第106話 それぞれに課せられた罰

「待った結果、また会えるなら、それでいいじゃないか」

 

 オリバーは瞳に哀しみを映しながら笑った。叔父は二十年、焦がれた相手を本当に失ったのだという思いに至り、リアムも表情を曇らせた。


「炎の鳥がルシア様を天に召したのならきっと、今頃どこかに生まれ落ちていると思います。見た目も変わり、記憶も無くしているとは思いますが、……いつか、再び会えるといいですね」


 ……願わくば、また、オリバー大公と巡り会えますように。



「ところで、魔鉱石はどうした?」

「壊れた」

 オリバーの質問に、リアムは淡々と答えた。

「どうして壊れたんだ? 壊れた魔鉱石は今どこに?」

「叔父さんは信用できない。魔鉱石については教える気はないと言っているだろ」


 本当に教えるつもりはないらしく、目を逸らし、リアムは口を閉ざした。


「陛下。今後、オリバー大公のお力を借りるためにも、教えて差し上げてはいかがですか?」

 リアムは首を横に振った。

「話したことで、またミーシャが狙われるかもしれない。危険だ」

「魔鉱石を悪用しようなんて、もう考えていない。民に尽くすと約束するよ、だからそのためにも知りたい」

 にこりと紳士の笑みを浮かべるオリバーを、リアムは疑うように目を細めて見る。


「炎の鳥と魔鉱石を使って、帝都内にある大きな氷の塊を一晩かけて解かしました」

「ミーシャ」

 リアムに睨まれたが、「大丈夫」と声をかけ、そのまま説明を続けた。

「氷が解けた冷たい水は明け方頃、一気に水温を上げ、水蒸気となって消えました。その時、魔鉱石が割れて、壊れたんです」


 ミーシャは炎の鳥を呼んだ。両手に炎の鳥をとまらせる。

「割れた魔鉱石は、陛下の白狼、そして私の炎の鳥がそれぞれ持っています。この存在を知るのは一部の者だけ。リアムが持つサファイア魔鉱石共々、今後、公にはしないつもりです」


 魔鉱石があることを認め、世間に公表すると、また新たな争いが起きる。

「額にサファイア魔鉱石がある氷の狼も、流氷の結界の水底で眠り、表には出ることは今後ありません」


 氷像の狼は、リアムの魔力補填装置。サファイア魔鉱石はオリバーとリアムしか扱えないが、第二のオリバーがいつ現れるかわからない。魔鉱石を盗まれ、研究されるわけにはいかない。


「クレア魔鉱石は壊れて割れて精霊獣が持ち、私が造った魔鉱石はミーシャ、リアムがそれぞれ持っている。狼の額分は、流氷の結界の中ということか」


「オリバー大公。もうサファイア魔鉱石は造らないでくださいね。造ったところで私が燃やして壊しますから」

 にこりと微笑みかけると、オリバーは苦笑いを浮かべた。



「オリバーおじさん。遊びに来たよー」

 ドアの向こうから、ノアが顔をひょこりと覗かせた。

「わっ! 陛下とおねえさんもいる!」

「ノア。『おねえさん』じゃありません。皇妃さまとお呼びなさい」


 ノアの後ろにすっと現れたのは、ビアンカだった。その後ろにはイライジャもいる。ビアンカの監視だ。


「帝都を救った英雄。偉大なる氷の皇帝に栄光を」

 ビアンカはリアムに向かってカーテシーをすると、ミーシャを見た。

「ご機嫌麗しゅうございます。帝国の女神、ミーシャさま」

 今度はミーシャがビアンカに淑女の礼をした。


 ノアがオリバーに近づこうとすると、それをビアンカが止めた。

「陛下がいらっしゃるとは知らず、申し訳ございません。我々は下がりますね」

「ええ? なんで?」

 ノアは明らかに不機嫌顔になった。


 オリバーの襲撃とカルディア王国の侵攻以降、ビアンカとノアの親子関係に変化があった。以前の彼女は常にぴりつき近寄りがたい空気を纏っていたが、今は柔和んな雰囲気だ。

 ビアンカは、特使として頑張っていた。カルディアヘイ兵捕虜の帰還交渉の際は、氷の宮殿の修繕費などを交換条件に織り交ぜ、うまく方針決定をさせたくらいだ。


「ビアンカ皇妃。そしてノア皇子。ちょうど良かった。オリバー含め、みんなに伝えたいことがある」

 

