第14話
竜を崇める民の集落は、多くの場合は周囲の地形を利用した要害となっていた。
顎の谷もそうだけれど、基本的には入り組んだ場所に作られている。
平原に住む部族であっても、ちょっとした丘等に横穴を掘ったりして、守りの硬い集落を築く。
そうでなければ魔物が多く生息するこの地では、人が安心して暮らせないからだ。
但しそんな入り組んだ場所に作られた集落にも、一ヵ所は開けた場所が設けられている。
その用途は、ワイバーンを従えた竜神官が離着陸する為の発着場。
僕の知識で言うならば、ヘリポートのようなものになるのだろうか。
尤もワイバーンを従える第五階梯の試練を越える竜神官は決して多くはなく、集落に皆無である場合も決して少なくはなかった。
そんな集落ではどうしても、手にあまる事態が起きた時には、他からワイバーンを従えた竜神官を派遣して貰わなければならない。
何しろ第五階梯の試練を越えた竜神官は、単純に考えてワイバーン二匹以上の戦力となる。
その力を借りる為にも、発着場はもしもの時に必要となる設備なのだ。
地の小人の集落は恐らく、そんな助けを必要とはしない場所だろうけれど……。
それでも上空から見下ろせば、山の中腹にワイバーンが下りる為の発着場が見えた。
しかしそれにしても……、凄い光景だ。
地の小人達が住む、これから下りる山の頂からは、もくもくと煙が上がってる。
燃える炎の山。
活火山だと僕の知識は囁くけれど、オレにはまるで、炎の息を吐く竜の口のようにも見えた。
いや実際に灼炎竜の存在がこの山に影響を与えてるだろうから、オレの感覚もあながち間違いではないのだろうけれど。
思わず身体がぶるりと震える。
もちろん寒さじゃない。
上空にまで山の熱気が伝わってくるようで、今は全く寒さを感じてはいない。
ならば恐怖だろうか。
あぁ、少しばかり悔しいけれど、それはあるだろう。
圧倒的な力を前に、震える程の恐怖を感じた。
だがその事に、不快さはない。
何故ならこの身を震わせる程に大きな存在を間近にした喜びを、オレは同時に感じてるから。
大きな存在を前にした時、自分の存在はちっぽけで、震える事は度々ある。
しかしそれはとても幸運な事だ。
オレは僕を知り、そう思うようになった。
だって前世では、そんな大きな存在に触れる事もなく、自らが目指す道標もなく、迷い疑い恨み、前に進めずに息絶えた。
ただ一つ、次の生では弱い自分に煩わされない、理不尽に負けない、強大な竜になりたいという想いだけを抱えて。
その想いは、オレの中でも深い所で、今も静かに燃えている。
だから灼炎竜と、その影響で燃え盛る山を見て、オレは震えながらも感動し、幸運に思えた。
また一つ、目指すべき存在をその目にできた事を。
オレは纏っていた毛皮を脱いで、ヴィシャップに降下の指示を出す。
きっと下は、地の小人の集落は、真夏のよりも暑いだろうから。
「はぁ、こんなに若いのにワイバーンに乗った竜神官かい。いやいや凄いねぇ。まぁまぁ、我らの集落にようきなさった」
発着場でヴィシャップの背から下りたオレを出迎えてくれたのは、驚いた事に全く普通の人間の男性……と、その彼が捧げ持つ、両の手の上で胡坐をかいで座る小人の老人。
そう、言葉を発したのは手の平に座る小さな老人で、彼こそが地の小人だ。
仮に立ち上がったとしても、その身長は広げた親指の先から小指の先までと大して変わらぬ程で、僕の知る単位で言うなら、……20cmくらいになるのだろうか?
正に小人との言葉が相応しい。
だがオレが驚いたのは地の小人のサイズよりも、彼らと共に人間がいた事だった。
あぁ、でも落ち着いて、よくよく考えてみればそれも当然か。
確かに地の小人は武器や細工物を作る達人だけれど、竜を崇める民が必要とする武器や細工物のサイズは、彼らにとってはかなり大きい物となる。
仮に制作には地の小人に特有の能力やらがあるとしても、それを運び出すには人間の手伝いの手があった方がいいだろう。
また竜への献上品も、小人サイズであるとは考えにくい。
要するに地の小人を捧げ持つ人間は、彼らの手伝いを条件に、灼熱竜にこの地への居住を許された、竜を崇める民だ。
地の小人の存在は聞かされて知っていたけれど、彼らが人間と一緒に暮らしてるなんて、実際に目にするまでは思いもしなかった。
よく考えれば想像できるだけの手掛かりはあったのに、全くそこに気付かないなんて、……成る程、これがオレの経験の不足、つまりは未熟さか。
「竜人のラグナより紹介を受けてやって来た。集落の長にお目に掛かりたく思う」
オレは自分の足りなさを噛み締めつつも、地の小人の老人と目を合わせて、長への面会を願い出る。
相手が小さいからといって見下さず、されどこちらが過剰に謙る事もしない。
これから頼みごとをする立場ではあるけれど、それでもオレは顎の谷の竜神官として、己の部族の代表として、ここにいた。
ワイバーンの背に乗って他の集落を訪れるというのは、どうしたってそういう事だ。
「おぅおぅ、ラグナ殿より聞いておるよ。何でも碧風竜に気に入られて鱗を授かったとか。……いやはや、本当に凄い話だねぇ。あぁ、ワシがこの集落の長、ババベラさ。宜しく頼むよ、顎の谷のザイド殿」
地の小人の老人、ババベラは、その小さな顔にニヤニヤとした笑みを浮かべて、そう名乗る。
あぁ、どうやら彼は、オレを見定める為に、わざわざ発着場に出迎えに来たらしい。
この集落の長でありながら、物好きにも自ら。
だけどババベラの顔に浮かぶ笑みには、悪意らしき物は感じられない。
悪戯っぽくはあるけれど、好意的ですらある風に思えた。
もしかすると彼は、使者としての経験の浅いオレに、他の集落では油断するなと教える為に、自ら足を運んでくれたんじゃないだろうか。
だとすればそれをババベラに頼んだのは、……恐らく竜人のラグナだ。
他に考えられる人物はいない。
もちろんそれは、オレの勝手な想像に過ぎなくて、本当のところは尋ねたところで教えてはくれないだろうけれど。
まぁいずれにしても、そう、一ついい経験を積めたと考えよう。
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