*ミーシャ*

第77話 魔女の抵抗

 *

 

 リアムがジーンの元へ向かったあと、部屋に一人残ったミーシャは言われたように動きやすい服に着替えた。

 旅の商人が好んで着る服だ。荷物は最低限にして、暖炉の前で待っていた。

 ぎゅっと、膝の上で手を握って不安を誤魔化す。


 目立つけど、しかたない。炎の鳥はできるだけ連れて行こう。

 朱く燃える炎の鳥がいることで、自分の居場所を相手に知らせてしまう恐れがあった。しかし、炎の鳥がいなければ魔力を使えない。ミーシャは魔女というより、ただの小娘になってしまう。


 暖炉の火から、炎の鳥を数羽呼ぶ。少し天井付近を旋回したあとミーシャの前に降り立った。

 がたがたと雪交じりの強い風が吹き、壁や窓を揺らす。炎の鳥すべてが、バルコニーの方を向いている。


「警戒している……」


 また強い風が吹き、バルコニーに出るためのドアが勝手に開いた。雪が風と一緒に部屋の中へ入り込んでくる。燭台の照明の火が消え、部屋は暗闇に染まった。


 炎の鳥を飛ばして、燭台に明かりを灯す。

 外に出るなとは言われたが、このままでは部屋が寒くなる一方で、しかたなくバルコニーに近づいた。警戒しながらドアノブを掴もうとしたら、暗いバルコニーの真ん中に男の影が見えて、ミーシャは肩を跳ね上げた。


「こんばんは、はじめまして。若き魔女」

 ミーシャは炎の鳥を手に留まらせて、松明の代わりにすると、男の顔を見た。見覚えのある顔にミーシャは息を呑んだ。


「オリバー大公……」


 リアムと一緒の銀髪に、碧い瞳。目尻のしわは記憶より深いが間違いない。

 オリバー・クロフォード本人だ。


「おや、私が誰かわかるのか?」

 クレアの記憶があるからわかったとは言えない。ミーシャは内心焦ったが、平静を装った。

「碧い瞳は王族の印。遺体がなく、今も行方不明の中年男性といえば、あなた様しまいません」

「なるほど。では、改めてご挨拶を……」

「けっこうです」

 ミーシャはオリバーを睨んだ。


「私、あなたに怒っているので」

「今日が初対面と思うが、令嬢になにか失礼なことをしたかな?」

 ミーシャはとぼける彼に向かって怒気を含んだ声で言った。


「私の侍女たちに、陛下からせっかくもらったドレスを切り裂けと、指示したそうですね」

 オリバーは一瞬何のことだと言いたげな顔をしたが、すぐに「ああ。そういえば、したな。」と笑った。

「どうしてそんなことをしたんですか?」

「君への忠告だよ」

 オリバーは目を細めると続けた。


「恐ろしいは、の妃にふさわしくない」


 ミーシャはぐっと奥歯を噛みしめた。

 オリバーの言葉にいちいち傷つかない。ミーシャはただ、彼を睨み続けた。


「久し振りに入った宮殿内は、どこもかしこもリアムの婚約者の話で持ちきりだった。陛下にふさわしくない。恐ろしい。陛下をどうやってたぶらかしたんだ。私は魔女の侍女にはなりたくないと散々だった。だから、教えてあげた。ドレスがなければお披露目会に出られない。魔女はフルラ国へさっさと帰るだろう。陛下もそれをお望みだと。軽いつもりで助言したが、あの侍女たち、本当に実行したのか」


 オリバーは「傑作だな」と愉しそうに笑った。そして、何かを思いだしたらしく、ミーシャを見た。


「魔女を倒す英雄の本。あれも私が広めた」

 

 ミーシャは目を見開いた。

 

「あの本は本当に人気が出た。みんな悪い奴が倒される物語が好きだからな。グレシャー帝国だけじゃなく、フルラ国でもこれから人気が出るだろう」

「……どうして、そこまでするんですか?」

 怒りで声が震えた。一方のオリバーは涼しい顔のまま平然と言った。


「魔女が嫌いだからだ」


 びゅっと強い風がミーシャの髪をなびかせる。小さな炎の鳥では吹き飛んで消えそうな風だった。


「私が嫌いだと、わざわざ言いに、こんな夜更けに尋ねてこられたんですか?」

「いや、違う」

「要件はなんでしょうか」

「魔女は嫌いだが、クレアが発明したクレア魔鉱石は素晴らしかった。それをもらいに来た」

 ミーシャは自分の胸の前で握りこぶしを作った。

「……魔鉱石は持っていません」

「そんなはずはない。リアムから受け取っているだろう。よこせ」

「本当に持っていません」

 オリバーはじっとミーシャを見た。もうその顔に笑顔はない。

「わかった。それならば君を人質にして、リアムから魔鉱石をもらおう」

「わかりました。と言って素直に人質になるわけないでしょう?」

 ミーシャは、オリバーに向かって一斉に炎の鳥を解き放った。

 だがオリバーは、迫り来る炎を前にしても余裕顔だった。


「こんな小さな炎の鳥に用はない」


 次の瞬間、炎の鳥はオリバーに触れることなく、ふっと煙になって消えた。

「なるほど。本当に魔力のない魔女のようだな」


 ミーシャは次々に炎の鳥を呼び、オリバーに向けて攻撃を繰り返したが、彼にとっては火の粉を払うようなもので、何のダメージも与えることができなかった。


 ミーシャが魔力も炎の鳥もほぼ全部使い切ると、オリバーはゆっくりと近づいてきた。底冷えするような仄暗い碧の瞳に、ミーシャの背中は粟立った。


「……こっちへ来ないで!」

 ミーシャは足元の雪を手で掬うと、オリバーに向けてぶつけた。無駄な抵抗とわかっている。だけどそれでも時間を稼ぐしかない。リアムが戻って来るまで。

 それまでは、捕まるわけにはいかない!

 

 ミーシャは部屋の中へ逃げ込んだ。照明の火はまたいくつか消えてしまっていて、暗くてどこに何があるかわからない。家具につまずきながら暖炉に向かう。床に転げながらも炎の鳥を呼ぼうと手を伸ばした刹那、先にオリバーが暖炉の火をたくさんの雪で消してしまった。


「痛ッ!」


 ミーシャの頭に激痛が走った。

 オリバーが、腰まで伸びたミーシャの髪を粗雑に掴み、後ろに引っ張ったからだ。

 

 さらに髪を引っ張られ頭皮に痛みが走る。

 逃げなくちゃ! 

 ミーシャは最後の魔力を使い、両手にそれぞれ火を作った。顔を歪ませながら振り返ると、オリバーの顔に向かって火をたたきつけた。一瞬怯んだ隙を突き、掴まれている自分の髪の一部を焼き切ると、オリバーから逃れ、距離を取った。


「トカゲのしっぽ切りみたいな逃げ方だな」


 何とでも言えばいい。

 ミーシャは息を整えながら、周りに何か武器になるものは無いかと探した。


「少し荒くなるが、氷で拘束させて貰う」

 オリバーが手に魔力を集中させている。氷を生成してミーシャに向けて放とうとしたその時、部屋のドアが蹴破られた。


「ミーシャ!」

 すごい勢いで飛び込んできたのは、リアムだった。

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