記録11―平穏と冒険そして邂逅⑪―

星の明るい夜。

仄かな光を鎧戸よろいどから暗闇に降りた工房を和やかな光が空間を照明で飾る。


「フンッ!」


隅に設置する赤く燃える炉、大きな腕に手に持つのは槌が振り下ろす。

カン、カンっと甲高い音が響かせる。

イルデブランドの心は幾分かモヤがかった心を抱えていたが作業を専念しているうちに霧散。


「やはり槌を打つのは雑念を払える」


打っていた手を止めると窓に視線を向ける。

汗を手拭いでぬぐいながら音を立てずに彼はドアを開けて正面玄関から外に出る。

頭上のちりばめる星を見上げて想いに馳せる。

背に立つ建物はイルデブランドが息抜きや趣味のため立てられた。スペースの敷地のそれなりにある自宅の隣接に立つ鍛冶場。

彼は踵を返して準備に取り掛かる。

ずっと眠ったまま大事に取っていた貴金属を運び鋳鉄製ちゅうてつせいの作業台である金床かなとこの上に並べて置く。

それはどれもが高価で貴重な金属。


「さて、やるか。旅立とうとする家族のために今日中にな最高の傑作を作らないと」


売却すれば大金の金属を彼は迷いもためらいもなく金属を炉の中へと放り込んで燃やす。

そのあいだ専門書の本を開いて差し込んだ栞を前のページに挟む。読みながら待つこと数分が過ぎる。


「……そろそろか」


イルデブランドは溶けた金属を炉から取り出す。それらを金床またはハンマー台のどちらとも呼べる上へ置く。他に打ったものとは別に溶かした金属に金槌かなづちで振るった。


――翌朝。おぼめく陽が東に昇りだして隅々の辺りに光が注ぎ込まれる。

カーテンのわずかな暁光ぎょうこうにまぶたの裏を差し込まれて目覚めるスピネル。


「ふわぁー。うん、ぐっすり睡眠とれた」


目覚めたばかり特有の気怠い声。

寝台から床に立つと部屋を出て顔を洗いに階段に降りる。起きて直ぐやる習慣を身につけると機械的に動くと漠然となる頭の中でそう思うスピネル。

生活の循環となる行動を逆らわずに沿うのを任せて先に居室のドアノブに手を伸ばそうとして止める。


(たまには順序を別してもいいよね。とりあえず入るのは……後にして洗顔から。

昨日のことがあるし顔を見たら冷静を失って感情ぶつけてしまいそうだからね)


納得させると反転して洗面所へ足を進める。

スピネルとイルデブランドは同居人ではあるが、血の繋がった家族ではないが他人ではない。


(私には分かる。姉さんを見送ることしか出来なかったイルデブランドは同行仕様としなかった。それは小さい私がいたから)


命を落とすかもしれない危険な旅を同行すること無理強いはするべきじゃない。


(ここへ留まる理由はない。

出ていけない理由にある私が旅をしようと告げると付いてくるかもしれない)


あとで勝手なことを言っていることにスピネルは昨夜のことを反省していた。


(お世辞でも向いていない。地元でしたキャンプでも疲れるぐらいだ)


姉の想い人を連れて旅を共にすることは正しいのかもしれない。厳しい現実から目を離せば理想なストーリーが紡いでいた。その妄想めいた物語が現実として繰り広げると思うほどスピネルは夢想家ではなかった。

洗面台のスピネルじぶんの顔をじっくり観察してから小さくため息をこぼす。


(イルデブランドさん気弱だし連れて行っても足でまといになる可能性は高いかもしれない。

それなら別に構わないけど当の本人が坩堝の魔界から出ることを拒絶しているのも大きい)


様々な目的のためだけの実験で使い捨ての生命として作られた人間とは異なる種族。

新潟県にある魔兵第25研究所が三人の出身地そして全身に身震いするほどのおぞましい実験に耐える日々。

何人も脱獄を試みた者が何人もいたが最後まで逃げ切れた物は少なく投薬や過酷な実験で精神が壊されていく。自我を崩壊して意識だけの生物へと成り果てていたかもしれないと考えるとスピネルはそれ以上は想像することをやめた。