 リアムは、最後に部屋に入ってきたイライジャを見てから口を開いた。


「怪我の治療のため、保留にしていたオリバー・クロフォードの処分を通達する。これは、宰相のジーンを含め、法を管理、重んじる高官と決議決定したものだ。異議異論は受けつけない」

 今日、ここへ来た理由はオリバーへの見舞いではない。本人に処罰を伝えるためだった。平静を装いながらもミーシャは一度、唾を飲み込む。

 

――ビアンカと、オリバーは通じていた。

 流氷の結界をくぐり抜け、数回にもわたる宮殿への侵入。オリバーがそれができたのは、内部からの手引きがあったからこそ。招いた結果は、カルディア王国の侵攻と、帝都と氷の宮殿への被害に通じている。


――しかし、その証拠は不十分。侍女の目撃情報はあるが、当の二人が、口をそろえてお互いについての関係を否定した。

 オリバーはビアンカを庇い、自分の単独行動だと自供した。ビアンカはノアを選び、オリバーとの関係を断ったのだ。


 イライジャも、利用しただけで首謀者は自分一人。と、オリバーはすべての罪を一人で背負い、裁かれるつもりでいる。


「オリバー・クロフォードの処分を言い渡す。カルディア王国と通じていた人を、そのまま野放しにはできない。魔女の評判を落とす本を流布した罪もある。一生ここに服役してもらい、罪滅ぼしをしてもらう」


 リアムの言葉にオリバーは「ああ」と短く答えた。

「斬首にしなくていいのか?」


「首を跳ねるのは簡単だが、それではなまぬるい」

 リアムは冷たい目を叔父に向けた。

「楽して、彼女ルシアの元へは向かわせない」

「……厳しい処分だな。一生おまえにこき使われるのか」

「そういうことだ。死ぬことは許さない、諦めろ」


 オリバーは胸を押さえ、小さく笑った。

 オリバー大公は、死を望んでいる。しかし、リアムはそれをよしとしない。


「それで。罪滅ぼしとは? 私に、何をさせるつもりだ?」

「ノアの教育係だ」

 オリバーを含め、処分の内容を知らなかったその場にいた者はすべて固まった。


「……私がノアを教育したら、国が傾くぞ」

「叔父さんやノアが国を傾けようとしたときは、魔女がお仕置きをする」

「お仕置きって……」

 ミーシャは思わず苦笑いを浮かべた。


――叔父は、道を踏み外さなければ優秀な人だ。死なせるのはもったいない。今回の騒動の被害は大きいが、事情を知るものはごくわずかな者だけ。……甘い処分だとわかっている。その責任は、俺が背負う。


「次、何かあれば即、問答無用で首をはねる」


 公には処分できなくても、ビアンカ皇妃に対する罰は与えている。ノアを盾に、カルディア王国との交渉の特使にすることで、その罪を償わせている。


 内通していたイライジャに対しては、止めることはできたが、リアムはあえて泳がせていたこと。帝都民の迅速な避難は彼の功労で、その際に、ミーシャの評判を上げていることを理由に、リアムが内々に彼を処罰した。


「オリバー。あんたの名前、オリーブの花言葉は『平和』と『知恵』だろ。回復したら、大いに役に立って貰う」


オリバーは上を仰ぎ見た。顔を手で覆い、しばらくしてから、リアムに向き直った。


「わかった。おまえに生かされた命だ。……陛下のためだけに使い、尽くさせていただきます」

 オリバーはリアムに向かって、臣下の礼をとった。





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