記録10―平穏と冒険そして邂逅⑩―
家屋に帰ったスピネルはイルデブランドを連れて居間へと入る。静まっている室内の片隅でテーブルがある。
椅子を引いて腰掛ける。
(なんだか息苦しいから換気でもしよう)
室内はガランとして寂寥としていて
心なしか狭苦しかった。スピネルは座ったまま近くの小窓を開け心地よい風がすべり込むようにして流れて入る。
涼な心が
ダイニングテーブルを真向かいの位置で重たい腰を下ろすイルデブランド。
そして肘を机に乗せると両手を組み口元を覆う。
「ハァー……いいかいスピネル。
言わずもがな
我々の創造神ヒューマンは無慈悲な上位種。
僕らを奴隷や道具しか見ていない」
「そんなの、分かった上での決意だよ」
ここに帰り着いくまでの道中でのことを想起するのはイルデブランドは旅を出ることを断固として反対姿勢。
(快くは肯定してくれないことは読んでいたけど、ここまで強く反対されるとは思いもしなかった)
旅路には許されないことの数刻での記憶から現在に対峙する関係位置から空気が重たく感じていた。
そして懸念しているのは事故ではなくヒューマンに目撃された危険性だった。既に過去の認識となったがエルフのようなものは架空の産物。もちろんドワーフだって例外では無い。
クローン技術を安易には作ってはならないと宗教の同義に反することのタブーはあれど他種族を命の創り出すことは
空は降ってきたラチオの碧落石が海に落下してから、要塞のような威厳の岩石を削りだして欠片をラチオストーンと呼び人々と他種族はそう呼称して広めた。
魔法をどう扱えるか複雑な順序がいる。それらの手順を触れることで熟知させる記憶が内包。それだけではなく未知を既知にと変える記憶を送るだけではなく魔法を発動するためのジェネシスエネルギーが内含しているのだ。
いまや魔法は特別でも才能の有無の関係なく扱える文明の利器こそ魔法。
ただ適応のない者を挙げるとすれば。
「ここ坩堝の魔界は我々の安全圏だ。
だが外に一歩でも踏み出れば危険と隣り合わせとなる。神のヒューマンは魔法を巧みに扱う。
それに引き換えて……僕らは非力で貧弱だ。魔法から生まれて、その魔法が使えないように調整されている」
エルフやドワーフなどの他種族は魔法を使えない。いや使えないようにした。厳密的にその素質はあるものの肝心の魔法を起動するための過程が複雑すぎるのだ。
あまりにも膨大かつ
「イルデブランドの心配は分かるよ。
でも私は強いと自負しているつもり。魔法しかない神が相手であっても引けを取らない。
自信はあるし遅れを取らない!」
気が昂ったスピネルは椅子から立ち上がり身を乗り出すように言う。
魔法を使えないならそのアドバンテージをくつがえすための特訓を密かにしてきたスピネル。
納得するまで言葉を尽くして粘ると覚悟していた。
「ああ、僕もスピネルの実力は訓練の相手しているからね。よく知っているよ。
疲れ知らずで
数の暴力は英雄であっても屈してしまう。
旅に出ることは自殺行為に等しいんだよ」
目を瞑り思い出を語る。懐古する心に染み付いた過去を語ってから現状を淡々と応える。
ヒューマンとの懸絶の差がなくとも物量的な問題がある。さらに懸念するべき点は最大限に活かすための戦術。
魔法を手にしたヒューマンは連携を得意として逆に物量差をひっくり返す頭がある。
イルデブランドはそれを知識として知っており可愛いスピネルを死地に送り出したくはなかった。
静かに座って聞いていたスピネルは肩を震わせるとキッと顔を上げて鋭い視線を向けた。
「なら……どうして姉さんを旅に行かせたんですかッ!?ようやく。ようやくだったのですよ!新潟の研究所を命からがら逃げた。
なのに、掴み取った折角の自由と命を手にした姉さんはそれを知っていながら旅に出た。
二年前では詳しい事情をなにも言わず語らず」
「不満なのは僕もよく分かる。
だがカンヒザクラにも果たせないとならない揺るぎない決意があったんだ。
それを理解してもらいたい」
深い理由はあると、彼は顔を逸らしながら返事をするが、これ以上は説明しない。
そう暗に仄めかすような捉えれる態度だった。
「理解なんて、無理だよ。
それに私は不満じゃなくて心配なんです。
立派な動機じゃないですか私のは。姉さんの旅に反対しなかったイルデブランドさんは、どうして私には反対するのですかッ!?」
不満は募っていた感情を爆発して詰問する。心の片隅においていたはずの反感、不満。
密かに眠らせていた感情は浮上して噴き出した。
「精神的に未熟だからだ」
「そんな事ない!
追いかけるべきだったんです!」
声を荒らげて見てみぬふりをしてきた疑問も含めて叱責の叫びをあげた。
スピネルは自分の意図を汲んでくれないことにも憤っていた。
スピネルは怒りにイルデブランドは驚いて目を見開いたがすぐに毅然とした顔に戻る。
「それでも認める訳にはいかない」
「どうしてなのですかッ!?私は姉さんと実力差は同じですし劣らないはずです」
「カンヒザクラを
「顰みに倣うって……私は姉さんの真似なんかしていません。背中を追っているんです」
激しくスピネルはかぶりを降って反論した。
追い抜くのではなく背中を手を伸ばしたって弱い意志じゃないかとイルデブランドは胸中でそう言った。
「それにバイト先は辞めること言ったのか?
つまり……そういうことなのだろう」
明日から旅に出ると言っておきながらバイト先を辞める意思がないのはおかしくないかと詰問めいたものだった。
「当日にそうするつもりなんです!
もう私は意思は変えるつもりありません。
ですので明日に旅を出る予定なので今日は最後の
バンッ!八つ当たりするように勢いよく机を叩き立ち上がるスピネル。
話は終わりだと言わんばり居室を出ようとする。
「一ついいかいスピネル」
「……なんですかイルデブランドさん」
無視するのはスピネルの性質からしたくなかった。不満を隠そうともしない眉をひそめて振り返る。
「いつもご飯を作るのは僕だよ」
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