第1話

 「今日も来ないね~」

「簡単に来ないから、問題なんだろ?」

 僕も、月里うららもそんなことは分かっている。簡単にUFOが観測できないから、困っているのだ。

 僕等は―宇宙人を見つける。そのために、寒空の中、放課後から夕方と夜とが混ざり合うまで、公園で空を眺めていた。

 僕が彼女とこうして、この公園で過ごすようになったのは―最近のことだ。


 1週間前、僕のクラスに転校生が来た。しかし、彼女―月里うららは自己紹介の最後の締めで、

 と言い放った。

 ―とんでもない電波小女だ。

 それが、偽らざる第一印象。だが

「宇宙人は意外とどこにでもいて―あまり特別なことではありません。もし、すぐ近くにいても―驚かないでください。」

 彼女の言うことはすべてが嘘であるとは思えない。

 僕には吉報かもしれない。なぜなら、宇宙人がいる―僕にはのだから。

 しかし、

「何アイツ…」

「宇宙人とか…。そう言うのは、幼稚園児でやめろよな…」

「―引くわ…」

 そう言う声が、クラスに溢れていった。明確な悪意が波紋のように伝播する。

 担任の先生が目を白黒させながら、

「そこの―佐藤の隣が空いている…。そこに座りなさい」

 教室の真ん中よりも、少し前。彼女は僕の斜め前の席に移動し、その席に座る。

 こうして、三森中学1年2組―僕のクラス―に新しいメンバーが加わった。



 月里うららには興味があった。僕の確信を証明する人―否、宇宙人―になるからだ。しかし、声をかけられずにいる。

 彼女が宇宙人なら―僕の確信は本当ということになり、見事にハッピーエンドだ。

 もし、彼女が宇宙人でないとしても、僕よりも宇宙人に近い所にいるのかもしれない。そういう、淡い期待はある。

 しかし、問題は―クラスメイトと無闇に関わらない方がいい、それが僕の行動指針だ。もちろん、必要なら話すけれど。

 昔から―他人は関わるものではなく、だった。

 しかし―彼女とは話してみたい。期待と行動指針で僕は板挟みだ。



 話しかけてみよう―とは思っていたのだが、ついに一度も話しかけらずに時間だけが流れていく。

 僕はグローブジャングル(球形の回るジャングルジムみたいなモノ)のてっぺんに座りながら、空を見上げる。結局、その日は放課後まで、彼女に話しかけられずにいた。

 こんなに悩みで頭の中が無茶苦茶にかき乱されているのに、UFOの撮影という習慣からは逃れられない。

「ふふっ」

 もう―自嘲気味に笑うしかない。自分にとってのチャンスは、こんな所ではなく―月里うららにあるのではないだろうか…。だが―結局、僕がいるのはいつもの公園だ。いつもと違うアプローチをすればどうであれ前進するのに、それができない。

