第96話 炎の鳥と炎の魔女


『ルシア。フルラ国との戦いが終われば、延期になっていた式を挙げよう』

 片膝をついたオリバーは、ルシアの手を取り、彼女を見つめながらダイアモンドの指輪を贈った。


 カルディア王国に留学経験があるオリバーと、カルディア王国の姫ルシアとは昔からの知り合いだった。一緒になれるのならば、政略結婚でもかまわなかった。その先に幸せになる未来が待っていると信じていたから。


 彼女の薬指にダイアモンドが輝く指輪を嵌めてあげると、ルシアは嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。


 しかし、オリバーが彼女の笑顔を見たのは、それが最後となった。




「ミーシャを助ける? どういうことだ」

「順を追って説明する」

 リアムが急かすように聞いても、オリバーは気にする様子もなく、もったいぶるように間を置いてから口を開いた。


「二十年前。私はフルラ国との戦争の最前線にいた。フルラの兵士と魔女を自国に踏み入れさせない。それが私の任務だったが、フルラ国の魔女は、炎の鳥で容易に突破し、グレシャー帝国を次々と焼いていったのは、当時幼かったリアムでも知っているよな?」

「……ああ、もちろん覚えている」


 当時六歳のリアムは兄クロムと一緒に氷の宮殿の最奥に身を隠していた。こっそり窓の外を見上げると、いつもは白い空が炎のせいで赤色に染まっていた。グレシャー帝国民は自由に飛び回る鳥の形をした炎を畏れ逃げ回っていたと、リアムはあとから知った。

「炎の鳥が氷の宮殿や、街を火の海に沈めた」

 オリバーはリアムの言葉に頷いた。


「おまえの父、ルイス皇帝陛下は特に延焼が激しかったこの場所に雪を降らせた。地下の氷が溶けて、洪水が起こるのを防ぐために氷を張ったんだ。民のためにしたことだが、その時、地下にルシアがいたのを知らなかったらしい」


 リアムは直接は見ていないが、燃える氷の宮殿は大混乱だったと伝え聞いている。

 昔の氷の宮殿の地下は、地上の回廊ようにそれぞれの施設に繋がっていたため地下通路として機能していた。今は氷で塞いでいるが、当時、炎に追われ、地下に逃げ込んだ者もいただろうと想像できた。


「魔女に突破された私が悪い。兄ルイスは氷の皇帝として氷の宮殿を、国を守るために正しい事をしたと頭ではわかっていたし、兄のことは尊敬していた。それでも……フルラ国と休戦しても、なぜルシアが犠牲にならなければならなかったんだと言う気持ちは、拭えきれなかった」


 オリバーはおもむろに、氷の中の妻を見つめた。


「しばらくして、落ち込んでいる自分に兄は、と言ったんだ」

「魔女が、死んだ者を?」 

 リアムはにわかに信じられなかった。

「もし本当に死んだ者を蘇らせられるなら、魔女はもっとたくさんの人を復活させているだろう?」

「ルイスも、おまえと一緒で真意を知りたがった。ルイスは私にフルラ国との休戦同盟で、息子リアムを送るから同伴するかと聞いてきた。死んだ者を蘇らせる方法を探れという王命だった」

「……だからあの時、あんたが一緒にフルラへ行ってくれたのか」

「そうだ。おまえの歓迎セレモニーでもあり、休戦同盟の調印式だった。皇帝陛下の代理も兼ねている」

 戦争を仕掛けたものの被害が大きいのはこちら側で、休戦を申し出たのもグレシャー帝国側だった。


「休戦すぐに子供を敵国に送るなんて。父は、やっぱり俺が死んでも良かったんだな」

「それは違う。当時の私は炎の魔女より実力では上だった。おまえが大事でなかったら私は同行していない。人質を殺すような国なら私はあの場でフルラ王を殺していた」

 リアムは幼かったころの記憶を思い出す努力をした。

 記憶の中のフルラ国民はとても親切だった。こちら側に危害を加えようとする意図は感じられなかった。


「蘇らせる方法が知りたくて、何年も探った。しかしあたりまえだが私は警戒され、情報は得られなかった」

 オリバーは視線をミーシャに移した。

「クレアはとても良い子だった。だが、ルシアを死に追いやった元凶の、憎い相手の娘」

 リアムはオリバーを睨みながら、ミーシャを守るようにきつく抱きしめた。


「甥っ子は懐き、彼女は何も知らずに生きている。時はゆるりと流れ、自分一人だけが、ずっと時を止めていた。何もわからないまま五年が経ち、自身の凍化も進み、焦りばかりが募っていった。彼女のいない世界。日常が、耐えられなかった。今のおまえなら少しはわかるだろう?」

 オリバーは下を向き、手をぎゅっと握った。


「クレアが研究していた魔鉱石の技術を盗み、密かに作って戦争を単独で仕掛けた。魔女を憎んでいる兵士を募り、憎い魔女を殺せと煽り、蘇りの方法を教えろと魔女とフルラ王に私は迫った」



