第13話
空を飛ぶ。
たとえそれが自らの力でなかったとしても、それはとても特別な行為だ。
前世で生きた世界では、飛行機やヘリコプター、気球やハンググライダー、多分その他にも色々と空を飛ぶ手段はあった。
だけど身体の弱かった僕は、そのどれ一つとして体験する機会はなかったけれど、あぁ、もう構わない。
今はこうして、自らの力で従えたワイバーン、ヴィシャップの背に乗って空を飛んでる。
これはきっと、前世の空を飛ぶどんな手段よりも、特別だと思えるから。
そして何時かは、いや、そんな曖昧な言葉じゃなくて決して遠くないうちに、オレは自分の翼を得て空を飛ぶ。
もちろん決して簡単な事ではないだろうけれど、やがては竜へと至る心算なら、通らなきゃならない道である。
だったらその難しさに怯み竦むよりも、自らの翼で風を切って飛べる感覚を楽しみにしながら進んだ方が、きっといい筈。
幸いにもオレは、高所に恐怖よりも喜びを覚える性質のようだし。
但し夏も終わり秋に入った今となっては、空気も日に日に冷たさを増していて、オレは羽織った毛皮に包まって、なんとか寒さやり過ごす。
上空を、それも高速で飛ぶワイバーンの背中に吹き付ける風は、地上の空気とは比べ物にならない程に冷たく寒い。
今の季節でこんなにも寒いなら、本格的な冬ともなれば、生身のままではヴィシャップに乗る事は到底できないだろう。
いと高き場所の冬は厳しく、多くの場所が深い雪に閉ざされてしまうから、集落から出ずに過ごすのは竜を崇める民にとって至極当たり前の事ではあるのだが、少しばかり残念だ。
まぁそんな事はさておいて、今のオレは北に向かって飛んでいる。
つまりはいと高き場所の、より深いところへと向かってた。
少しばかり地理の説明になるけれど、オレが住む顎の部族の集落から見て、非常に大雑把に言えばだが、南が平原、北は山地になっている。
尤も平原といっても平坦な地ばかりではなく、巨大な大地の裂け目があって、その下には地底湖があって水竜が棲んでたり、魔物が多い広い森には、何時でも寝てる森竜がいるという。
また人間という種族にとっては平原は比較的生き易い場所だから、水竜や森竜を崇める事で、その近くへの居住を許されてる部族も数多い。
更に平原よりも南には、大きな川に隔てられるようにして人間の王国が存在していた。
時折、いと高き場所に眠る手付かずの莫大な資源を求め、川を渡って開拓民を送り込んで来るから、竜を崇める民と人間の王国はその度に戦いになっている。
長が知る限りでも、三度は人間の王国からの侵略があり、竜を崇める民は多くの犠牲を払ってそれを撃退したそうだ。
もっとずっと昔には、人間の王国と竜を崇める民の間にも交易が存在したけれど、両者の友好的な交流も絶えて久しい。
もちろん、竜を崇める民がそこまでしてでも、人間の王国の侵略を阻止しようとするのには理由がある。
昔、まだ両者の間に交易があった時代に、いと高き場所に好奇心から入り込んで迷った人間を、ある竜を崇める民の部族が保護して受け入れた。
最初はその人間の好奇心が、竜を崇める民の生活に向いていたから。
しかしその人間の好奇心は本当に旺盛で、留まる事を知らずに、無知なままで行動し、竜の縄張りをも荒らしてしまう。
いや或いは、好奇心旺盛で無知な振りを装い、自らの欲を満たす為に竜の住処を荒らしたのかもしれないけれど……。
いずれにしても竜の怒りは、その人間を助けた部族にも及び、一つの部族が丸ごと消えてしまった。
それ以来、いと高き場所へ竜を崇めぬ人間を入れる事は、オレ達、竜を崇める民にとっての禁忌となる。
人間の国との交易も断ち、そうなった経緯を説明し、もういと高き場所へは踏み入らぬ事を求めたそうだ。
竜の住処を荒らしたならば、人間の国にだってその怒りが向かないとは限らないからと。
合意は果たされ、人間の国と竜を崇める民の関係は断たれた。
その筈だった。
しかし僅か二十年しか経たずにその合意は破られ、人間の国はいと高き場所への侵略者となる。
それ以来、人間の国と、竜を崇める民の敵対は続く。
何故、人間の国が僅か二十年で合意を破ったのか。
その理由はわからない。
だが人間の王国からの侵略者は、森の木々を切り、水を汚し、山に踏み入って鉱物資源を探すだろう。
例えば東の、黒地竜の御山は、歩くだけで岩肌に剥き出しの鉱脈が見え、宝石の類が転がってる事だってあるのだ。
そんな場所を欲深な人間が見れば、荒らさずにいられる筈もない。
竜を崇める民には、今も人間の国の言葉や風習を言い伝えて残しているが、それは敵を知って戦う為に他ならなかった。
……なんて、話が盛大に逸れてしまったけれども、南はそんな場所で、だけど北は大きく違う。
いと高き場所は、北に行けば行くほど寒くなり、山の上には夏でも雪が残るどころか、夏でも吹雪く山がある。
北の山地には多くの竜が棲み、そこには成熟した竜ばかりではなく、まだ若い竜や、幼体の竜もいるそうだ。
その中には竜神官から竜へと転じた先達も、きっと。
より環境が厳しい北の山地に住むのは、竜を崇める民にとっては特別な存在が多い。
例えば竜人達がそうだし、これから向かう地の小人の集落も同じくだ。
地の小人が崇める、もとい彼らの場合は共生してる竜は、灼炎竜。
黒地竜や碧風竜と同じく強力なヌシだ。
見知らぬ竜の支配地に踏み入るのは、実はオレは初めてで、その辺りは少し緊張してる。
一体どんな竜なのだろうか。
その姿を、この目で見れたりはするのだろうか。
遠い地の小人の集落は、ワイバーンであるヴィシャップの翼でも、もう少しかかるけれど、今から楽しみで仕方がなかった。
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