第16話


「おぅ、次はアレがいいな。あの大きめのヤツを真ん中くらいから折ってくれ」

 走り蜥蜴を仕留めて、更に地下空洞の奥へと進んだオレは、今はギギアルの指示に従って、天井から垂れるつらら石を採取している。

 オレには他の石と見分けが付かないが、どうやらこれが目的の、燃える石になるらしい。

 恐らく何らかの成分が洞窟の天井から染み出して、つらら石として成長した物だろう。


 素手では触るなと言われたので分厚い手袋を着け、呼吸にも気を付けろと言われたので口元を布で覆い、折ったつらら石を大きな背嚢に詰めていく。

 燃える石って名前なのに、なぜこんな暑い場所で燃えてしまわないのか。

 背嚢の中で燃えやしないだろうかと、少しばかり心配にはなるが、よもや地の小人がこんな回りくどいやり方でオレを罠に嵌めて殺す理由はないから、素直に指示に従って採取する。


「おぅおぅ、こんくらいでいいぜ。一杯採れたな。やるじゃん、客人。あぁ、いやザイドだったな。走り蜥蜴を仕留めた腕も凄かったし、評判に偽りなしだな」

 背嚢がある程度一杯になると、ギギアルからのストップがかかった。

 そして随分と持ち上げて褒めてくれたが、走り蜥蜴の討伐はともかく、つらら石の採取は折って背嚢に入れるだけだから、誰にでもできる作業だと思うが……。

 あぁ、いや、身体の小さな地の小人にとっては、天井から垂れるつらら石の採取が、難しい作業に見えるのかもしれない。


「いや、ギギアルが案内してくれて助かってるよ。燃える川の中の魔物なんて、オレにはさっぱり見付けられないからな。不意打ちで引きずり込まれたらどうしようもないところだ」

 まだ帰り道は残っているが、それでも感謝の言葉を口にすれば、ギギアルはニヤッと笑う。

 喜んだのか、照れたのか、それとも別の感情か、顔の小さな地の小人の感情は、細かくは読み取りにくいけれど、まぁ悪い風には思われてはいないだろうから、それでいい。


 障害を排除し、採る物を採れば、もうここには用はなかった。

 一刻も早く集落に戻ろう。

 確かに集落も暑かったが、この地下空洞に比べればずっとマシだ。


「この燃える石の使い方、聞きたいか? 実はこの石は不純物が多くて、このままじゃ使えないんだ。それを抜いてから加工するとな、色んな物を溶かす酸の材料になってな……」

 オレは改めて水袋に口を付けて中身を飲み、特に興味はないが、ギギアルの話に耳を傾けながら、集落への帰路に就く。


 何で石から酸ができるのか。

 嘘か本当かはわからないけれど、ギギアルがオレに嘘を吐く理由は思い当たらない。

 まぁ、そういうものなのだろう。

 世界は不思議に満ちている。

 前世を思い出し、僕の知識を得た今も尚、わからない事だらけだ。



 帰り道、オレはある方向からひと際強い熱気が流れて来てると気付き、そちらに顔を向ける。

 そうしたらギギアルは慌てたように、

「あっ、ダメだぞ。そっちは灼炎竜のいる方向だ。俺っちは平気だけど、余所者のザイドは気に入られなかったら炎でひと吹きにされちまう」

 オレの耳元で警告を発した。

 いや、流石にオレも、勝手を知らない竜の縄張りで、その住処を荒らしてしまいかねない行動は取らないけれども。

 もちろん見知らぬ竜を、一目見て見たいって気持ちは胸の内に強くあるけれど、竜神官として、いやそもそも竜を崇める民として、己の我儘で竜を煩わせる事はあってはならない。


 だが少し面白く思ったのは、『気に入られなかったら炎でひと吹き』との言葉だ。

 つまりそれは、灼炎竜に気に入られる場合もあるのだろうか?

 どうやら地の小人は、他の竜を崇める民よりもずっと竜との距離が近く、オレのような竜神官が知らぬ事も知ってるらしい。


「あぁ、でもザイドの場合は、碧風竜の鱗を貰ってるのに今は手元に持ってないから、灼炎竜に気に入られた方がよっぽど厄介だ。だから絶対に会わせられないぞ」

 するとギギアルは、更に気になる言葉を口にした。

 それはいくらなんでも聞き逃せずに、オレは肩の上の彼を見て、どういう意味なのかと視線で問う。


 灼炎竜に会わない事は別にいい。

 余所者が会えば危険だし、何より竜を煩わしてはいけないと納得済みだ。

 しかし碧風竜の、オレが属する顎の谷が崇める竜の名前を持ち出されれば、知らぬままにはしておけなかった。


「おぅ、そこからかぁ……。竜ってさ、ウチの灼炎竜は特に欲深いけれど、他にも執着心の強い個体が多いんだぜ。大抵の物は無価値だと興味を示さないんだけど、逆に興味を持つと執着する」

 ギギアルの言葉に、オレは頷く。

 それはわかる。

 だからこそ竜を崇める民は、竜の関心を惹こうと儀式や供物に工夫を凝らしてるのだ。

 また竜の執着を知らぬままに縄張りを荒らせば、竜の怒りが降り注ぐ事も知っている。


「それは人に対しても同じなんだぞ。ヌシである竜からしたら人間なんて、いや、俺っち達も、所有物みたいなもんさ。まぁ殆どはそれでも無関心なんだけど、たまに見付けたお気に入りには印をつけるんだ。他の竜に取られてしまわないようにって、自分の匂いがする生きた鱗を渡してさ」

 その言葉は酷く乱暴だったが、それでも不思議と説得力はあった。

 そしてオレは、一つ思い当たった事がある。

 前回の儀式で、碧風竜が鱗を残した時、長が集落の英雄であるラシャドではなく、オレに与えられた鱗だと判断した理由。

 長は恐らく、先程ギギアルが語った内容を知っていたんじゃないだろうか。


 何故ならラシャドは、既に黒地竜から与えられた鱗を持っていて、つまり既に所有物だと宣言された状態にある。

 碧風竜が黒地竜と争う心算でないのなら、ラシャドに自らの鱗を与える筈はない。

 故にその鱗は、オレに与えられた物だと判断されたのだろう。


「でも今はザイドはその目印を持ってない。与えた目印を手放してた人間が、更に他の竜に目印を付けられたら、碧風竜はどうする? 俺っちは碧風竜の性格には詳しくないけれど、多分碌な事にはならないぞ」

 あぁ、それは考えただけでもゾッとする。

 オレが罰を受けるだけならいい。

 けれどもその怒りは顎の谷の部族にすら向くかも知れず、最悪の場合は碧風竜と灼炎竜の争いとなりかねない。


 話は終わりだと耳を引っ張るギギアルに従って、オレは集落への帰路を急ぐ。

 地の小人の集落には、温泉も湧いていた。

 魔物退治と採取でかいた汗を、温泉につかって流したい。

 何しろ熱い湯に浸かる風呂は、今生では初めてなのだから、そればかりは僕も流石に楽しみだ。


 そして一週間を過ごしたら、加工の終わった碧風竜の鱗を受け取り、肌身離さず持つとしよう。

 何しろオレはこれからも他の集落、つまりは他の竜の縄張りを、幾度となく訪れる事になるだろうから。



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