第17話
そして一週間後、碧風竜の鱗は、縁を見知らぬ金属で保護されて、同じ金属の鎖と共に、首飾りとなって手元に戻って来た。
しかしそれにしても、この金属はなんだろう?
色味は銀、いや、鉄に近いけれど、それよりもずっと軽い。
けれども頑丈で、そう易々とは壊れないだろうという安心感がある。
地の小人の長であるババベラ曰く、腐食にも強いんだとか。
……さて、漸く少し地下空洞での採取にも慣れてきた所だけれど、碧風竜の鱗の加工が終わった以上は、オレも自分の集落に戻らねばならない。
ギギアルには随分と世話になったから、別れは少し寂しく思うが、それでもオレは自分の集落で、やらねばならない事が沢山ある。
今回の件は収穫が多かった。
加工して貰った鱗の首飾りはもちろんとして、他の集落を訪れるという経験を積み、普段の自分達とは違う生活、異なる環境を間近で見て知識が増え、何よりも竜に対する理解も少し深まったから。
魔物退治や採取で働きはしたが、それが得た物に見合うかを考えると、思わず首を捻ってしまう。
だから何時か、この地の小人の集落が、そうでなくてもババベラやギギアルが何かに困っていたならば、オレは今回の恩を返そう。
人間ではない彼らが困る事なんて、今のオレには想像も付かないけれど、そういう日があったなら。
「グルォオオオオオオオオッ!」
ワイバーンの発着場で、オレは大きく口を開いて、上空に向かって咆哮を放つ。
この一週間、塒に帰らずに近くで待機しててくれたのだろう。
然程の時間を待つ事なく、空からヴィシャップがやって来る。
その背に乗ったオレは、出向いてくれた事の感謝を伝える様に軽く二度叩き、それから空へと飛び立つ。
上空の風はやはりとても冷たくて、暑さに漸く少し慣れたばかりの身を、芯から冷やすように凍みた。
オレは来た時と同様、いや、それ以上に毛皮にしっかりと包まって、寒さから身を護る。
ここで得た知識や経験、思い出が、身体の熱と一緒に冷たい風に奪われてしまわないように、強く。
地の小人の集落を離れる時は僅かにあった寂しさも、顎の谷の集落が近付けば、早く自分の洞窟に帰りたいという気持ちに自然と変わる。
東と西の見慣れた御山の姿が遠目にでも見えるようになれば、尚更に。
何事もなければもう後僅かで顎の谷の集落に辿り着く。
以前はヴィシャップが本当にオレの言う事を聞くかどうかが確かめられていなかったから、集落から離れた場所で呼び出して背に乗る練習をしていたが、今はもうその心配もない。
顎の谷の集落にあるワイバーンの発着場へと、直接下りて構わないだろう。
しかし着地に備えてヴィシャップの速度を少し落とさせよう、そんな風に考えた時だ。
ふと前方に、集落よりもずっと南の空に、黒い粒のように小さな影が浮かんでいるのが見える。
高さ、距離から考えて、普通の鳥ではあり得ない。
ならば飛行する魔物だろうか。
いと高き場所の空を飛ぶのは、竜やワイバーンだけの特権ではなく、地上に比べれば数は多くはないけれど、飛行する魔物も存在していた。
けれども、どうにも違和感がする。
妙な胸騒ぎが止まらない。
あれが単なる魔物であるなら別に無視していても構わない筈だし、下手に近付き刺激すれば、それこそ無駄な戦いを強いられるだけなのに。
オレはどうしてもあの小さな影を無視できず、ヴィシャップにそのまま、集落の真上を通り過ぎて南に向かえと指示を出す。
無駄足であるなら幸いだ。
魔物であっても、排除はしておくに越した事はない。
またヴィシャップの姿を見て魔物が逃げるなら、集落から遠ざけるだけでも少しばかりの意味はある筈。
そんな風に自らに言い聞かせ、オレは小さな影を追う。
彼我の距離が近付いて、小さな影が粒から木の実ほどの大きさになった頃、向こうもこちらに気付いたらしく、南に向かって逃げ始める。
あぁ、相手が単なる魔物であったなら、追い払えば十分だ。
だけど……、そう、あれは確かに魔物ではあるのだけれど、確認した以上は追わねばならない相手だった。
何故なら南に逃げているあの魔物は、その背に人を乗せているから。
また雄のグリフォンと雌馬を掛け合わせて生まれるヒポグリフはより気性が落ち着いていて、人に背を許し易いという。
以前の人間の国との戦いではこの二種類の魔物を駆る天騎士が、特にグリフォンに乗れる強者が、ワイバーンを従えた竜神官とすら互角の戦いを繰り広げたと聞いている。
あれはその天騎士だった。
一体何故、こんなところに?
グリフォンはもちろん、ヒポグリフでさえも数は少なく、その背を許された人間も同じく限られる為、天騎士は人間の国では切り札のような存在である筈なのに。
危険を冒してこの辺りの偵察に、しかも単独で来るなんて、そんな事があり得るのだろうか。
頭の中は疑問で一杯だけれども、考えたところで答えは出ないし、今は目の前の敵を追い掛けて落とすしかない。
何が目的でこの辺りを探ろうとしていたのだとしても、死んでしまえばそれは果たされない筈だから。
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