1-3 0組


「ノスタルジックでオシャレじゃない?」


 木造二階建ての旧校舎の昇降口に到着しするとアリスがそう評した。物は言いようだが、確かに今時木造の校舎で勉強できる機会なんて滅多にないことだし、0組だけなら生徒の数も少なくて静かでいいなと優子は思った。


 生徒番号の振られた下駄箱に靴を入れて上履きに履き替えていると旧校舎を包む結界の気配を感じた。昇降口から廊下に上がってすぐの柱に羊の絵が描かれた紙が貼り付けられている。結界のお札に相当するものだろう。

 温かな雰囲気で害あるものを阻む正当な結界だ。神社や教会などの神域、聖域にあるものに近い波長だ。学校の敷地を包む結界とは別のもののようで、さっきまであった閉塞感が和らいだ。


 優子以外にも結界を感知したと思しき生徒がいた。優子とアリスと同じく下駄箱で靴を履き替えていた新入生で、赤いメガネをかけた黒髪の女子だ。先ほどの1組とのイザコザに巻き込まれていた氷川椿姫である。

 この校舎の結界が学園内の他のものとは別のものであることを感じ取ったようで顔を顰めながら、同時に少し安心していた。その瞳は仄かな橙色に発光している。

 不思議に思ったアリスが椿姫に声をかけた。


「氷川さんですよね、どうかしましたか?」


「い、いえ、ただ変な感じがして。……結界のせいだと思うんですけど、多分勘違いです。わたしの感覚なんて当てになりませんし」


 オドオドする椿姫。優子と同じで人見知りらしい。ふとその椿姫が優子の方を見た。すると彼女は蛇に睨まれた蛙みたく呆然としてしまった。


「あの、大丈夫ですか?」


「ひっ!?」


 優子が声をかけると驚いて逃げていってしまった。


「……ど、どうしよう」


 入学初日から理由もわからずに同級生に嫌われてしまった。


「あの子の眼、魔眼ですね」


 アリスが呟いた。魔眼とは魔法能力を備えた眼のことだ。その能力は千差万別で、有名なものとしてはギリシャ神話の怪物メデューサが持つ見たものを石にする魔眼だ。


「結界に違和感を感じていたし感知系の魔眼のようですね。優ちゃんに取り憑いている霊を視たからビックリしちゃったみたいですよ」


 優子は自分に取り憑いている霊の気配を隠しているつもりだったのだが、それを見破るとはいい性能の魔眼だなと感心した。0組だからといって魔法能力が劣っているわけではない。ただ総合点数が低いだけで、秀でた能力を持っている人もいる。


 気を取り直して二階にある教室へと向かう。

 教室には既に0組生徒たちの多くが着席して待っていた。自分が0組になったことで落ち込んでいる者が多いが、気にせず近くの席の者と話しているコミュ強ポジティブ陽キャもいた。


 椿姫に勇気を出して謝罪しようと優子は意気込んだものの、近寄らないでくださいオーラを放っていることが同じ人見知りの優子にはわかった。謝罪の機会を改めることにする。


 優子は名前順だとあ行のため大体一列目だ。今回もそのようで、一列目の2番目の席だった。アリスは優子の後ろの3番目の席だ。これから席替えまで背中にアリスからのイタズラを受けることになるだろう。お嬢様然としたアリスだがその実人を揶揄うのが好きなサディストで優子のことをおもちゃかペットだと思っているふしがある。


 0組は16人しかいないようで、席は縦横四席だ。木造の校舎に少ない生徒となると廃校寸前の田舎学校っぽい。


「優ちゃん、部活は決めましたか?」


 魔法学園には普通の高校にはない部活もある。例えば魔法決闘部とか箒レース部。


「……うーん、決闘部とか」


 決定したわけではないが、優子は戦闘魔法が得意なので決闘部あたりに入ろうとは考えている。


「わたしも決闘部にしようかしら。ちょっと鍛えておきたいんです」


 アリスは魔法医志望で戦闘魔法は得意ではない。しかしルールのない戦いでは無敵だ。戦いが始まる前に勝つのが彼女のスタイルである。


「あなたたちも決闘部に入るの?」


 突然前の席に座る出席番号一番の生徒が声をかけてきた。溌剌とした声をしていて、明るい茶髪をポニーテールで結った女子、日ノ宮ユリカに決闘を申し込んだ明星アキラだ。周りの人と初対面でないみたいに気さくに話している。つまり優子と対極にあるコミュ強陽気キャだ。


