13. 嘘か女神か

 俄然がぜんやる気になった玲司は先頭切って歩き出す。


「打倒、百目鬼!」


 百目鬼に操られている赤髪のシアンさえ何とか出来れば、自分はもはや世界で敵なしなのだ。お金をシアンに作ってもらって、それで美空と起業して面白おかしく暮らせばいい。なんて完璧な計画!


 玲司はウキウキしてつい足早になる。



 やがて向こうの方に大手町のホームが見えてくる。電気の多くが落とされ、薄暗くやや不気味だ。


 二人は階段のそばまで音をたてないように静かに線路を進むと、そっとホームの上をのぞく。そして、まず玲司が頑張ってホームによじ登った。


 続いて玲司は美空に手を伸ばし、手首をがっしりと握る。美空の手首は思ったよりも細く、柔らかく、しっとりとしたきめ細かな手触りがして、思わずドキドキしてしまう。


 だが、そんなことを気取られたらまた笑われてしまう。平静を装いながら引き上げていく。


「よいしょ!」


 無事、引き上げに成功したが、顔を真っ赤にして引っ張った玲司に、美空は


「そ、そんなに重くないのだ」


 と、ひそひそ声で抗議する。


「そうだゾ! ご主人様はもっとレディの気持ちをくむべきだゾ!」


 シアンまで乗ってくる。


「え? そ、そんなぁ……」


 何という理不尽。玲司は女の子の扱い方の難しさにクラクラした。


 と、その時、カツカツカツという足音がホームの遠くの方で響く。


「ヤベヤベ……」


 二人は急いで、忍び足で階段をのぼる。


 こんなところを見つかって拘束されてはそこで人生終了である。冷や汗を流しながら必死に進む。


 階段を上ると駅員がいないのを確認して柵を超えた。通行人が怪訝そうな顔を向けるが、そ知らぬふりでC8の出口までダッシュする。


 ハァハァハァ……。


 階段の踊り場で、二人は肩で息をしながらお互い見つめ合い、サムアップをしてニヤッと笑った。


 さて、いよいよクライマックス。玲司はリュックからバールを取り出し、力を込めてギュッと握る。


 ここから百メートルほど走り、バールでマンホールをこじ開け、中の光ファイバーケーブルを切るだけ、それで人生勝ち組だ。


 玲司は頼もしいバールを眺め、そのしっかりとした重みに笑みを浮かべながら、勝利の予感にブルっと武者震いをした。



 二人はそっと階段を上がり、地上の様子を見てみる。


 日曜日のオフィス街は静かで人影もまばらである。この辺は金融街。平日ならビシッとスーツを着込んだビジネスマンが肩で風を切りながら颯爽さっそうと歩いているが、今は見当たらない。走る車も少なく、玲司には好都合だった。


「リュック持ってあげるわ」


 美空はそう言ってリュックをパシパシと叩く。


「あ、それは助かる」


「私気にせず全力で駆けるのだ。秒単位の戦いよ」


 美空はそう言いながら小柄な体でリュックを引き受けた。


「俺は死なない、俺は死なない……」


 玲司は目をギュッとつぶって自分に暗示をかける。


「死んでも私が生き返らせてあげるから気にせず行くのだ!」


 そう言って美空は玲司の背中をパンパンと叩いた。


「どうせまた嘘なんだろ?」


「あら、今度は本当なのだ」


 ニヤッと笑う美空。てんぱって失敗しないようにという美空なりの配慮なのだろう。玲司もニヤッと笑って、


「よし、生き返らせてくれよ、女神様!」


 そう言って、何度か大きく深呼吸をすると、パンパンと両手で頬を張って気合を入れる。


「俺は光ケーブルを切れる! 完璧にうまくいく! これ、言霊だからね!」

 

「そうそう、行ける行けるぅ!」


 シアンは嬉しそうにクルクルと舞った。


「GO!」


 玲司は駆けた。人生史上最速の速さでおしゃれなオフィス街を飛ぶように駆けた。


 植木の間を軽快なステップですり抜け、邪魔な噴水の縁石をひらりと飛び越え、トップスピードでガラス張りのデカい高層ビルの角を曲がっていく。


 そして、見えてきたマンホール。


「はぁはぁ……シアン! あれだろ?」


「そうだよ、急いで! 奴ら感づいたっぽいゾ!」


「マジかよぉ!」


 玲司は顔をしかめる。暴走車がすっ飛んでくるまであと何秒残っているだろうか?


 ケーブル切れたら俺の勝ち、手こずってたら俺の負け。今まさに秒単位のスピード勝負が始まった。


 ズザザザザ――――!


 アスファルトを滑り、小石を吹き飛ばしながらマンホールにたどり着くと、間髪入れずにバールをマンホールのくぼみに突き立てた。


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