第19話


 集落に戻り長への報告を終えたオレは、自分の住処、洞窟の床に敷いた毛皮の上に、ゴロリと寝転がる。

 気分は、あまり良くなかった。


 長は相手がグリフォンに乗った天騎士だと聞くと顔色を変え、暫くはラシャドに集落周辺の空の哨戒を頼むと言ってたから、……やはりアレは相当な相手だったのだろう。

 だが幾ら相手が強くて、あのまま戦い続けても勝ち目がなかったとしても、自ら選んだ敗北が心地好い筈がない。

 すぐにでも己を鍛える為に動きたかったが、長からは身体を休めろと命令をされてしまった。

 恐らく長は、オレを気遣ってくれたのだろうけれども……。


 大きく大きく、溜息を吐く。

 どうしてもあの戦いを、いや、戦いにならなかった空中戦を、思い返してしまう。

 そして今になって、あの時、オレはもっと色々とできる事があったんじゃないだろうかと、思ってしまうのだ。

 例えば、ヴィシャップだけでなく、オレも自らの口で炎を吐けば、多少の牽制にはならなかっただろうか、等と。


 もちろんあの天騎士とオレの実力差が、その程度で埋まるとは、考えていない。

 しかし自分が全力を尽くしたかどうか、今更ながらに自信が持てなかった。


 あぁ、いや、わかっているのだ。

 だってオレには、オレだけでなく、僕というもう一つの思考、視点がある。

 そのもう一つの視点が、否応なしに自分を見つめ、分析して判断してしまう。

 今、オレは単に拗ねているのだと。


 こんな事なら、相手を逃がして追えなかった罰として、何か危険な仕事の一つや二つでも、命じられた方が気は楽だった。

 何であれ動けば己の成長に繋がり、あの天騎士との再戦に向けて、少しでも準備ができるのだから。


 けれどもその思考も、逃避に過ぎない。

 少しでも準備ができるは、少ししか準備ができないで、その程度じゃあの天騎士には届かないだろう。

 だから本当に今、オレがしなきゃならないのは、何が足りなかったのか、それを埋める為にどうするべきなのかだと、オレの中の僕が言ってる。

 忌々しいくらいに冷静に。


 全く以て本当に厄介な話だ。

 こんな風に自分を見詰めてしまうと、気軽に拗ねてもいられない。

 他人に指摘されれば、咄嗟に否定の一つもしたくなるが、自分自身は誤魔化せないから。


 取り敢えず、考えようか。

 直視し辛くとも、直視して、あの時のオレには何が足りなくて、どうすればそれが埋まるのかを。


 実際のところ、ヴィシャップとグリフォンに大きな差はないと思う。

 旋回はグリフォンの方が早かったが、直進する速度はヴィシャップの方が上だったし、体躯も大きい。

 そう考えると、乗り手なしで戦えば、ヴィシャップはグリフォンに勝つ筈だ。

 爪に牙に火球と攻撃手段も豊富で、鱗の防御力も高いワイバーンは、生き物として強者の部類に入る。

 故に足りなかったのは、オレとヴィシャップとの連携、いや、わかり易く言うならばオレがヴィシャップを乗りこなせていなかった事と、オレ自身の実力だった。


 連携は、……もっとヴィシャップに乗って、色々と試すより他になかった。

 多くの時間を共に過ごし、お互いを理解して行かねば、連携は磨かれないだろう。

 冬の寒さが厳しいから空を飛んでられないなんて、とてもじゃないが言ってられない。


 そしてオレ自身の実力に関しては、……それを求めるならば最も手早い手段は、竜神官として階梯を上がる。

 つまり試練を乗り越える事だ。


 第六階梯の試練を乗り越えて手に入る力は、竜の咆哮。

 それを耳にした者の戦意を挫き、恐怖を齎す、竜が恐れられる理由の一つ、魂砕きの声。

 弱き者はその咆哮を聞いただけで、気を失ったり、時には命すら落としてしまうとされる。

 本物の竜の咆哮に比べれば、今、僕がヴィシャップを呼ぶ為に上げてるそれは、単なる大声に過ぎなかった。


 非常に強力な力だけれども、それだけにそれを身に付ける試練も非常に厳しい。

 ただ、うん、いずれは通る道だったのだから、そこに至る為の動機が、オレに一つ増えただけの話だ。

 何でもいいから動くじゃなくて、第六階梯の試練を乗り越える事を意識して、その準備を進めよう。



 ふと、オレの住処である洞窟に、人が入ってきた気配がする。

 目を開けて身体を起こし、座り込んでそちらを見れば、……入って来たのは、意外な事にジャミールだった。


「なんだよ、ザイド。負けて逃げ帰ったって聞いたから落ち込んでるかと思えば、意外と平気そうな顔をしてるじゃないか」

 彼はオレの顔を見るなり、薄ら笑いを浮かべてそんな言葉を吐く。

 もしかして、喧嘩を売られているのだろうか。

 いや、ジャミールが皮肉気で突っかかって来るのは何時もの事で、だからといって殴り合いを望んでいるのかといえば、別にそういうタイプでもない。


 オレがその意図を掴みかねていると、

「まぁ暫くは塒に籠って大人しく寝てればいいさ。その間にボクがオマエに追い付く、いや、追い越すだろうけどね」

 そんな言葉を吐いて、さっさと洞窟から出て行ってしまう。


 ……顔を見に来ただけなのか。

 いや、もしかして、励ましにでも来たのだろうか。

 あのジャミールが?

 何だかあまりにも彼には似合わなくて、オレは思わず首を傾げる。


 ただすべき事を見詰め直し、それからジャミールの妙な態度を目の当たりにして、……もう拗ねた気持ちはどこかへ行ってた。

 ジャミールがオレに追い付き、追い越すのは好きにしたらいい。

 それはこの集落の為にもなるだろう。


 だけどそう簡単には、追い付かれる事はない筈だ。

 何故ならオレも、立ち止まらずに第六階梯の試練を早急に超えて見せると、今は心に決めたから。


 オレはもう一度、ごろりと洞窟の床に寝転がって目を閉じる。

 試練を越える為に、すべき準備は少なくない。

 己の身体と心を休める事も、間違いなくその一つだった。

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