第12話
与えられた碧風竜の鱗の加工の為に、地の小人の集落を訪れる事が決まったけれども。
今日決めて明日旅立ち、なんて身軽な真似は流石に出来ない。
見知らぬ場所への期待に逸る気持ちも多少はあるけれど、その前に済ませておかなければならない事が幾つかある。
ここ最近は半年に一度の儀式の準備を優先していたから、集落に必要な物資の採取も滞っているし、何よりも、オレは第五階梯の試練を終えてから、まだ一度もヴィシャップを呼び出していなかった。
屈服したワイバーン、ヴィシャップと名付けた個体は、果たしてオレの指示に従って、その背に乗せてくれるのだろうか?
もちろん竜の試練を越えた結果を疑ってる訳じゃないけれど、どの程度をヴィシャップが許容してくれるのかは、あらかじめ知っておいた方がいいだろう。
いざその背に乗って空の上に行って、そこで急に振り落とされるのは、事故であっても流石に困る。
オレは未だ、竜翼を得てはいないのだから。
ヴィシャップには戦いで決して軽くない傷を負わせたから、それが癒えるまではと、敢えて呼び出したりはしなかった。
けれどもそろそろ、もう完全に傷が癒えたのか、それともまだ少し掛かるのか、実際に見て判断する事も必要だろう。
そして傷が癒えているなら、その背に乗る練習だってしなければならない。
地の小人の集落へと赴く時は、オレ一人で向かうだろうけれど、この先、他の集落への使者としての務めを果たす時は、同行者がいないとも限らないのだ。
そうなるとヴィシャップには、人や物を乗せて運ぶ事にも、ある程度は慣れて貰う必要があるし、オレはそれを許容させられるようにヴィシャップを従える必要がある。
もし他の集落への使者を務める時、同行者がいるとするなら、多くは他の竜神官になるだろう。
言うまでもなく、竜神官は貴重な存在だ。
移動中の不手際なんかで失えば、それは集落にとっての大きな損失となる。
尤もそれが戦いや試練や、または修練の最中に息絶えたのなら、仕方ないで済ませるのだけれど。
あぁ、僕には仲間同士の助け合いに憧れがあったりするのだが、竜神官の繋がりは、もう少しだけ冷たく淡い。
同じ道を歩んでいるという共感はあるし、後進であるアメナには指導もする。
オレだって先達には指導を受けた恩がある。
しかしそれでもその道は誰かと共に歩めるものではない。
何故なら竜への道は生き方でもあるから、どうしたって他人と共には歩めないのだ。
……尤もオレは、僕という自分であって、今の自分でない生き方の知識を得たから、思い出したから、完全に一人で歩んでる訳ではなくなったのかもしれないが。
だが少なくとも他の竜神官が、試練に手出しをして助けようとするような事は、絶対にないだろう。
竜神官の試練は、単に難事を越えるというだけでなく、己の魂を竜へと近付ける儀式でもある。
それは時に命を賭すからこそ、魂の変異を起こせるのだ。
故に他人の試練への手出しは、相手の為にも、己の為にもならない竜神官の禁忌であった。
いざという時、本当に大事な時に助けてはならない相手と、親しくある事は辛い。
だから今の顎の部族で、誰よりも多くの竜神官が道の半ばで果てる姿を見ても尚、オレや他の竜神官に関わり続ける長は、多分とても強い人だ。
道中で幾匹かの兎の魔物を狩りながら暫く平原を移動し、集落を十分に離れてから、
「グルォオオオオオオオオッ!」
オレは大きく口を開き、空に向かって咆哮を放つ。
ヴィシャップの塒がどれ程に遠い場所なのか、オレは未だ知らないけれど、それでもこの咆哮は必ず届く。
それが第五階梯の試練を乗り越えて手に入れた、竜神官としての能力だから。
もちろん声が届いたからといって、すぐにヴィシャップが現れる訳じゃない。
塒から飛び立ち、ここにやって来るまでには、少しばかり時間が掛かるだろう。
なのでオレはその間に、自分の手を鉤爪と変えて、仕留めた兎の魔物の皮を剝ぐ。
ワイバーンは竜を目指して至れなかった魂の成れの果てだ。
それ故、竜に近い扱いを受ける事を好む。
あぁ、きっとそれも、竜へと近付きたいという欲求の表れの一つだった。
尤も竜に近い扱いといっても、竜供の担い手が育てた、毛の手入れをした牛をワイバーンに食わせてやる訳にはいかない。
なのでその代わりといってはなんだが、獲物の皮を剥いで、毛のない状態で喰わせてやろうとオレは、いや、僕は考えたのだ。
確かにヴィシャップは屈服して従僕となったが、どうせ仕えるならば吝嗇な主より、自分を大切にしてくれる主に仕える方がやりがいがあるだろうとの思考には、オレも納得するから。
兎の魔物は五匹仕留めたが、全ての皮を剥ぎ終えたオレは、その内の一匹の肉をゆっくりと食みながら、遠くの空からヴィシャップが舞い降りて来るのを待つ。
先に肉を食むのは、別にオレが食いしん坊だからって訳じゃなくて、主従関係を確認させる為だ。
オレはヴィシャップの良い主になりたいとは思うが、給仕係になる心算はなかった。
ヴィシャップは、オレが肉を食む姿を遠目に捉えたからだろうか、少し離れた場所に舞い降りて、そこからはズシズシと、二の足で歩いて近寄ってくる。
そんな気が遣えるなんて、どうやら思った以上にヴィシャップは賢いらしい。
オレが兎の肉を食べ終わるのを健気に待ったヴィシャップに口を開かせ、残る四匹の兎を、一匹ずつ食べさせていく。
皮を剥いだ毛なしの肉の意味を察したか、ヴィシャップはぐるぐると喉を鳴らせて、……多分嬉しそうに? 鳴く。
他のワイバーンよりも大きく、強く、賢い個体。
その分、屈服させるには苦労もしたけれど、今となってはそれも良かったと思えた。
これならその背に乗る練習も、然程に苦労はしない筈。
オレはそんな風に楽観し、だけど僕は、空飛ぶ生物の背に乗るなんて事が、それ程に簡単に行く訳がないと警戒する。
そしてその結果は、……まぁ、何とか無様を晒さずには済んだとだけ、言っておくとしよう。
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