1-4 友達


 初日は自己紹介と簡単なホームルームだけして解散となった。授業は明日からだ。


 魔法学園は全寮制のため優子とアリスは今日から寮に住むことになる。再び入学案内を頼りに寮へと向かう。やはりというか必然というか0組の寮は他のクラスの生徒が住むマンションではなかった。

 学園敷地内の西側にある牧場の隅。そこにひっそりと古いアパートがあった。どうやらここが0組の寮らしい。寮の名前は『赤羊荘せきようそう』だ。


 ここも旧校舎と同じタイプの結界で守られていて、玄関の扉に羊の絵の紙が貼られていた。

 草原に佇む西洋風のアパートはアリスに言わせれば風情があるらしい。

 部屋は二人で一部屋。アリスとは同室だ。風呂、トイレ、キッチンは部屋にもあるが、供用の風呂と食堂が一階にもある。


 慣れない寮という環境だが、アリスや気さくなアキラのおかげで優子はなんとかやっていけそうだった。蟠りがあることといえば眼鏡の女子──氷川椿姫だ。初日に声をかけることは叶わず、避けられたままだ。


 寮に届いた荷物を整理し終えた優子は部屋の中央に正座し、とある名前を呼んだ。


「イヴ。出てきて」


「はぁい、優ちゃんなぁに?」


 返答し現れたのは赤い花模様の着物を着た長い黒髪の少女だった。彼岸花みたいな真紅の瞳が優子を見つめている。というよりも優子のことしか彼女は見てない。

 

「氷川さんを驚かせたでしょ?」


「視られたから、視返しただけだよ」


 明るい口調で悪びれもなく答える。

 この霊もまた魔眼を持っている。蛇眼の系統で、眼で見た者、眼を見た者を硬直させて動けなくさせたりできるものだ。

 なぜ蛇眼を持っているかといえばこの霊が『伊吹大明神』と呼ばれる龍神だからである。愛称はイヴ。


「後でちゃんと氷川さんに謝ってね」


「はぁい」


 笑顔で返事をしているが、この邪神に他人の心を慮る心なんてない。優子はこの霊に気に入られているため被害を受けないが、周囲の人間に迷惑をかけることがあった。霊が見えてしまう人にとってはこの伊吹大明神の魔力は毒だ。しかしそれもイヴ本人が制御すれば害のないものにできる。優子はなんとかイヴを躾けているものの自由気ままな彼女を完全に御すことはできなかった。


「ねぇねぇ優ちゃん。それよりもさ、この学園の結界変だよ」


 イヴが背後から顔を耳元に近づけてきて呟いた。たしかに学園に入った時に違和感を感じた。


「安全地帯を作っておきたいから、この部屋に結界を張って」


 イヴは優子の願いを聞くや否や、床に指をついて結界を展開した。陰陽道の五芒星の魔法陣が床に出現する。透明の膜が部屋を包み込み床や壁に浸透した。イヴは優子の使い魔でもあり、霊体でも魔法を行使できるのだ。


「学園の結界の目的や善悪はまだわからないけど、もしもの時のためにイヴはわたしよりもアリスの守りに徹して」


「え〜、優ちゃんのお願いだから聞くけど、アリスちゃん怖いんだよねぇ。腹黒っていうか女狐って感じで」


 イヴがゴネているとすぐ横で荷物を整理しているアリスが反応した。魔法使いならば魔眼が無くても姿を隠していない状態の霊を視認できる。


「この蛇とっとと成仏しないかしら」


 よくある女同士の悪い関係は二、三枚のオブラートで包んでから殴るものだが、アリスとイヴの場合思っていることそのままぶつけて殴り合うから胃がキリキリすることはない。優子はむしろ微笑ましいとさえ思っていた。


「そろそろいい時間ですし、食堂で晩ごはんにしましょうか」


 部屋に置いたばかりの時計は19:00を指していた。学校から寮に来たのが15:30頃だから、3時間以上新しい部屋の整理をしていた。食堂では朝晩と寮母のマザーラドリエルがご飯を作ってくれる。海道先生曰くめちゃくちゃ美味しいらしい。


