第2話

 「私が嫌っているのは、地球防衛隊だよ。アイツら、宇宙人を地球から排除するんだ…」

 放課後、いつもの公園で、うららは僕にそう語る。2人で協力するようになってから、3日経つ。それなりに仲良くなった…と思う。

 うららは腰まであるほどの、長い木の棒で地面に陣を描いている。彼女曰く、『今日は、UFOを探すのではなく―呼んでみるって方向にシフトしよう』とのこと。今まで、呼んでみるという発想がなかったので、彼女のアプローチには興味がある。

「排除?―殺すってこと?」

「そういうのは―たまにかな。ほとんどは、いくつか条件を出して、星に帰らせてる。私たちにも―目的がある。地球に来る目的が。だいたいが、物理的なモノあるいは、情報かな?

 で、その目的を果たせば、勝手に帰るんだけど…。地球人はそうはいかないでしょ?だから、目的のモノを渡して、地球から出ていってもらってる。あるいは強制的に追い出してる…」

 彼女のオカルトに関する知識はやはり、相当なものだ。こういう系統の話を―スラスラと話す。

「それ―意見じゃない?」

 彼女は大きな円を描き、中に模様を描き始めた。妙ちくりんな蛇が絡み合っているか、パッチワーク柄の太極図のように見える。

「宇宙人も―この星を調べてるってこと」

 なるほど。しかし―彼女の話は

「じゃあ、うららにも目的があるの?」

 うららは少し意地悪く笑って答えなかった。

 

 ―脳内を巡るのは、冷たい疑問。


 僕は欠けた月や、徐々にきらめきを増す星を見ながら、彼女が陣を描き終えるのを待った。

「さて―やろう」

「何を?」

 うららは僕の手を引っ張って、陣の中心に向かう。陣を描くだけではダメらしい。

「陣を描いたら―、その中で呪文を言わないと」

 どうやら描いて、終わりという代物でもないらしい。意外ではないが、もう少しそういうことは早く言って欲しかった。

「ペンドラって、何度も唱えるの…。2人で。まずは、小声でいい。で、次に上を向いて、大声でペンドラって唱えるの。そっから、『スペースピープル、スペースピープル、こちら三森町』って叫ぶ。これを繰り返して、FUOを呼ぶの」

 三森町は僕等の住んでいる町の名前だ。自分から呼び出すには―そういう、自己主張が必要なのだと、ふっと思った。

 僕等は陣の中心で呪文を言う。

『ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、…』

 途中、うららが僕の両手を掴んだ。

「こうしたほうが―確率があがるから…」

 そう呟いた。すぐに呪文を再開する。

『ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、…』

 一瞬、しかし、確かに互いの顔しっかりと見て、アイコンタクトをとる。

『スペースピープル、スペースピープル、こちら三森町。スペースピープル、スペースピープル、こちら三森町!』

 呪文の2回目は、叫ぶように言った。

『スペースピープル、スペースピープル、こちら三森町!!』

 3回目は―もっと叫んだ。僕は空に届くことを願った。きっと彼女も、そのくらいの勢いだったと思う。

 けれど、空にあるのは、依然として月と星のみだった。

 それでも、僕は―悔しいとは思わない。むしろ、、という思いが心の中を占めていた。


 「お前―月里と付き合ってんの?」

 普段話さないクラスメイトからそう言われて、驚いた。話しかけられたことにも、その内容にも。

「なぜ?なんでそうなるの?」

 慌てて、うららの方に視線をやる。彼女の姿は見えない。

 だいたい彼女は休憩時間にスマホを持って、どこかに姿を消す。頻繁に誰かに電話をかけている、と聞いた。

 ―今はそのルーティンに助けられた。

 彼女の前で、この話題は出したくない。聞いて欲しくない。

「いや―お前等よく公園にいるだろ?」

「何で知ってんの?」

「みんな知ってるよ。誰に聞いたかは覚えてないな。でも、毎日公園にいれば、誰かには目に付くだろう?見られても変じゃないね」

 それは―確かにそうだ。だが、なぜそこから、僕等が付き合っている、という発送に至るのか―謎だった。

「そりゃ―毎日、ずっと一緒にもいて、何もない方が妙だろ?」

 そう言われて、僕は納得した。端から見たらそうなるのだ。僕が相手の立場でも、同じ判定を下すだろう。その判定に気が付いていないのは―僕等だけ。

「違うよ―別に付き合ってない」

 僕はきっぱりと言った。

「今はそうでもだろ」

 彼は少し溜めてから―言う。

「今はそうでも、一緒にいたら―好きになったりするだろ?」

「そう…」

 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。

 僕が口を開くと同時にチャイムが鳴った。彼はそそくさと、自分の席に戻っていく。そして、僕は彼から視線をうららに移した。チャイムと同時に教室に戻り、席に既に着いてる。