「さっきはどうもご迷惑をおかけしました。明星アキラです。よろしくね〜」


 明星アキラは優子の手を取ると勝手にぶんぶんと握手し始めた。


「お、大野木です。よろしくお願いします」


「降神アリスです。よろしくお願いいたします」 


「いきなりブチ切れてて恥ずかしいところ見られちゃったかな」


 アリスはアキラに興味があるらしく、日ノ宮ユリカへのテキトーな対応と違い、アキラの目を見て言葉に対して耳を傾けていた。


「明星さんは氷川さんを守るために怒ったんですよね。それは恥ずかしいことじゃないですよ。誰かのために怒れるのは素敵なことです」


 アリスがアキラの眼を真剣に見て彼女を賞賛する。あの時は大声を上げて怒っていたり、決闘を申し込んだりと怒りん坊かと思ったが、誰かのために怒れる優しい子だった。


「えへへ、ありがとう。ねぇねぇ、それでさ、二人は決闘部志望なんだよね? 私も決闘部志望なんだ〜。一緒に部活見学行こうよ!」


 アキラが楽しそうに話している時だった。教室の扉が自信なさげに静かに開いた。もう生徒の席は埋まっていたため、誰が教室に来たかは明白だ。生徒たちの話し声が一瞬消え、やってきた教師を一瞥すると会話が少しずつ再開された。

 教師は迫力のない痩せ型の二十代半ばくらいの男性だった。0組担任の海道十郎である。スーツはよれていて、髪はボサボサだった。


「こんにちは!」


 アキラが教師に挨拶する。


「こ、こんにちは……」


 教師は自分から挨拶をしようと口を開いた矢先に生徒の方から挨拶をされてしまい困惑している。教師は黒板の前に立つと改めて挨拶した。それで生徒たちは話すのをやめて前を向いた。


「1年0組の担任、海道十郎です。まずはみなさん、ご入学おめでとうございます」

 

 海道先生は教卓に頭が付くくらい深く生徒たちに礼をした。生徒たちの何人かもそれに合わせて礼を返した。


「皆さんの中には0組になって落ち込んでいる人もいるでしょう。でも、一つ知っておいてほしいことがあります」


 気弱だった先生の口調と態度に徐々に覇気が灯り始める。その瞳ははっきりと目の前の生徒たちを見ていた。


「皆さんはすごいです。魔法が使えて、この難関の魔法学園に合格して入学したんです。まずはそのことを誇りに思ってください」

 

 0組に配属され落ち込み俯いていた生徒たちが海道へと視線を向ける。旧校舎の教室をあてがわれ、自分達は見捨てられたのだと思っていた者もいただろう。しかし目の前の先生は自分達のことを見捨ててはいなかった。

 魔法を使える人は全人口の1%にも満たない。先生の言う通り魔法が使えるだけでもすごいことだ。


「クラス分けの基準は総合的な魔法実技能力でしかありません。学校でも社会でも共通で使えるわかりやすい物差しが成績なだけです。君たちにはもっと別の意味と価値があります。それをこの3年間で見つけていきましょう。だから……その、落ち込まないでください。……すいません、こういうのガラじゃなくて、無理しました。僕も0組出身だけど今はこうして教師をしていて、だから皆さんも、ええと、とにかく頑張っていきましょう!」


 また口調と態度に覇気と自信がなくなる海道。しかし海道の熱い気持ちが伝わり、教室の暗い雰囲気はなくなりドッと笑いが起こった。


「青春最高! 先生、ナイス! 元気出ました!」


 アキラが海道に向けてグッジョブする。


「明星さんは最初から元気でしたね……」


 海道先生は名簿を見ずにアキラの顔を見ただけで名前を呼んだ。それは彼が0組に対して本気で向き合っている証だった。

 アリスと同じクラスだということだけしか学園生活に魅力を見出せそうになかった優子だが、0組でのこれからが面白くなる予感がした。

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