第105話 炎の鳥と灼たな魔女
リアムと一緒の、銀色の絹糸のような美しい髪をミーシャは見つめた。自分に向かって頭を下げる彼を、簡単には許せない。だけど……
「オリバー大公。私への謝罪は結構です。あなたが私を許せないように、私もあなたを許せませんから」
オリバーはゆっくりと顔を上げた。彼からゆらりと冷気が発生すると、リアムが席を立ち、ミーシャの横に立った。
「仮にもかわいい甥の奥方だ。形だけでも謝っておいた方が良いと思ったんだが、不要か」
「はい。不要ですね」
「ミーシャ、むやみに煽るな」
リアムがオリバーとミーシャの間に割って入る。その様子を見てミーシャは微笑ましく思い、眉尻を下げた。
「リアムが叔父さんを庇ってる」
「二人がもめそうだったら仲裁しろとジーンに言われている」
「さすが宰相様。ですが、もめるつもりはないです」
言いたいことは言わせてもらう。ただそれだけだ。
「いくら戦争だったとはいえ、これまで魔女はたくさんの人を殺し、怖がらせ、悲しませてきました。オリバー大公にしてしまったように、誰かの愛する人を奪った。恨まれてあたりまえだと思っています。死んであげることで、罪滅ぼしをする方法もあった。だけど……」
それよりも過酷な道をミーシャは選んだ。
「幾万人の命に対し、この命一つでは償いきれません。だから、私は死なない。生き抜こうと思います。今、生きている人が一人でも笑えるように、幸せにしたいと思っています」
死んで終わりではない。それでは何も変わらない。魔女の印象は悪いままで、恐れからまた諍いが生じ、負の連鎖が続くだけ。
ミーシャはリアムの手を取り、そしてオリバーを見た。
「リアムと、自分の幸せを掴むって約束したんです。そして、人々が楽しく、暮らしやすい国にしたいと思っています。だからあなたも、幸せを諦めないでください。憎しみや恨みを晴らすのではなく、共に人々を導き、支える道を歩んでいただけませんか?」
言葉一つで、オリバー大公の気持ちが晴れるとは思っていない。それでも、まずは伝える事からはじめるべきだ。
「このままではリアムが苦しいままです。あなたのかわいい甥を救うためにも力を貸してください」
「かわいいは……やめろ」
そばで口を挟まず聞いてくれていたリアムが、そこだけは手を引いて止めに入った。彼に苦笑いを向ける。
ミーシャを真剣な目で見つめたいたオリバーは、ゆっくりと目を細めた。
「人々を導き、支える道か。民を犠牲にしようとした俺に、民のために尽くせと言うのか?」
「……恋人を復活できると知らなければ、あなたは民を犠牲にしようとは思わなかった、違いますか?」
「……どうだろうな」
オリバーは自分の胸にある指輪を握って、目を伏せた。
「もし、あのまま復活できていたとしても、ルシア様はきっと、喜ばれなかったと思います」
下を向いていたオリバーは顔を上げ、ミーシャを碧い目で見つめた。
「愛する大切な人の手を汚してまで、復活したいとは思いませんよ。無理やり蘇らされても、幸せな未来は待っていませんから……」
もしもリアムが、民の命と引き換えに自分を蘇らせていたら、哀しくて生きていくのが辛くなっていた。
「では魔女は、なんで二度も生き返った」
オリバーの質問に、ミーシャは一瞬息を呑んだ。
『クレア。魔女の秘密は誰にも、言っては駄目よ』
かつての教えが胸を締め付ける。しかし今は、魔女を守ることよりも、未来を守る方を選ぶ。ミーシャはリアムを見た。彼の碧い瞳を見て心を落ち着かせると、ゆっくり口を開いた。
「炎の鳥は、太陽の化身。そして、地中深くに宿る、猛炎です」
「猛炎……
「私たち魔女は死なない。太陽が地に沈み、再び生まれ現れるように、復活ができます」
「フルラ王の言っていたことはそのことか」
ミーシャは頷くと続けた。
「遙か昔。ガーネット家の始祖は、炎の鳥と盟約を交わしたそうです。どうして契約できたのかはわかりません。ただ、わかっていることは、炎の鳥はガーネット家に産まれた娘を子々孫々守り、力を貸してくれると言うこと」
ミーシャは片方の手のひらに、炎の鳥を呼んだ。
朱い炎の鳥は羽を広げ飛び立つと、燭台に止まった。部屋の灯りをつけて回っていく。