 うららと目が合った。

 彼女は小さく手を振ってきた。

 さっきのクラスメイトのセリフが脳内でこだまする。

 僕は―彼女に小さく手を振り返した。

 これが―続いて欲しいと思ってしまった。


 ほとんど会話のなかったクラスメイトから話しかけられようと、関係がない。僕は今日も公園で、UFOを探す。もしかしたら、呼び寄せる、の方が近いかもしれないけれど。

 最近は冷え込んで、公園にいるだけでも冷気が肌を突き刺す。我慢できずに、自動販売機で、コーンスープを買った。ステンレス缶の粒入りの商品だ。

 こういうとき、かつての僕なら―うららと出会う前なら、ほぼ確実に1人で空を眺めていただろう。

 しかし―今の僕はそうしない。1人でいるときに彼女を待ってしまう、という癖ができた。いつのまにか、空を見ことよりも―彼女に会うことの方が、優先順位が上がってしまったのではないだろうか。なんだか

 ―なんだか、僕は女々しくなった。

 僕は自分の確信に対して―甘くなった。僕が一人でも確信が、真意であると証明しようと意気込んでいた。しかし、今は違う、うららにいて欲しい。―そう思ってしまう。

 今まで、僕自身の確信は何よりも純粋で、神聖なモノだった。しかし、僕の確信は石盤に書かれた永遠不変のモノではなかった。しかし、実際は、軟弱で簡単に変ってしまう。

 つまりは―その程度の信念だったのだろう…。

 では、なぜ―確信が価値を弱めたのだろうか…。

 考える必要もなく、うららが原因だろう。いや―うららに影響を受けた、僕の所為。

 月里うららと仲良くはしたい。でも、彼女と仲良くなる媒介として、僕の確信があって欲しくはない。あくまで―彼女とは、僕を見て欲しかった。

 ―僕は、やっぱり女々しくなった。


 「おまたせ~。待った?」

 僕が公園に着いてから、40分遅れて、彼女は公園にやってくる。僕はコーンスープの2本目を買っていた。1本目は既に空だ。

「委員会、長引いちゃって」

「いいよ…。時間を約束してたわけでもないし」

 彼女に未開封のコーンスープを差し出した。

「奢るよ。寒いでしょ?少し冷めちゃったけど」

 ありがとう、と小声で言って受け取る。そして、彼女は缶を少し潰した。

「粒入りのコーンスープは飲み口の下のあたりを、少し潰すと―飲みやすいよ。宇宙人の知恵」

 そう言って、一口飲んだ

「宇宙人関係ないし、それにもっと早く言って欲しかった」

 さらに、一口飲む。

 コーンスープの空き缶を彼女の目の前で揺らした。まだ、中に粒が残っているのが、感触から分かる。

「なら―はい。これあげる。私はもう十分だから」

 中身のある缶を―僕に渡してくる。

「試してみなよ―粒が残らないからさ―。早く飲まないと、冷めちゃうよ?」

 僕は缶に口をつけようとして、一瞬―戸惑った。

 ―これを飲んでいいのかな…。僕は…。

 うららが口をつけた後の―缶。これは、間接キスなのではないか…。

 ―気にしてはいけない。

 しかし、考えないようにすればするほど、そのことばかりが気になってしまう。

 ―。もう、このままではいられないような…。

「ほらほら」

 僕の気も知らないで、彼女は急かしてくる。

 コーンスープの缶を近づける。

 ドキドキ。

 口をつけて、一気に飲み干す。

「おぉ~。いい飲みっぷりだ」

 彼女は無邪気に言った。

「粒、残んないでしょ?」

「あぁ。うん。確かに」

 はっきり言って、そんなことはどうでも良かった。僕にとって、重要なのはじゃない。


 「そういえば―うららは休み時間、教室にいないけど、何してんの?」

 彼女は陣を描きながら答えた。昨日の陣は間違っていたかも、と疑い、直している。

「う~ん…。上司みたいな人に電話してる。近況報告を兼ねて」

 上司?彼女なりの冗談だろう、と思った。

「先輩?みたいな?」

 陣を描き直す彼女を見ながら、言った。僕にはその先輩が、なぜだか―不快だ。

「そうそう。よし、今日は陣を簡略化させたよ。効果、効能は変らないはず」

 昨日の陣と何が違うのか、僕には見分けが付かない。

「温泉みたいに言う…」

 昨日と同じく、僕等は陣の中心に入った。昨日と同じく、うららは―僕の手を握った。

「昨日と手順は同じだよ」

 しかし、僕の心情は昨日と同じではない。

「ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、ペンドラ、…」

「ペンドラ!ペンドラ!ペンドラ!ペンドラ!…」

 僕は自分の心を落ち着かせるために―大声で呪文を叫んだ。

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