「わたしはお酒がいいなぁ」


 この龍神は酒が大好きだ。酒のせいで身を滅ぼしたことが何度もあるくせに。


「そんなもの学校にあるわけないじゃないですか」


「お供えしてくれるだけでいいから、学校の外で買ってきてよぉ」


「未成年には買えません。代わりに塩でも舐めていてください」

 

 イヴがアリスにウザ絡みし始め、笑顔で冷たい対応をされる。

 優子は新しい環境になっても変わらないこの日常が好きで、これから始まる新しい日常が楽しみだ。



 食堂に行くと他の0組の生徒たちも集まっており、先に晩ごはんを食べていた。先輩らしき人たちもいるが一年生に比べると少ない。おそらく途中で学校を去る者が多いのだろう。


 食堂の端で一人で黙々と食事する生徒が目に入った。氷川椿姫だ。優子が食堂に入るや否やガタガタと震え始めた。イヴは何もしていないし害のある魔力も放っていないが、その姿を見ただけで怖いのだろう。

 優子はイヴのことを謝るため勇気を出して椿姫の前の席に座った。


「あ、あの、氷川さん、さっきは──」


「あの!」


 椿姫が優子の言葉を遮って声を出した。


「……ずっと言おうか迷っていたんですけど、このままだと取り返しのつかないことになるかもしれないので言います! ……あなたに悪霊が取り憑いています。すっごいヤバめのです!」


 どうやら椿姫はイヴが優子と契約している霊だとは知らないようだ。イヴを直視できず俯いて震えている。このままでは可哀想なので、イヴが優子の使い魔的な存在で危害を加えたりしないことを説明した。それで椿姫も納得したようで体の震えが治った。


「……そういうことでしたか。ごめんなさい、勝手に勘違いして取り乱しました」


「こちらこそすみませんでした。よく言って聞かせるので」


 イヴが椿姫を怖がらせたことを謝罪する。イヴも姿を現して頭を下げたが、すぐに顔を上げて椿姫の眼を覗き込んだ。


「綺麗な眼だね。食べちゃいたい」


「ひっ!?」


 椿姫がまた驚いてしまったので優子はイヴを自分の背中に引っ込ませる。


「ほ、本当にすみません!」


「いえいえ、わたしがいけないんです。この眼を上手く制御できなくて、見えないはずのものを見てしまうんです。学校の結界に慣れてないせいか、昼間も目の調子が悪くて日ノ宮さんとぶつかってしまって。そうだ、決闘を止めてくださってありがとうございます。私のせいでどうなることかと思いました」


 椿姫はため息を吐きながら眼鏡の両縁を触って落ち込む。どうやら魔眼の力をコントロールできずに霊をみてしまうようだ。それが彼女の0組たる欠陥だ。


「氷川さんは結界に違和感を感じていましたよね? 優ちゃんも感じたみたいなんです。氷川さんの眼で結界がどう見えたのかおしえていただけないでしょうか?」


 アリスが椿姫に問う。魔眼による視覚的な魔法の感知でこの結界について何かヒントがないか知りたい。


「わたしてっきり自分の眼がおかしいから学校の結界に当てられちゃったのかと思ってましたが、大野木さんも感じていたんですね。……そうですね、わたしには学校全体を包む結界が赤黒い鉄格子に見えました。結界は中にあるものを外の敵から守るためにあります。だけどこれはなんだか中にいる敵を閉じ込めておくようなものに感じました」


 具体的な説明に優子は椿姫の魔眼による感知の精度が凄まじいことに感心する。それと同時に結界への不信感を強めた。


「これはまともにコントロールできていないわたしの眼で視た印象ですので信じないでください。学校の結界がこんな攻撃的なはずありません。この寮と旧校舎の結界は普通ですし……あ、でも、寮と旧校舎の結界は同じようで少し違うんです。寮は守るため、旧校舎は隠すために重きを置いているような印象があるといいますか。旧校舎は霊脈の中心にあるので特別なのかもしれません。これも正確とはいえませんから、信じないでください。すみません、お役に立てなくて」


