第23話


 いと高き場所の南の外れ、幅広く水量も多い境界の川のこちら側に、その村は作られていた。

 物見櫓を備え、丸太を地に打ち込んだ防壁に囲まれて、些か以上に物々しく堅牢ではあったけれども、それでも間違いなく人が暮らし根付く事を目的とした村である。

 仮に砦や軍の駐屯地であれば、あのように防壁の外を開墾し、畑を作ろうとする手間は不要だろう。


 やはりそれは、どうにも不可解な光景だった。

 あの物見櫓や高い防壁は、恐らくは彼らが蛮族と呼ぶ竜を崇める民に対する備えだろう。

 いや、もちろん魔物に対しても有効な備えではあるのだが、遠目に設備を見る限り、人との戦いを意識している風に、オレには見える。


 しかし、だったら何故、村なのかがわからない。

 竜を崇める民が攻めて来ると理解してるなら、もっと防衛力の高い、戦う為の拠点を築くべきなのに。

 地を耕す暇があるのなら、防壁を更に増築したり、周辺の地形を調べたりと、すべき事は山ほどある筈だ。

 まさかオレ達と戦いながら、この地に根付けるとでも、本気で思っているのだろうか?

 その自信となる何らかの切り札を握っているのか、それとも破れかぶれでもこの地に根付こうとしなければならない理由があるのか。

 直接この目で村を、村に暮らす人々を見て、確認しなければならない。


 幸いにもオレには、僕という竜を崇める民よりも、客観的に人間の国を見る事のできる思考がある。

 あぁ、ここから先は、オレではなく僕らしく物を考えた方が良いだろう。

 その方が村の内情が良く見えるし、竜神官であるという自負が、相手に透けて見えても困るから。


 遠目に村が確認できる場所からは、僕は一人で歩いて村へと向かう。

 もう子供を名乗る年齢ではないけれど、それでも無手の、年若い人間が一人きりだ。

 格好から竜を崇める民である事は見れば分かるだろうが、それでもいきなり矢を射かけられる可能性は、……なくもないが低い筈。

 恐らくは捕縛しようとしてくるだろうから、抵抗はせずに使者であると告げれば良い。

 それでも捕まりはすると思うけれど、それでも話をする機会は得られるから。


 問題は、言葉が通じるかどうかだけれど、こればっかりは試してみるより他にない。

 何せ竜を崇める民に伝わる人間の国の言葉は、学ぶばかりで実際に使われる事は殆どないのだ。

 文字の方は、過去の争いでは奪取した命令書を読み解いて、得た情報を戦いに活用したケースもあったらしいとは聞くけれども。

 僕は、というよりもオレは、竜神官だからそれを集落の長から教えて貰っているけれど、お世辞にも熱心に学んだとはいえなかった。

 ましてそれはずっと昔の人間の国の言葉だから、今では多少は変化もしてる筈だし。


 全く以て、実に不安である。

 筆談の方がまだしも意思疎通がし易そうだけれど、相手が悠長に付き合ってくれるとは限らない。

 最悪の場合は、村へと行ったはいいけれど、言葉が全く通じなくて、結局は戦いになるだろう。


 まぁ、それはそれで仕方ない。

 その時は盛大に暴れて、村を焼いて逃げるだけだ。

 僕は話し合えればいいと思っているけれど、オレにとっては力で解決する方がわかり易い。

 これから村へと向かうのは一人だが、ここに来たのは一人じゃなかった。

 僕は一度空を見上げて、村へと向かう足を速める。



「ッ!ッ!!レ!」

 尤も、一つ誤算があったとすれば、僕を見付けて取り囲んだ村人達と、言葉があんまり通じなかった事だろうか。

 いや、言ってる内容は何となくわかるのだ。

 でもそれは、言葉がわかるというよりは、ジェスチャーと雰囲気でわかると言った方が正しい。

 今は多分、止まれとか、動くな、って言われてるんだと思う。


 これはもしかして、竜を崇める民に残ってる人間の国の言葉が、代々伝えてる間に歪んで別物になってしまったのか。

 それとも、人間の国で使われてる言葉が変わってしまったか。

 ……オレの勉強が足りてなくて言葉が通じない可能性も、ない訳じゃないけれど、それならもう少し、断片くらいは伝わっても良さそうなものだけれども。


 僕は軽く両手を挙げて、敵意がない事を示しながら、何か伝わる言葉がないかと、思い付く限りを述べてみる。

 村人達はこちらに槍を向けてるが、敵意がない事は伝わったらしく、対応に迷っている様子がうかがえた。

 割と甘いというか、実に素人臭い。

 訓練された兵士なら、こちらを警戒しつつも取り敢えずは拘束すると思うのだけれど、彼らは迷うばかりで、対処に困って互いに視線を合わせてる。

 どう考えても、僕から視線を外すのは拙いだろうに。


 これなら殲滅した方が早いんじゃないか?

 ふと、オレの考えが頭を過ぎる。

 確かにオレなら、この場で即座で竜鱗で身を覆い、取り囲む村人達を鉤爪で引き裂き、村を吐息で焼き払えるだろう。

 しかしそれでは、結局は何の情報も得られない。

 最終的にはそれを選択する可能性もあるけれど、今は我慢だ。


 ただこのままこうしていても埒が明かないし、どうするべきかと首を捻った時、村人達の向こうから、一人の年若い少女が姿を見せる。

 明らかに単なる村人とは、容姿も、身に纏う衣装も違う、まるでどこかのお姫様のような彼女は、

「まさか、ここでバーネルに伝わる言葉が聞けるなんて。あぁ、古のバーネル王国と、この地に住まう方々に交流があったという言い伝えは、本当なのですね。それも未だに、バーネル王国の言葉を覚えてくださっているなんて! 大地母神よ、この導きに感謝します」

 僕が知る、竜を崇める民に残ってる人間の国の言葉で、そう言った。


 あぁ、どうやら、言葉が通じる上に色々と知ってそうな相手が出て来てくれたらしい。

 これが彼女の言う、大地母神とやらの導きだとは思わないが、あまりに都合のいい展開に、何か大きな意思、或いは作為のような物は、僕も感じる。

 僕は神様なんて嫌いだから、これは竜の導き、或いは単に運命だとでも、思っておこう。



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