第7話
「ザイドっ!」
コルフィーの葉を採りに行った翌日、長にそれを届けたオレは、自分の洞窟への帰り道に、大きな声で呼び止められた。
顎の谷に生きる部族の民で、竜神官であるオレを名前で呼び止められる者は、数少ない。
以前も述べたと思うが、竜を崇める民にとって、竜神官は色々な意味で特別だから。
故にこんな風に気楽にオレを呼び止めて、あまつさえ飛びついて来るような真似ができるのは、同じ竜神官だけである。
尤も、こんな風に子供じみた行為を、いや、実際に子供でもあるのだけれど、する竜神官は一人しかいない。
「やめろよ、鬱陶しい」
オレは飛びついて来たソレを掴んで受け止め、その勢いを殺さずに振り回して放り投げた。
だがソレは身軽にもくるりと宙で反転し、危なげなく足から地面に着地する。
……あぁ、あの勢いを殺し切るとは、少し見ない間に実力を上げたのか。
対応が気に食わなかったらしく、頬を膨らませてオレを睨んでいるのは、十を幾つか過ぎたくらいの少女。
確かまだ十一歳で、もうすぐ十二歳になるのだっけ。
名前はアメナといい、今、この顎の谷に生きる部族では、最年少の竜神官だ。
越えた試練はまだ第一階梯のみだが、それでも竜神官である事には違いがない。
そして彼女は、最も年の近い竜神官である僕に、随分と気安く懐いていた。
「ねぇ、仕事はもう終わったんでしょ。今日はアタシに付き合ってよ」
だが幾ら睨んでもオレが意に介さないと気付いたか、表情を緩めたアメナは、そんな風に用件を切り出す。
何だろう。
修練でも見て欲しいのだろうか。
今日、彼女の修練を見てやるのは、オレの仕事ではないのだけれど……。
アメナは確かに竜神官だが、同時にまだ子供とされる年齢だ。
多くの竜神官は幼い頃に第一階梯の試練を越える。
しかしその後、第二階梯の試練に挑む前に、先達の竜神官から戦いの技を学ぶ。
第二階梯の試練に挑めるだけの実力を身に付けたと、そう判断される時まで。
何故なら第二階梯の試練は、己の肉体の身を武器とし、つまりは素手で、敵対者を屠らねばならないから。
その試練を越えた時、魂はまた少し竜に近付き、竜神官の手には鉤爪が宿る。
試練に選ばれる敵対者は、比較的に弱い魔物だが、それでも人間を殺す位の力は持っていた。
故にその魔物を、素手で殺すだけの力と技が身に付いたと判断されるまで、子供の竜神官は仕事を割り振られる事なく、修練に励むのだ。
オレが第二階梯の試練に挑んだのは確か、十歳にならぬくらいの頃だったけれど、これは随分と駆け足な方で、十二歳くらいが普通らしい。
但しそれは男の竜神官の話で、女であるアメナが第二階梯の試練に挑むのは、……恐らくあと一年以上は後、十三歳を過ぎた頃となるだろう。
もちろん、竜の道を歩く事には男も女も関係はない。
雄の竜もいれば、雌の竜もいるのだから至極当たり前の話だ。
けれども素手で魔物を屠るとなると、筋力に劣る女性はどうしても不利になる。
ただアメナはそれが気に食わないらしく、少しでも早く第二階梯の試練に挑みたいと、常々口にしていた。
恐らくは、竜神官になれなかった部族の男達からの、妬みと侮りの弄り混じった視線を振り切る為に。
第一階梯の試練を越えて得られる加護は体内に作用するから、外見上の変化にはどうしても乏しい。
だからそれを越えられなかった者も、自分と竜神官の違いを、簡単には認めがたい。
だが第二の試練で得られる竜の鉤爪や、第三の試練で得られる竜の鱗は、わかり易い力の証だ。
確かにそれを得れば、アメナを見る目も変わるだろう。
妬みと侮りから、畏れへと。
でもそれは彼女の都合であって、オレが付き合う理由はなかった。
アメナに向けられた視線は、人間の愚かさであると同時に、彼女の弱さの表れでもある。
もしもアメナが強ければ、そんな視線は捻じ伏せるか、そもそも気にも留めない筈だ。
竜への道を歩む者として、その弱さは足かせだろう。
そんな風にも思っていたから。
だけどオレは、知ってしまった。
そう考えてるオレ自身も、かつては僕という弱い者だった事を。
弱さ故に僕は願い、渇望し、そしてオレへと繋がった。
そう、弱さは克服できるのだ。
今のアメナが、竜への道を歩むには弱くとも、ならばその弱さをいずれ克服すればいい。
弱さを知らぬ強さと、弱さを克服した強さ、どちらがより竜に相応しいのかはまだわからないけれど……。
まぁ、今、アメナの修練に付き合ってやるくらいは、いいだろう。
オレとしての考えも、僕としての考えも、そうピタリと一致する。
後に続く者を導くのも、竜神官としての役割だ。
かく言うオレも、長や他の竜神官の導きなしには、今の階梯には辿り着けなかっただろうから。
「アメナ、修練なら付き合おう。以前よりも身のこなしは鋭くなっていたが、他はどうかを、オレに見せてみろ」
オレがそう告げると、アメナは暫し口をポカンと開いて、呆けたようにこちらを見詰める。
しかしその後、
「うん!」
弾けるような笑顔を浮かべて、彼女は大きく頷いた。
とても無邪気に、子供らしく。
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