第20話

 竜の咆哮を得る為に受ける第六階梯の試練は非常に単純で、それは魔物との戦いである。

 尤もそれだけを聞けば第五階梯の試練、ワイバーンとの戦いと何も変わらないように感じるだろうけれど、……しかし実は、第六階梯の試練で戦う魔物はワイバーン程には強くない。

 ならば既にワイバーンに勝利しているオレなら、次の試練は簡単なのかといえば、けれどもやっぱりそうではなかった。


 第六階梯の試練は、魔物が多数生息する危険な場所で、敢えて魔物を引き寄せ、集まって来る魔物を相手に戦って生き延びる事。

 一匹一匹はワイバーンよりも遥かに劣る強さの魔物だけれど、集まってくる数は無数と言ってしまっても過言じゃない。

 だからこの第六階梯の試練で問われるのは、身に付けなければいけないのは、単なる戦いの強さではないとされる。


 何故なら戦いの強さとは、技や経験、機転や作戦といった、全てが総合されて決まるものだ。

 例えば第五階梯の試練、ワイバーンのヴィシャップとの戦いがまさにそうだったけれど、オレは前世の僕という物の考え方、経験を得たからこそ、その戦いに勝利した。

 オレは僕という強さを得たと言ってしまっても、それは決して間違いじゃない。

 

 但し第六階梯の試練では、そうした総合的な強さはあまり役に立たないだろう。

 一匹や二匹、或いは十や二十の魔物は、その強さで上手く屠れるかもしれない。

 でもそれが百や二百、千や二千なら?

 どんなに上手く戦ったところで、先に体力が尽きて終わりだ。


 故に第六階梯の試練で問われ、身に付けなければいけないのは、有象無象の魔物が本能的にこちらを恐れる程の純粋な強さ、存在の格だった。

 その存在の格があってこそ、相手の戦意を、意思を、魂を砕く竜の咆哮が喉に宿る。 

 竜の咆哮を耳にしたならば、有象無象の魔物は恐れをなして一斉に逃げていくだろう。


 だがこの試練は、実際には第五階梯の試練よりも、危険度は低い。

 というのも本当にどうしようもなくなれば、ワイバーンを呼べば体勢を立て直し、空からその場を離脱できてしまうから。

 もちろん有象無象の魔物を相手に存在の格を示せず、逃げてしまう竜神官が、その後も竜への道を歩めるはずがないけれども。

 それでも命だけは落とさずに済む。


 ……だからこそ、オレはこの試練を越えなきゃならなかった。

 だって、オレは先日、既に一度戦いを諦め、逃げている。

 それは冷静な判断ではあったけれど、しかし二度は許されない。


 二度ある事は、三度あると、前世の僕の記憶にも、格言のような物がある。

 ここで逃げる癖が付けば、オレは困難に立ち向かう事を忘れてしまう。


 無謀を肯定する訳じゃない。

 だけど退いてばかりでは、竜の道は進めないから。

 第六階梯の試練は、オレの真価を問うだろう。



 三日間、自分の洞窟でゆっくりと休んだオレは、長に第六階梯の試練へと挑む意志があると告げて、それに向けた修練を開始する。

 修練の内容は、今のオレに許される限りの、御山の深い場所へと赴き、魔物を殺す事。

 御山の深い場所では、時に今のオレにとっては格上の魔物とも遭遇する。

 事前に気配を察知して近寄らないだけなら、或いは遭遇しても逃げるだけならどうにかなっても、殺し合いとなれば分が悪い、そんな魔物に。


 けれどもそんな相手を、あらゆる手段を使って殺し、その血肉を喰らって己に取り込んでこそ、オレの存在の格は上がる。

 格上に勝利し、相手を格上でなくす事が、言葉遊びではないけれど、己の格を上げる最良の手段だ。

 僕の知るゲームや物語で言うところの、レベルアップといったところか。


 もちろんその合間にはなるけれど、時間を作ってヴィシャップの背に乗る事も忘れない。

 ワイバーンという大きな存在を乗りこなす時間も、オレを高める為には決して無駄じゃないし、何よりも死闘を繰り返して荒んだ心も、ヴィシャップの背に乗り空から地を見下ろせば、随分と休まった。

 また自分だけでなく、ヴィシャップという他の存在の動きを意識し続ける事で、魔物と戦う際にも相手の動きが良く見えるようになった気もする。

 目が良くなった訳じゃなく、相手の動きを把握する要点がわかった感じで、これは思いもかけない収穫だった。


 修練の間、特に赴いたのは西の御山だ。

 単に戦いに明け暮れるだけなら、地形的に戦い易くて、魔物の数も多い東の御山の方が良いけれど、今のオレに必要なのは手段を選ばぬ格上殺し。

 高く険しい西の御山の環境は、ともすればオレに牙を剥く鋭い諸刃の剣だけれど、だからこそ格上を嵌め殺すのにも都合が良かった。

 何よりも、オレはこの山の主である碧風竜の鱗を与えられていて、西の御山で戦っていると、時折だが見守られているような気持になるから。

 オレは日々、険しくなる寒さの中、雪に埋もれながらも格上の魔物を探しては隠れて行動を探り、罠を張り、奇襲を仕掛けて、それを仕留めて肉を喰らう。


 試練の日は、冬の終わりの日に決まった。

 第六階梯の試練を受ける平地の森は、今の季節は多くの魔物が寒さを耐え凌ぐ為に眠りに就いてる。

 しかし冬が終わりを感じて彼らが眠りから目覚めれば、飢えた腹を抱えて集まって来るだろう。

 その魔物達が最も飢えて狂暴であるその日に、オレの試練は行われるのだ。


 ……その日がとても、待ち遠しい。

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