心拍数がイヤに上がっており汗がこびり付くように不快だった。もう一度、顔を洗う。

髪を整えてからリビングに入ろうとして再び一瞬ためらう。姉を探そうとするのに結構の日。そんなふうに足踏みしていたら果たせないと己を鼓舞して思い切ってドアを開けた。


「やあ、スピネルおはよう」


「あっ、うん!おはようイルデブランドさん。

そのなんだか顔色が真っ青だけど具合わるくありませんか?」


「あはは、ちょっと今日中にやらないといけない仕事があったからね」


目の下にはクマが出来ていたイルデブランド。

あきらかに無理している事を隠している。

問い詰めてもきっとドワーフの青年は答えないだろうと長年と暮らすからこそ本質を知るスピネルは諦める。長く別れることになるだろう最後ぐらいは明るく笑いたい。


「もう無理したらダメですよ。

体調は気をつけてくださいね」


「面目ないね。

それよりも今日は旅に出るんだよね。期待しているよ。きっと……きっと!カンヒザクラは帰ってくると信じている。

少なくとも僕は信じている」


希望を縋るような願望だった。悲痛を吹き飛ばせる笑みと強い言葉でスピネルは応えようとする。


「はい。必ず連れて帰ります」


「ああ期待しているよ。

ここで待つだけなんて忸怩たる思いだよ。

託されたのに見送るだけで、ここで引き止めても効いてくれないのも知っている。

途方に終わるかもしるないし……知りたくない現実を突きつけて知ったことで苦しむ。

それでも行くというのかい」


スピネルは悟った。

イルデブランドが覚悟を推し量ろうとしていることを、そして自分も発した言葉を反省しているように青年も反省していることに。


「はい。どれだけ過酷な現実を突きつけらても意思は変わりまそん。もし、そうなっても故郷で眠りたいはずですし。

だからどれだけ引き止めても行きます。この決意は揺るぎませんので」


「どうやら、そこまでの覚悟を燃やしているか。融通が効かないのはキミのお姉ちゃんと同じというわけか……わかったよ。

せめて見送らせてもらうよ」


きっと同伴したかったのだろうなあとスピネルは随所ずいしょずいしょに表れていた苦渋な思いを汲み取る。

育ててくれたイルデブランドを置いていくこと暮らすことの出来ない後悔に苛まれる。

好きな人のために助けになろうとする意志さえも過去のトラウマがそうさせてくれない。スピネルは表面上は笑いながらも心の底では号泣で揺れている。

――まだ話し足りないけど準備は終わった。

平穏に暮らしたレンガ造りの建物を振り返る。


「もし寂しくなったら、いつでも戻っておいで」


「はい」


「それと。ちょっとここで待ってくれ」


言うがさきか走るがさきか。イルデブランドはレンガ造りの連立する位置で立つ鍛冶場へと向かった。


「はい?」


このまま待たせることなりスピネルは手持ち無沙汰となる。少しでも身体を動かそうかと外に出て槍の素振りしようと考えはじめてから戻ってきた。

イルデブランドの手にあるのな長い布で包まれた物だった。


「スピネルこれは僕からの餞別せんべつの品だ」


布で包まれた餞別の品をスピネルは中を知らずに受け取る。掌からずっしりと襲う重み。


「もしかして……中に入っているのは」


「ご明察。そう、内包しているのはキミが想像する新しい相棒が入っている」


確認せずとも確信を持たれスピネルは言葉を失う。そして彼女は駆られるように開封しようと許可を得るのを省いて解こうとした。

布の中に収まっていたのは芸術的な槍だった。


「これって私のために作られたのですか?」


「もう古くなった武器は今後の長い旅をするのは無謀だからね。

同行できない代わりに僕がやれることは、これだけだ。託せるのは、この自信作しかなかった。

ラチオストーンをふんだんに使った魔力をより同調を出来るようにした自信作の魔力の武器だよ」


イルデブランドの顔に手にする槍を交互と視線を行ったり来たりのスピネル。


「ラチオストーンをふんだんに、魔力の武器」


穂だけじゃなく柄までも鮮やかな色で光を放つ。魔法を伝導率を上昇率を飛躍的に上げてある。なおかつ簡略するためコンセプトで開発された武器。


「僕たちは魔法を使えない。

でも神に対抗するには魔法を起こすための武器が必要。それでも同じ土俵に立つのは厳しかもしれないが技術で補えばいいさあ!」


「これを私のために……感無量です。

ありがとうイルデブランドさん」


「ハハ、当然のことしたまでだよ」


使い慣れた古い武器をイルデブランドに預けてもらい新しく武器を装着する。重さは前の相棒よりも軽量。威力の方は不安は募るものの自信作と豪語される言葉を信じようと少女は思った。