 まだ未完成のサファイア魔鉱石だったが、それを持つ兵士たちは強かった。街を壊し、逃げ惑うフルラ国民を凍らせるオリバーに、魔女は炎で対抗した。抵抗は激しく、彼女は命を賭してオリバーに挑んだが、敵わず火の海に沈んだ。


『……――オリバー大公殿下! どのようなことがあっても人は、死んだら蘇ったりなどしない!』

 

 ひび割れ、壊れたフルラの王宮のあちこちには、倒れたまま動かない兵士がそのままにされていた。敗戦は明白、それなのにオリバーに追い込まれてもなお、フルラ王は気丈に振る舞っていた。


『この期に及んでまだ隠し立てすると言うのなら、私はこの国をすべて凍らせ滅ぼす』

『死者を蘇らせるのは悪魔の所業だ』

『言われなくてもわかっている』

 オリバーは『いいから早く吐け』と、氷の剣をフルラ王の喉元に突きつけた。

『残念だが、おまえでは無理だ』

『だからその理由を話せ』

 フルラ王は、哀れむような目をオリバーに向けた。

『……人を蘇らせられるのは、と、だからだ』

 死の淵に追い込み、やっと聞き出したフルラ王の言葉にオリバーは絶望を覚えた。


『魔女ならさっき死んだ。蘇りは、生き残ったクレアでも可能か?』

『クレアには無理だろう』

『なぜだ』

。民は宝だ。そして希望という名の力だ。その方法を、魔女は禁じ手として一度も使ったことがない。ゆえに娘に伝えていない』

 フルラ王は、オリバーを嘲るように笑った。

『魔女はおまえの目的を知り阻止するために、命を賭したのだろう』

『希望の光? 俺にとって希望は民ではない。クレアだ』


 彼女を生き返らせる方法が潰えた。悪あがきの五年が無為になり、やるせなかった。

 フルラ王を亡き者にしても、気は晴れなかった。沸々とこみ上げる後悔と憎悪。

 オリバーはサファイア魔鉱石を握りしめ、怒りの矛先を、魔女クレアと、自分よりも魔女に傾倒してしまった甥のリアムに向けた。



 かわいがっていた甥にまで手をかけた罰か。クレアが命をかけて最後に放った炎の鳥が、復讐に燃えるオリバーを包んだ。



「炎に包まれながら、魔女に一矢報えた。もういい。疲れた。やれることはやった。これで彼女の元に行ける。そう死を受け入れたが、死ねずに冷凍睡眠コールドスリープだ。ビアンカとルイスによって目覚めさせられたが、そのあとすぐにルイスは死んだ。だから宮殿を出た」

「あんたは、地下深くに眠る人を、蘇らせることを諦めなかった」

「そうだ」

 オリバーはおもむろに魔鉱石をリアムに見せた。


「本来、魔女しか操れない炎の鳥。だが、今私の手の中には、炎の鳥を操れる魔鉱石がある」

「ここの氷をすべて解かし、万の民の命を奪い炎の鳥に捧げ、ルシアを蘇らせるのがあんたの狙いか」

 リアムはオリバーに向かって叫んだ。

「犠牲になる民は関係ない!」

「関係あるだろう。これまで我々王家がどれだけ犠牲を払い、国を維持してきた?」

 

 オリバーはゆっくり立ち上がると、手を広げた。

「私は世界よりも、国よりも、民よりも、我が愛しい人ただ一人を選び、救う!」


 リアムは、青白い顔のミーシャを見下ろした。

 ミーシャも万の命を犠牲にすれば、蘇るというのか? 


「……そんなことが、本当に可能なのか?」

「可能かどうかは、やってみればわかることだ。……そろそろ、良い感じに氷が溶けたようだな。最後の仕上げをしよう」

 

 オリバーの言うとおり、リアムたちがいるフロアの氷はすべて溶けきっていた。

 凍らせなければとリアムは思ったが、魔力の消費が激しく足りなかった。このままでは動けなくなる。なけなしの氷を放ったところで炎の鳥の火力には勝てそうにない。


 打開策を思案するリアムとは違って、オリバーの顔に焦りはなく涼しいものだった。魔鉱石がない手をリアムに差し出す。


「ミーシャを助けて欲しければ、私の右腕となれ。王位を私に譲るんだ、リアム。そうすれば、おまえは凍化で命を削る必要もなくなる。好いた女と自由に生きれば良い」

 リアムは差し出された手ではなく、オリバーに視線を向けた。


「万の民を犠牲にして就いた王位に、何の価値がある!」

「王族だけではなく、民にも犠牲は払って貰う。その上で、私はこの命続く限り氷の国を維持しよう」


 瞬時にリアムの前に氷の壁を作ると、オリバーは背を向けた。炎の鳥の中へ入って行くと、炎がさっきよりも大きく成長した。


「やめろ!」

 オリバーは、振り向くとリアムに向かって笑った。


「まずは、ルシアだ。おまえはそこで黙って見ていろ」

 

 炎の鳥は爆発するように、大きな火柱を上げた。

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