第78話 氷の障壁
リアムは部屋に入るなり、氷の剣を生成させながらオリバーに斬りかかった。
オリバーは頭に剣先が触れる前に氷で盾を作り攻撃をぎりぎりで塞いだ。
「リアム、久しいな。会いたかったぞ」
「黙れ」
剣の上からオリバーに圧をかける。力が拮抗していたが、リアムが先にオリバーの脇腹に蹴リを入れた。叔父が倒れ込むと彼は続けざまに剣を振り下ろしたが、それは避けられた。
オリバーが間合いを取るために後ろへ下がると、リアムは氷を放った。天井まで隙間なく氷の障壁を瞬時に作ると、急いでミーシャの元へ駆け寄った。
「ミーシャ大丈夫か?」
リアムはミーシャを抱き起こした。そして髪の一部が焼けて切れているのにすぐに気がついた。顔を悲しそうに歪ませる。しかし、すぐに怒りに満ちてしまった。
「……許さない」
リアムの身体から冷気が溢れる。本気で怒っている。ミーシャはリアムの身体が心配で焦った。
「リアム、だめ。力を、感情をコントロールして!」
そうじゃないと一気に凍化が進んでしまう!
氷の壁の向こうからはオリバーが「いたた……」と情けない声を漏らした。氷ごしに、彼の姿が見える。
「リアム、もう少し手加減しろ。こっちは病み上がりなんだ。勘弁してくれ」
「ずっと氷の中で眠っていたらしいな」
ミーシャはリアムの言葉に驚いた。
「ああ。八年……くらいかな」と言いながらオリバーはその場にあぐらをかいて座った。
「十六年前、クレアは炎の鳥で私が作った魔鉱石をすべて焼き尽くしたが、私のことは焼かずに生かした。しかし、あの時すでに俺は凍化で動けなくなっていたんだ。しかもおまえ、そのあと力を暴走させただろう? フルラ国全土が一瞬凍ったらしいが、俺もそのとき一緒に凍ってしまった」
「でも、オリバーの身体もクレアの身体もフルラ国にはなかった」
ミーシャの呟きに、オリバーは頷いた。
「フルラの大地を埋め尽くした氷はすぐに溶けたのに、一人だけ溶けずに凍ったままの俺をある人が、氷の国へ運んでくれたんだ。それからまあ、しばらく静養して、今にいたる」
「ある人とは誰だ」
「俺の可愛い妹だよ」
リアムはそれを聞いて顔を歪ませた。誰だろうと考えていると、分厚い氷の壁の向こうでオリバーが立ち上がったのがわかった。床に手を伸ばし、何かを拾っている。
「魔女のお嬢さん、俺に嘘をついていたね。どうやらクレア魔鉱石ではないが、魔鉱石、持っていたじゃないか」
ミーシャははっとなって自分の身体を触った。
「……ない。うそ、いつのまに?」
「さっき落としたよ。拾わせて貰った。未完成のガーネット鉱石の魔鉱石を」
リアムは驚いた顔でミーシャを見た。
「……クレアの研究室に、作りかけの魔鉱石がいくつかあったの。その一つを私は持ってきていたの」
「どうしてそれを今まで黙っていた」
ミーシャは下を向いた。
「本当に、未完成なの。少し魔力を纏っているだけの鉱石でしかないから、私のお守り代わり」
ミーシャは寒さに耐性がない。本来ならジーンたちのように、寒さで凍えるのが普通だ。クレアみたいに何もないところから火を出したりできないからだ。魔力もほぼなく、炎の鳥も呼べない火がない場所でも、リアムのそばに平気でいられるのは、この未完成の魔鉱石のおかげだった。
「ごめんなさい。言うタイミングを逃してた」
「ミーシャがさっき打ち明けたいことがあると言ってたのは、このこと?」
ミーシャはリアムの質問に首を横に振った。
「ううん、それはまた別……」
「それでも魔力ある者が肌身離さず持っていれば、少しずつ、魔鉱石になっていく。これはありがたく貰っておく」
氷の壁の向こうでオリバーが、ゆっくりと離れて行く。
「待て!」
リアムは自分で作った氷の壁を強く叩いた。こちらに背を向けていたオリバーは振り返った。
「賢い我が甥リアム。今度こそ選択を誤るな。誰を生かし、誰を殺すのか……」
そう言うと、オリバーはバルコニーのドアを開け、部屋から出て行った。
リアムはすぐに氷の壁を溶かしはじめた。
「オリバー様を追うつもりですか?」
「ああ。追う」
「今は、カルディアに備えなければ」
「わかってる。だが俺は、あいつを……師匠を死に追いやり、今も貶める奴を、どうしても許せない」
リアムの碧い瞳は、憎しみと哀しみに染まっていた。
ミーシャはリアムの腕に手を当て背伸びをすると、そっと、彼の頬にキスをした。
驚いたリアムは目を見開くと、氷を溶かすのを止めてミーシャに向き直った。
「憎しみに染まってはだめよ。復讐は誰も幸せにしない。成したところであなたの心は救われない」
リアムは辛そうに顔を歪めた。ミーシャの頬に愛しむように触れ、そして髪をそっと掴むと、焼け焦げた部分にキスをした。
落ち着いてくれた。そう思ったが、
「……それでも誰かが止めないと行けない。たとえ、叔父を殺すことになっても」
彼の瞳の奥は、憎しみの青い炎が揺らめいたままだった。
「リアム!」
「ミーシャやみんなを守る」
リアムは、氷の壁が薄くなっているところへ氷の剣を突き刺し、無理やりこじ開けた。
「リアム、待って」
「ミーシャはここに居ろ」
リアムは壁を強引に抜けると、穴を瞬時に修復してミーシャを閉じ込めた。
「待って。お願い、リアム!」
喉が痛くなるほど叫んだが、リアムはそのままミーシャを見ることなく、オリバーを追って行ってしまった。
一人部屋に残されてしまったミーシャは、氷の壁を何度も強く叩いた。
この騒ぎでも侍女たちはこない。きっとリアムが近寄るなと言ってから部屋に入ってきたのだろう。
無力な自分が悔しくて、床に座り込む。
ミーシャだってオリバーは許せない。しかし、リアムに叔父を殺すという選択をさせてはならない。絶対に。
「落ち込んでいる場合じゃない。早くここから抜け出さないと」
ミーシャはリアムが作った氷の壁を改めて隅々まで見る。
リアムが通った穴はあの短時間で綺麗に塞がっている。やはり溶かすより作る方が得意のようだ。
「魔力も使い過ぎてる。きっと、身体が凍って、すぐに動けなくなる……」
壁は部屋を二分していた。こっち側には暖炉がある。薪をくべて火を起こし、炎の鳥を呼ぼうと考えた。薪を暖炉の中に並べていると、急に当たりが寒くなった。
驚いて振り返ると、氷の壁をするりと通り抜けて、白くて大きな狼が入ってきた。
「白狼? え、どうして?」
いつもリアムのそばにいる白狼だ。しかし普段はミーシャがそばにいると近寄ってこない。
精霊獣は驚くミーシャの方へのっそりと、近寄ってきた。
「こんにちは。白狼さん」
挨拶をすると、白狼はミーシャの前に座った。頭をまっすぐ天井に向かって上げて、首元を見せてくれた。白い毛の合間に朱く光る物を見つけるのは簡単だった。
「これ、もしかして……クレアの魔鉱石?」
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