*リアム*

第88話 地下宮殿・音のない白い世界⑴

 リアムは馬を飛ばし、氷の宮殿へ戻ってきた。

 慌ただしく右往左往している侍従たちに見つかれば面倒だ。リアムは誰にも見つからないように息を潜め、人気のないところを通って、ビアンカの後宮に向かう。

 

 主人ビアンカが戦場に向かったためか、後宮の建物内に人の気配は感じられない。

 広い庭には、雪がはらりと舞っていた。

 リアムにとって、音のない白い世界は心地いい。魔力が満ちていくのを感じながら、庭に大きく空いた穴を見つめた。


「氷も雪もない」

 リアムはもう一度、庭を見回した。他はいつもと変わらない積雪量だ。

 泉は大きく、その上に降り積もっていた雪だけがない。

 いったいどこへ。


「考えていても、しかたない」

 石が底へ続く階段のようにある。リアムは、空洞になった泉へ足を踏み入れた。

 数メートル下ると泉の底についた。周りは灰色の石の壁で、横に大きな穴があった。光が届かず、真っ暗だ。

「ウオン!」と鳴いて空から降ってきたのは、いつもノアのそばにいる小さな白狼とミーシャが操る小さな炎の鳥だった。

「白狼。ノアは?」

 白狼はしっぽをふると、迷うことなく横穴へ入って行った。白い体躯が闇に消える。

 炎の鳥は、リアムの前を飛び回った。

「おまえ、前にも来た奴だよな?」

 精霊獣は気まぐれだ。ときどき人に興味を持ち、あっちから近寄ってくることがある。魔力のないものはさわれないが、リアムは炎の鳥にれられる。


『炎の鳥は、フルラ国の魔女しか操れない』と教えてくれた人が、きっと、この先にいる。


「炎の鳥よ。付いてきてくれる?」

 淡いピンク色の炎の鳥はリアムの周りを二周すると、白狼が消えた横穴に飛び込んだ。リアムは灯りを失わないように、すぐに追いかけ中へ入った。


 横穴は、大人が二人並んで歩けるかどうかの狭さだった。天井は背の高いリアムでも余裕がある。壁は白い石が埋め込まれ、明らかに人工的に作られていた。ところどころ石が剥がれ落ちていることから、相当前に造られた物だとリアムは思った。


 道なりに進むと、やがて開けた空間に出た。炎の鳥が飛んでいく。天井はとても高く、支える柱は白く太い。白狼が吠えると音が反響した。


「ここは、氷の宮殿の中央付近あたりか」

 上での地理と歩いた距離、方向から今自分がどこにいるかざっと見当をつける。


「この空間も、普段は隙間なく氷で埋め尽くされているはずなんだが」


 氷を溶かしたのはオリバーで間違いない。氷の宮殿の外で死闘を繰り広げたあと、リアムは流氷の中へ落ちた。その間に戻って来て、氷を溶かしたのだろうとリアムは思った。


 オリバーも俺も氷を解かすのは苦手だ。それなのにこの量を溶かしたとなると、よほどの理由があるはず。


「リアム。ずいぶん遅かったな。待ちわびたぞ」


 暗闇からすっと現れたのはランタンを手に持つオリバーだった。そばには、ノアもいる。

 リアムは手に氷の剣を生成し、いつでも攻撃できるように構えた。


「よく言う。人をここから遠ざけておいて。ノア。その男から離れろ」

「まあまあ待て! ここにいるのは王家だけ。せっかくだ。少し、話をしようじゃないか」

「話す? 俺はおまえと話すことなどない」

 不意をつかない限り、オリバーに氷の攻撃は通じない。リアムは一気に間合いを詰めると、剣を振り下ろした。

 

「陛下、待って!」

 ノアが、オリバーを庇うように腕を広げ、前に出た。リアムは攻撃の軌道をぎりぎりで変えた。氷の剣が床にめり込む。

「このおじさん、陛下や父上を助けようとしたんだって」

「俺や兄を?」

 剣を引き抜きながら尋ねると、ノアは頷いた。

 オリバーの顔には胡散臭い笑みが浮かんでいる。本当に話をしたいらしく、攻撃してくるつもりはないようだ。


「俺がここに何をしに来たのか、知りたくないか?」

「イライジャから聞いた。俺の代わりに皇帝になること。そして、この宮殿を滅ぼす気だと」

「皇帝になりたい男が、なんで氷の宮殿を滅ぼそうとするんだろうな?」


 リアムはオリバーの言葉を聞いて黙った。

 

 叔父の目的は何なのか、それはずっと疑問だった。

 イライジャから聞き出したときも、それだけだろうかと頭を過ぎった。


 なぜ、フルラ国に攻め入った。クレアを殺そうとした。

 

 わからない。この人が何を考えているのか。

 リアムはいつでも斬りかかれる間合いを保ちながら「教えろ」と聞いた。

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