第73話 瞬く星空の下で
「……様。ミーシャ様。どうかされましたか?」
夜になり、就寝の準備をしながらぼおっとしていたミーシャはユナに声をかけられ、我に返った。
「ごめんなさい。ちょっと、昔のことを思い出していたの」
サシャは心配そうにミーシャを見た。
「本当は、カルディアとの国境へ向かうのが不安なんじゃありませんか?」
彼女の質問にミーシャは首を横に振った。
「大丈夫、ついていくわ。そのことに不安はない」
「ご無理をなさっていませんか?」
「無理してない。だって、陛下がついているんですもの」
心配かけないように笑いかける。すると、二人は神妙だった顔を少し綻ばした。
「ミーシャ様、本当に陛下がお好きなんですね」
好きと言われ、顔がぼっと燃えたみたいに熱くなった。だが、もう隠しようもない事実で、ミーシャは素直に頷いた。
「あら、あらあら! 我が主ったら、すっごく可愛らしい!」
「ええ。こっちまで照れてしまいそうです」
「これ、ユナとサシャ。あまり主人をからかう者じゃありませんよ」
二人をライリーは窘めたが、ミーシャは「いいのよ」と言って、二人に向き合うと、口を開いた。
「戦場に向かうのは初めてですが、私、陛下にもしものときがあれば、身を挺してでも陛下を守るつもりでい……」
「身を挺して守る? 何を仰っているんですか!」
「そうです。そんなのだめです。そこは陛下に守ってもらってください!」
ユナとサシャはミーシャの言葉を遮り、騒ぎ立てた。最初は猜疑的な目を向けていた二人は今ではすっかりミーシャを慕ってくれている。嬉しくてつい、顔をにやけさせていたが、その間に彼女たちの熱弁は加速した。
「陛下もミーシャ様をお守りしたいと思いますよ。それで連れて行かれるんでしょう? 万が一、ミーシャ様が陛下を庇って命を落としたら……陛下を悲しませることになります」
「私たちも悲しいです」
ミーシャは二人の言葉にゆっくりと、頷きを返した。
「私は陛下を守りたい。この身を犠牲にしてでもって、ついさっきまで思っていたの。だけど、その考えは間違ってると気がついた。だから安心して。大丈夫だから。私と陛下は必ずここへ、二人の元へ戻ってきます」
ユナとサシャはお互いの顔を見たあと、もう一度ミーシャを見て、微笑んだ。
「お二人の無事のご帰還、心よりお祈りいたしております」
「ありがとう」
「明日の出立の準備で今夜、陛下は遅くなるとご連絡をいただいております。ミーシャ様はお先に就寝なさってくださいとのことです」
「わかったわ」
寝支度を済ませると、ライリーとユナ、サシャは部屋を辞した。
暗い部屋でしばらく時を潰す。
リアムは本当に遅かった。夜が更けてもミーシャは目が冴えたままで寝付けず、しかたなくベッドから這い出した。一枚厚手の外套を纏い、バルコニーに出る。
「うわあ、空真っ暗」
静かな夜だった。雪がすべてを隠し覆うように降り続け、当たりを埋め尽くしていく。
吐く息は白く、暗闇に溶けて消えた。
ミーシャは炎の鳥を片手に、リアムにもらった雪だるまの前に移動した。頭に積もった雪を払いのけながら微笑む。いきなり、炎の鳥が闇夜へ飛び立った。驚いて目で追っていると、
「ミーシャ。風邪を引くよ」
声をかけられ、ミーシャは立ち上がった。
「陛下!」
リアムだとわかった瞬間、胸の鼓動が跳ねた。やっと会えた。
今日一日がとても長く感じたミーシャは嬉しくて、思わず駆け寄ってしまったが、彼の前まで行って急に恥ずかしくなった。
視線を喉元当たりに定めて、「お帰りなさい」と伝えた。
「遊んでいたのか」
「はい。雪だるまと遊んでいました」
リアムは「子供だな」と言って、くすっと笑った。視線を上げて彼を睨む。ミーシャに向けられていた眼差しは、雪なら簡単に溶けるほどの温かなものだった。
……リアムが好き。これはクレアの気持ちじゃない。ミーシャの気持ちだ。ミーシャ・ガーネットとして、彼のことが……
その思いが溢れそうで、ミーシャは彼から視線を逸らし、空を見た。
「陛下。見て、星が見えないです」
「ああ。そうだね。雪雲、なくしてあげようか?」
「魔力の無駄使いは身体に良くありませんよ」
ミーシャは首を横に振った。
「大丈夫。だけどもし身体が凍ったら、ミーシャが温めて」
リアムは片手を空に向かってかざし仰ぎ見た。ミーシャも同じように空を見上げる。しばらくすると雪は止み、頭上にあった厚い雲が薄れ、晴れていく。
澄んだ空気のおかげで夜空の星々が煌めいている。
「陛下、すごい。瞬く星がきれい!」
「天に広がる星空の下にいるのは、俺とミーシャの二人だけだ」
リアムはミーシャの肩を掴むと、自分の方へ引き寄せた。後ろから抱きしめるようにして、彼の腕の中に閉じ込められた。頭に頬をすり寄せるとそっと、ミーシャの耳に囁いた。
「陛下じゃなくて、名前で呼んで」
心臓がとくんと跳ねた。それが合図だったように胸が早鐘を鳴らしはじめる。
下を向こうとすると、リアムの手がミーシャの顎に触れ、持ち上げた。
「命令。早く呼んで」
お互いの鼻が触れそうな距離と、美しく輝く碧い双眸に息を呑む。魅了されて、頭はリアムでいっぱい埋め尽くされていく。
「リ……」
リアムと名を口にする前に、ミーシャの唇は彼の唇に塞がれてしまった。
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