第79話 クレア魔鉱石

 見覚えのある、涙型の魔鉱石。しかし、十六年前と色が微妙に違う気がした。


 ミーシャはもっとよく見たくて、どきどきしながら白狼に手を伸ばした。

 まず白狼の首元にそっと触れてみる。雪のように冷たいが、白くて柔らかい。そばで見ると、銀色に輝く毛色をしている。

 白狼はじっと天井を向いたまま動かない。ミーシャは思いきって紐をちぎり、魔鉱石を握った。


 次の瞬間、魔鉱石から朱い光があふれ出した。

 同時に、身体の奥で大きな炎のような力が湧き上がり、満ちていくのを感じた。

 

 白狼は魔鉱石が発する光を嫌い、ぴょんと飛んで離れると、さっさと氷の壁の向こうへ消えてしまった。


「え、ええ? ちょっと、待って。何これ?」


 暖炉の火が勝手に燃える。消えていた照明や燭台の火も次々に点灯していく。部屋の中は一気明るくなり、温かくなった。

 

 過去の自分が作った物がよくわからない。ミーシャはパニックだった。


「ねえ、白狼さん。置いて行かないで。これって、クレア魔鉱石じゃないってこと?」

 

 白狼は外へ行こうと言いたげに、バルコニーのドアの前で待っている。

 ミーシャが話しかけると、床をカリカリと掘った。


「待って。私は氷の壁を通り抜けられないのよって、あれ。もう壁が溶けてなくなってる」


 手の中にある魔鉱石の光は一瞬で、今は内に秘める静かな紅き輝きを放っている。

 ミーシャは魔鉱石を無くさないように、紐を結びなおし、自分の首に下げた。

 その時だった。

「ん?」とミーシャは首をかしげた。自分の髪を一房掴んで眺める。


「……なんか、髪の色が、濃い赤のような……」


 まさかね。と思いつつ、ミーシャは移動する。

 暖炉の火の色が反射して映っているのだろうと自分に言い聞かせながら、ミーシャは衣装部屋にある鏡台の前に立った。


「…………うそ」

 思わずミーシャは、ばんっと、鏡に手をついて覗き込んだ。


「髪の色が、朱鷺色じゃなくなってる!」


 鏡の中に居たのは、今は懐かしい「クレア」だった。

 しかも自分で焼いて短くなっていた部分も元の長さに戻っている。ミーシャは鏡に映る自分を見つめたまま、固まった。


「どうしよう。どうしよう?」

 

 部屋の中をおろおろしていると、白狼が早くしろと吠えた。


「そ、そうね。今はとりあえず、二人を追いかけなくちゃ。……この格好で?」

 それはとても事態を悪くする気がした。とりあえず気休めで、「よし」といいながらフードを被る。


「ち、力も、戻っていたりしないかなー。なんてね……」

 気軽な気分で手をかざすと、思いっきり炎柱が発生した。慌てて火を消す。

 氷の壁を溶かしたばかりで当たりが濡れていたおかげで、絨毯を少し焦がしただけですんだ。ほっと胸をなで下ろす。


「魔力も、戻ってるのね……」

 見た目だけじゃなく、魔力もクレアと同等量あり、扱うこともできるようだった。


「炎の鳥。おいで」


 試しにミーシャが呼ぶと、目の前に自分と同じ大きさの炎の鳥が現われた。

「これは、もう、間違いないわね」


 ミーシャは待ちくたびれてどっか行ってしまった白狼を追いかけ、バルコニーに出た。炎の鳥をもっと大きくして、その背にミーシャは飛び乗った。


「炎の鳥。リアムの元へ連れて行って」

 

 炎の鳥は朱く燃える大きな翼を広げると、空に向かって飛び立った。

 


 ミーシャを乗せた炎の鳥は、煌めく星の下、朱い灯火で闇を切り裂き進んでいく。時々粉雪が顔にあたるが関係ない。

 ミーシャは風を感じながら、首から下げている魔鉱石を握った。


「皮肉なものね。リアムを守るために作った魔鉱石が、結果、私に力を与えてくれている」


 急に炎の鳥が滑空しだした。もう、リアムたちに追いついたらしい。


 そこは青白く発光する流氷の結界のそばで、オリバーを追い込んだリアムが今まさにとどめを刺そうとしている瞬間だった。

 ミーシャが上空にいると思ってもいないのだろう。こっちにまったく気づく様子はない。


 止めなければ! 炎の鳥を操りミーシャは急降下すると、二人のそばに降り立った。

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