「私はおそらく、炎の鳥によってクレアからミーシャへ生まれ変わったのでしょう。前世の記憶と、ごくわずかな魔力を持ったまま。ただし、誰でも、いつでも復活できるわけじゃない」
リアムを見つめ、微笑んだ。
「死の間際、私はオリバー大公が造った魔鉱石を焼き尽くそうと思い、炎の鳥に命を捧げました。それと同時に、リアムの幸せを最後まで願いました」
「俺は師匠の死を否定した。クレアがいなければ幸せになどなれないと。炎の鳥を止めるために魔力を暴走させた」
「私は母親から復活の方法を聞いていませんが、それらの因果か重なった結果、ミーシャとして復活できたんだと思います」
炎の鳥と一体となったとき、身体は消えてしまった。クレアの命は、まだエレノアのお腹にいたミーシャに宿ったのだろう。
「つまり、復活できるのは、炎の鳥と契約している魔女だけと言うことか? 万の民は関係なかったのか?」
「……検証できないので、わかりません」
万の民の命を犠牲にしても生き返るのは一人だけ。そもそも、安らかに眠っている人を生き返らせるわけにはいかない。
「二回目の復活は? どうしてそのままミーシャなんだ」
「私の心臓は確かに止まりました。でも、厳密に言えば死んでいなかった」
「どういうことだ?」
オリバーは怪訝そうに眉根を寄せた。
「リアムと、サファイア魔鉱石のおかげです」
リアムはミーシャの背に触れた。
「彼女の背には、今もサファイア魔鉱石が埋まっている」
「それは、びっくりだな」
ミーシャを刺したオリバー本人が一番びっくりしていた。もう、除去済みだと思っていたらしい。
「俺と叔父さん、甥のノアは、魔力を持つ王家の中でも特別で、凍結耐性を持っている。体温が零度以下になっても、細胞内の水分が完全に凍結しないから、生き延びることができる」
「つまりリアムは、変温動物ってことだよね? 蛇とか蛙とか亀みたいな……」
ミーシャの発言にリアムは苦笑いを浮かべた。
「蛇みたいに脱皮して大きくはならない。基本は人と一緒だ。それに近いってこと。もしかしてミーシャ、今まで俺のこと、蛇や蛙と思ってた?」
「まさか!」
リアムに凄まれて、慌てて首を横に振った。
怒らせたらあとで甘いお仕置きをされる。「リアムは冬眠しないから人間!」とミーシャは笑顔でリアムの機嫌をとる。
「まあ、いい。それで、俺たちの身体は寒い環境に適していて、そこへ氷を操る魔力が加わっている。俺の父親や、兄クロムには魔力はあったが、凍結耐性はなかったと聞いている」
「先帝たち、雪や氷は操れたけれど、身体は人だから極端な寒さに耐えられなくて、命を縮めてしまったのね」
ミーシャの言葉にリアムは頷くと続けた。
「仮説だが、エルビィス先生は魔力を使うと命、寿命を微妙に消費してしまうんじゃないかと言っていた。魔力を使うほどに、自身の身体、細胞を壊してしまうらしい」
実際にリアムは魔力を使い切り、凍ってしまいそうになったと言う。
リアムはミーシャの背に再び触れた。
「あんたは、魔女を、ミーシャを凍らせて殺そうとしたんだろう」
「そうだ。魔女が死にかければ、おまえは俺に泣きつくと思った。魔鉱石のありかを言うと思ってね。まさかミーシャが持っているとは思わなかった」
「ミーシャの身体が冷たくなり、皮膚に霜が降りるのを見て、凍化病のようだと思った。このままでは兄や父のように死ぬ。そう思ったときに、凍化しながらも冷凍睡眠で生きながらえたあんたを思い出した。冷に特化したサファイア魔鉱石を俺は扱える。自分が持つ凍結耐性を、ミーシャに付与すればもしかしたら助かるかもしれないと、咄嗟に魔鉱石に魔力を込めた」
「ミーシャには冷への耐性がない。だから、凍化で細胞が死んでしまわないようにしたのか」
「そうだ。ミーシャは炎の魔女だが、背中にサファイア魔鉱石がある限り、凍って死ぬことはない」
そのためリアムはずっと、心臓が止まったミーシャをその腕に抱き続けていたという。万の可能性を信じてくれたおかげで、今がある。
リアムはオリバーではなくてミーシャを見つめると、小さく笑った。
「魔女は死なない。また舞い戻ると言ってくれただろ。だけど、再び十六年待つのは嫌だった」
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