かを天騎士に言っているが、二人のやり取りは僕にはわからない。
天騎士は少女の言葉に難色を示しているようだけれど、放たれる殺気は徐々に小さくなっていく。
いずれにしても言葉のわからない僕には、天騎士を説得する少女の手助けなんてできる筈もなかったし、任せるより他にない。
話し合いは暫く続き、蚊帳の外に置かれていると、殊の外その時間を長く感じたが、やがて天騎士が少女の言葉に折れて終わる。
いや、本当に折れたのかどうかはわからないけれど、恐らくそんな雰囲気だ。
「申し訳ありません。彼女は忠義の騎士なのですが、私を心配するあまり、些か融通が利かぬのです」
少女は、困った顔をしてそんな言葉を口にするが、それは僕の知った事じゃないし、そう言われても、……ちょっと戸惑う。
僕は本物の騎士を見るのはこれが初めてだけれど、前世で読んだ本の騎士をイメージするなら、その行動には納得できた。
どちらかといえば、多分だけれど、この少女の行動の方が、人間の国に暮らす者としては常識外れなのだろう。
僕はその言葉には是とも否とも返さずに、ただ黙って首を横に振り、案内されるままに付いて行く。
さぁ、ここから先は本当の敵地だ。
少しだけ、緩んでしまったかもしれない気持ちを、もう一度引き締めて、僕は開拓村へと足を踏み入れた。
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