 自信なさげにする椿姫だが、隠れていたイヴを視れる時点で彼女の能力の高さは証明されていた。そのため彼女の視たものを優子とアリスは信じている。


「役に立たないだなんて、そんなことありません。氷川さんには他の人には見えないものが見えるんです。それは凄いことですよ。眼のことで悩んでいるのに、結界について教えてくれてありがとうございます」


 アリスは椿姫の手を握って感謝する。椿姫は顔を赤くしてしまった。アリスは椿姫が気に入ったようで、自分の勢力に取り込もうとしているのが優子にはわかった。先程教室でアキラの行いを素敵なことだと賞賛したこともそうだ。アリスは意図的に人をたらし込もうとする。降神家の──自分の味方を増やすためだ。


「あ、あの、降神さん、大野木さん! よろしかったらなんですけど……お、お友達になっていただけないでしょうか!」


 顔を更に真っ赤にして目をウロウロさせながら椿姫が言った。まるで結婚でも申し込むみたいに手を差し出して頭を下げてお願いしている。


「もちろんです。よろしくお願いしますね。椿姫ちゃん!」


 アリスが微笑みながら承諾した。その笑顔は本心からのものだった。人身掌握に長けたアリスが不意に見せるなんの下心もないこの純粋な笑顔で人々はトドメを刺されるのだ。


「よ、よろしく、つ、椿姫ちゃん」


 優子も椿姫を名前で呼んでみる。まだ出会ったばかりの人の名を呼ぶのは恥ずかしいが、少しだけ椿姫との距離を縮められた気がして嬉しかった。


「はい、こちらこそよろしくお願いします! アリスさん、優子さん。うう……友達ができてよかったですぅ」


 心底嬉しそうに椿姫は笑い、そしてその目には涙が滲み始めていた。どうやら高校に入って友達ができるか心配だったみたいだ。それなら優子も同じだ。

 そんな賑やかになった食堂の一角に笑顔と元気でできた爆弾が襲来する。


「まさに青春だね、諸君! わたしも仲間に入れてよー!」


 晩ごはんを持って明星アキラが友達となった3人のテーブルに現れて椿姫の隣に座った。


「アキラさん、先程はわたしを庇ってくれてありがとうございます。……それで、ですね、この度はどうかお友達になってくださいませんか!?」


 椿姫はアキラにもお願いする。


「あれ? もう友達になってると思ってたよ」


「うへぇ!? いつのまに友達になってたんですか、わたしたち?」


「友達ってのは申し込まなくても勝手になってること結構あるんだよ。椿姫いつのまにかわたしのこと名前で呼んでくれてるし、無意識に友達として認めててくれたんじゃないかな」


 椿姫は無意識にアキラのことを名前で呼んでいたことに今気がついて、口を押さえてビックリする。


「いつのまに……ごめんなさい、なんだかアキラさんて呼びやすくて」


「自由に呼んでよ。ちなみに中学の頃のあだ名で気に入ってるのはヒャクパーセントかな〜」


 優子はうるさい集団は苦手だけど、この3人との賑やかな集まりは自然と受け入れられた。それはこの3人がみんな優しくていい人たちだからだ。この友達とこれから学園生活を送れることに心から感謝したい。


 その時、ふと視線を感じて優子は周りを確認した。すると食堂の隅のテーブルに一人で寂しく座って夕食を食べている海道先生と目があった。こちらが賑やかになっているのを確認すると笑顔で頷いていた。一人でいた椿姫に友達ができたのを見て安心したのだろう。


 海道先生は結界の授業を担当する先生らしいし、授業の時にでも学校の結界について相談しようと優子は考えた。

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