 僕は―小さいな。

「そんなところで―なにしてんの?」

 声がした。

 見下ろすと、そこには―月里うららがいる。



 僕はグローブジャングルを降りる。振り返るけれど目線が合わない。彼女は僕よりも背が高いのだ。

 ―月里うららの顔を初めてちゃんと見た。

かわいいよりも、美人系。強いて付け加えるなら、エキゾチックで日本人離れしている印象。

「初めまして―私は月里うらら。君が―宮部叶人みやべかなと…君?」

「そうです…。宮部…叶人です…」

 自分の名前を言うのはなぜだか少し恥ずかしい。

「君が―宇宙人に興味があるって人?同じクラスの穂乃ほのから聞いたけど…。本当にこの公園にいるなんて。驚いたぁ。」

 本心ではなく、言ったように見える。別に、驚いていないのだろう。

「僕が放課後にここにいるって、みんな知っているの?」

「そうみたい。梨奈りな苑子そのこも知ってたよ」

 僕がここに来ることは別に隠していたわけではない。が、あまり関わりがない人にも知れ渡っているとは…。

「なんでみんな知ってんだ…」

 小声でそう呟いた。

「君―有名人だから」

「有名人―僕が?」

 僕はあっけに取られて、彼女の言うことをほぼそのまま返した。 

「そりゃ―毎日飽きもせずに、ここに毎日来れば―有名にもなるでしょ?」

 彼女は球形の遊具に少し登って、座った。

 なるほど―有名にもなるなずだ…。でも、なりたくてなったのではない。そもそも有名になるかどうかは―些末さまつで、どうでもいい。

「僕がここに来るのは―」

「宇宙人を見つけたいから」

 食い気味で彼女はそう言った。

「いや―宇宙人がいるって確信してるから、その証明をしたい…みたいな」

「なんで?なんで、宇宙人の証明をしたいの?」

 確信のが正しいこと見せつけたいから、みんなに認めて欲しいから、と言った。続けて、

「宇宙人がいるのに―いないこと、になるのは…なんだか―寂しいから」

肩を持ってくれるんだ」

 ここで、僕は初めて―なのだと自覚する。

「だから―私も興味があるの。宇宙人の味方の君は―?」

 禅問答のような質問に僕が、答えられずにいる。

 間を作らず、小悪魔のように、イタズラ好きの子供のように、彼女は言う。

「まぁ、いいや。ところで―成果はないの?」

 僕はグローブジャングルの中に入って、鞄を開けて、写真を取り出す。何百枚も、いや、もう千枚も写真を撮った。そして、

「今まで撮ったモノの中で―本物ぽいのは、こうして現像してる」

 彼女は写真を一枚一枚、吟味していく。その間、僕は全身がこわばった。テストの答案を返却されるときのような感じだ。

「どれも―違うね」

 僕は全身の力が抜けた。いうなれば―赤点。

「これと、これは―星かな。これは、飛行機。これは…何だろう?多分、気象観測用の気球…かな?」

 僕は両腕をグローブジャングルに引っかけて、脚の力を抜いた。

「ショック?」

「まぁ…それなりに」

 とはいえ―肩の荷が下りた気がした。次の証拠を見つけるまで、頑張ればいいだけだ。合格点を取るだけだ。

 彼女が空に関することに詳しいことは分かった。だが、ここで―彼女は宇宙人なのかと言う疑問が、再び浮び上がってくる。

「そういえば―月里さんは…」

「うらら、でいいよ」

「うらら…さんは、宇宙人なの?」

「だとしたら?驚くの?」

 今度は、僕を試すように言った。やはり―彼女が嘘を言っているようには思えない。

「なら―証拠が見たい」

 咄嗟に言った。彼女と話したら、この質問するつもりだったのだ。あるいは、衝動的に口から出たのかもしれない。

。―これが、宇宙のルール。宇宙人は、他の星の住民と恋をしてはいけないの」

「…」

「何?不満?これを破ると―宇宙人は故郷の星に帰らなきゃいけなくなるの。そのくらい重めの情報なのに?」

「いや―正直、そういうテイストの話をすると思ってなくって…」

 僕は―『宇宙人の体の構造は、地球人と違う』とか、『地球に来た目的』とか『故郷の惑星の話』なんかを期待していた。信じる、信じないではなく―予想していない話で、単純に驚いたのだ。

「分かった―分かったよ!」

 彼女は僕の反応が気に食わなかったらしい。

「私も明日からここに来て―UFO


 そうして―今日に至る。それ以来、なぜか彼女は僕と付き合って、UFOを探している。

「うららは―何で、僕に付き合ってるんだ?」

「えっ…。言ってなかったっけ?」

 本人は言ったつもりだったらしい。彼女はキョトンとした顔でそう答えた。

「私もね―自分が宇宙人って信じてもらうためには、それ相応の証拠が必要なんだよ」

 思い当たる節があるでしょう?そう、呟いた。

 ―あぁ、そういう経験がある。


「なら証拠を見せてみろよ!証拠を!」 

 一瞬、脳内を駆け巡る、拒絶の記憶。

 ―不快なことを思い出してしまった。


「辛かったな…。そのときは…。信じてもらえなかったときは…」

「でしょ?」

 軽薄な同意をしてくる。

「で―君がいたわけだ。私と近い目標がある、君が。だから…」

 彼女は僕の両手を握って、上目づかいで僕を見る。

「改めて、お願いするね。私と協力して?」

 女の子に積極的にアプローチされたのは、これが初めてじゃないか…。柔らかい手の触れるのも、濡れた水晶のような瞳に見つめられるのも。そして、なにより―同じ目標がある異性も、だ。


―僕には断れない。


「そう…だね―協力して、宇宙人を…見つけよう…」

 僕は恥ずかしいセリフを吐いたと思う。―なので、途中で声が小さくなってしまった。しかし―かなり、本心に限りなく近いことを言葉にした。

 僕は彼女に右手を差し出す。

 彼女はその意味を理解するのに、数秒かかったようだった。僕等は握手をした。

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