第97話 崩壊する氷の宮殿
炎の鳥を中心に大きな火柱が上がる。爆風がリアムと気を失っているノアに襲いかかったが、リアムはオリバーが作った氷の壁のおかげで対応する時間があった。
氷の
崩壊し、崩れた天井から茜色に染まる空が見えた。紛れ込んだ粉雪は地下の熱でここにたどり着く間もなく溶けて消えた。
二十年前。洪水を防いだ父のように、雪を降らせ地下を氷で埋め尽くすべきだ。
「……いや、もう手遅れか」
地下深くにある氷が溶け、地盤沈下で建物が傾きはじめていた。なおも崩れる天井と、ひび割れていく地面。あちこちから聞こえてくる激しい崩壊の音、氷の盾はどろりと溶け、リアムの周りは急激に温度を上げていく。
「白狼!」
リアムの呼びかけにすぐに氷と雪の精霊は現れた。
「ノアを安全な場所へ。先に逃げてくれ」
白狼は地面に横たわり眠っているノアの背中部分の服をがぶりと噛んで咥えた。
「落とさないでくれよ」
後ろ足で立てばリアムよりも大きい白狼は、ノアを仔犬のように咥えたまま、器用に瓦礫を避けて、登りはじめた。その姿はあっという間に地上へと消えた。
リアムの周りの氷はほとんど溶けてしまった。炎の鳥と一体になっているオリバーをあらためて見る。
オリバーはルシアの前にいた。通常ではありえない高温に晒されているはずなのに、彼女を取り巻く氷はそのままだった。
「……なぜ、まだ復活していない?」
リアムはミーシャを抱きしめたまま再び立ち上がると、足を一歩踏み出した。地面は地獄の業火のように熱く、一瞬で衣服に火が付く。リアムは氷を纏い、慎重に、ゆっくりとオリバーに近寄っていった。
「リアム。おまえ、何かしたか?」
オリバーはルシアを見つめたまま、静かな声でリアムに聞いた。
「本来なら今頃、帝都は押し寄せる氷の濁流に飲まれ、人々は逃げ回っているはずだが、……どうやら死者が、出ていないようだ」
「ミーシャだ。ここに現れる前、彼女は結界の異変を見に行った。洪水を防ぐ手立てをこうじてきたんだろう」
オリバーは目を見張ったあと、ゆっくりと細めた。
「なるほど、そうか。その魔女のせいか……」
高温の火で直接炙られているみたいに熱い。氷を纏っていてもひりひりした痛みは酷くなっていく。
よく見ると、氷の中のルシアに小さなヒビが幾つも入っていた。ぱきぱきと乾いた音を立てて表面が小さく割れていく。熱で溶けるのではなく、砂のようにさらさらと崩れ、氷の結晶は煌めきながらゆらゆらと、天に昇っていく。
「このままでは駄目だ。復活するまで、ルシアの身体が持たない」
辛そうに呟くオリバーの顔や手は赤く腫れ、炎症を起していた。それでも必死に愛する人を見つめる叔父に胸が締め付けられた。
「もうやめろ。このままではあんたが死ぬ!」
「今更私が死を恐れるとでも?」
ルシアを見つめ、薄く笑っていたオリバーは、視線をリアムに向けた。
「リアム。今あるサファイア魔鉱石はおまえのために作った。うまく、使えよ」
自分に似た碧い瞳がリアムを見つめる。幼いころ何度も自分に向けてくれた、やさしい眼差しだった。
「闇に飲まれ再び命輝く時、魔女は炎の鳥と共に舞い戻ると、フルラ王は言っていた。リアム、わかるな。魔鉱石を使え」
オリバーはクレアの魔鉱石を持つ手を高くかざした。
「炎の鳥よ。いますぐルシアを蘇らせよ。我が命と引き換え……、」
「やめろッ……!」
考えるよりも先に叫んでいた。
リアムの訴えに答えるように、刹那、上空に小さな炎が現れた。朱鷺色の炎の鳥だ。急降下してオリバーの手から魔鉱石を鷲づかみすると、そのまま奪い捕った。
ルキアは、内側からぱんっと弾けるように粉々に割れ、煌めく粒子となった。まるで銀色に輝く
一瞬何が起こったのか、本人もわからなかったようだ。声にならない叫び声を上げる。炎が迸る。建物が歪む大きな音と共に、足元が崩壊していく。
リアムは自分たちがいる場所だけでも維持しようと片手で氷の剣を握ると地面に突き刺し、氷を張った。しかしそのそばから割れて、溶けて壊れていく。
オリバーは、空を見上げたままの状態でぴくりとも動かなかった。彼の足元が崩壊し、身体ががくんと沈む。頭上からは壊れた天井が地上の雪と共に容赦なく降ってくる。
「オリバー……叔父さんッ……!」
リアムは手を、思いっきり延ばした。あと少しのところでオリバーはそのまま瓦礫に飲み込まれて姿を消した。
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