記録14―平穏と冒険そして邂逅⑭―

スピネルが監禁されているのは山のふもと

家主のいない朽ちかけた木造建築の地下。

ガランとした一室に足音が響く。

ゆっくり、ゆっくりと階段から降りてくる足音。


「やあ、お目覚めかなエルフくん。

どうかね生活の快適はモルモットくん」


「……快適ね、悪いに決まっているじゃない」


震える心を奮わせてスピネルは相手を鋭く睨みつける。格子の右端から現れた白衣の男。いまにも射殺すほどの敵愾心てきがいしんを向けても男は涼しい顔で、どこ吹く風だった。

どういう人物が分析しようと試みるスピネル。


(不健康そうなのが第一印象。

それに自信家にあふれているオーラ。

背は高いけど異様なほど細くて骨と皮ばかりに痩せている……

底知れない闇のような色の三白眼)


何がおかしかったのか細身の男は狂ったように笑いだした。


「おっと、そうか。それは誠に残念だ。

さて世間話はこの辺にしてモルモットくん今日も実験をしようではないか」


「ッ――!?」


身体と心が壊れそうになる。さとれないよう目の前で気丈に徹しようとする。


「怖い目だ。でも安心してくれたまえ、最低限の尊厳だけは約束するよ。

人外の姿とか思考を奪うような下劣なことしない」


「……目的はなに?どうしてこんなことを」


「それを知る資格はあると思いか。

目出度いよ。下等生物であるエルフにはね」


カギを外すと白衣の男は格子の中に入る。

そして手枷に繋がれた鎖を引いて実験場へと連れていく。

――実験体として劣悪な環境。

日付が分からないままのスピネルは一週間が経過している事を知らずにいた。


「ゼェ、ハァ……くるしい……」


拘束されるスピネルはマトモな食事や睡眠など取れておらず疲れ果てていた。ろくな説明もなく怪しい薬を投与されたり魔法を機械類によって体内に送るなどされていた。


「どうかね。ご機嫌のほどは?」


いつのまにか白衣の男が立っていた。

精神が摩耗まもうされ混濁して足音を聞こえなかった事にショックを受ける。スピネルはパニックして悲鳴をあげそうになったがなんとか混乱せず堪える。


「さ、最悪だよ。

これが最低限の尊厳?」


「いやいや、実際問題これは良心的なのだよ。

例を挙げるなら自我が保ってないギリギリのラインで執り行われる。悲鳴なんて心に届かず淡々と平然とやるのさぁコレが。

ハッハハ、使い捨てなんだから当然じゃないか」


「そ、そんな」


なら、どうして私はまだ意識がどれだけあるのかとスピネルは訝しむ。生かされて意識があるのは無常に限界を超える実験を行えば貴重なサンプルが失うという事情にすぎなかった。実験の個体が足りないことを律儀に教えるつもりのない白衣の男はため息をこぼす。


「怖がらせてしまったね。

ぼくは海のように広くて優しい!ぼくに訊きたいことあるかね」


「えっ?」


「情だよ。

せめての希望を叶えてやろうというんだよ」


ただの一興にすぎないことをスピネルは知りながらも脱走するための情報を集めようとした。ご機嫌なうちが好機と考えた。


「貴方は、どうしてこんなことを?」


先に質問した内容。尋ねらるた白衣の男の宮下龍斗みやしたりゅうとは視線を廊下に向けて答えようとする。


「評価され快適な世界にすることだ。

万人は役に立つことに幸せを噛み締める生き物だ。

甘く誘われそうになる私心と私欲。すべからく完遂しようとする誇り高き奉公の心。私意を払い捨てることで社会のために奉仕して世界は循環する。

つまりだよエルフ。

滅私奉公、それがぼくの理念であり正義だ!」


不快な高笑いをあげて目的を語り出したマッドサイエンティスト宮下龍斗。

病的なほどの執念に取り憑かれた信念。

その理解しがたい思想には惹かれるものはあれど狂気的で受け入れ難いものだった。

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