「心強いです。それじゃあ行ってきます」


しばらくの別れ。

手を振り旅立とうとするスピネル。その背に向かって巨体のイルデブランドは大きく手を振って倍にして見送る。


「ああ、行ってらっしゃい。

そうだった!カンヒザクラから秘密にしろと忠告させていたんだけど言わないといけないことがある。

彼女はラチオ碧落石へきらくせきよりも純度が高くて超えるだけのエネルギーのあるラチオ夢幻石むげんせきを探している」


初めて聞いた単語に足を止めるスピネルは少し困惑していた。少しの困惑はすぐに立ち直り引き締まった表情でたずねる。


「つまり夢幻石の噂があるところに行けば姉さんにたどり着ける!」


「さすが賢い。これだけで汲み取ってくれたか」


感極まったイルデブランドは秘密にしようとしていた内容を別離の際に零してしまった事に困ったように笑う。


「それで夢幻石なんなのですか?

究極のラチオストーンよりも上があるんですか」


他種族を創造したのは人間の技術。

ラチオの碧落石の落下がなければ創造することもなく手に入ることない技術と解釈はできる。

そして絶対に手に伸ばせない記憶が流れることで知識を入ったことで開発の催促したことで確立した技術。ただラチオの碧落石が他種族を作り出したとも過言では無いと説がある。

もし、それを上回る力をヒューマンが手に入ったら。どうなるか分からないとスピネルは凍りつく。


「そこまでは分からない。詳しいことはな。カンヒザクラにくしかないだろうね」


「もしかして、姉さんは……先にその特別なラチオストーンを手にしようとして。

世界のために戦っているの?」


「……どうだろうな」


手をおとがいに添えながら次々と疑問だった点を探しては関連性のある線を繋げて考察する。

その姿にイルデブランドは複雑そうに視線を逸らして応えを言おうとしない。


「それを知ると命を狙われるから一人で。

なら私に秘密にしていたもの?

それなら……だとしたら神々よりも早く確保しないと。今度は世界が止まるだけじゃなく滅ぶ」


「……ああ」


肯定なのか曖昧な返事をする青年。問い詰めようとも考えたかやスピネルはやめた。そもそも内容を隠すようにと固く誓い合ったのだろう。

なら詰問しようとも答えないだろう。

姉が可愛いがる最愛の妹スピネル、その面倒見て親代わりと育てる姉の将来を伴侶だろうイルデブランドを置いて安住の地を捨てる理由が見当たらなかったのだ。

二人よりも大事なものがあるとは妹のスピネルは想像も出来ないしあるとは思えない。

だからここ先程の言葉には少しは腑に落ちた。

それまでの言葉から考察をする前に困っている人を助けや視野を広げるための旅をするものだと思っていた。けれどそれは誤解、旅をするのに失うものが大きすぎる。

だがもし世界のどこかにある夢幻石。

それを誰よりも獲得せんと自殺行為な旅を選んだことも納得した。

イルデブランドは挙動不審となっており目が合うと目を逸らして曖昧な反応ばかり。まだいくつかの秘密を抱えているのは歯切れの悪さが証明していた。

ただそれで問い詰めるには弱すぎる追求の材料。


「これ以上は言えない、ことなんですね」


「これだけは勘違いしないでほしい。

カンヒザクラ、、、、、、はスピネルを想って黙っていたんだよ。騙そうとはしていない。

決してね」


まず誤解を晴らそうとするのは自分じゃなく先にカンヒザクラ優先したことにスピネルは頬を弛めた。


「はい、分かっています」


「それにこれは僕の口から言えないんだよ……

これだけは。すまない」


どうして私は冷静なのかと己を省みるスピネル。

だが悪感情に湧いてこないのは悲痛で歪めていた目の前のドワーフの姿だった。


「いいですよ。今度こそ私は行きますので吉報を楽しみにしていてくださいね」


「ああ待っているぞ。

必ず無事で戻ってくるんだよ。この目で姉妹と一緒に凱旋するのを心から待っている」


唯一の家族とも呼べる者との生別。

戻れるか分からない。スピネルは屈託のない笑みを崩さずにときどき見送る家族に手を振る。

そして見えなくなってから一時的な別れ、

スピネルの頬には涙が伝った。

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