第69話 けじめの付け方

「ナターシャ。おまえ何でここにいるんだ」

「あら、お兄様。居たの」

「居たわ! 最初からずっと、陛下の横に!」

 ナターシャはつんと顔を逸らすと、リアムに向き直った。


「今朝方、父の意識が戻りましたの。その報告をいち早くしたいと想いまして馳せ参じました」

「それは本当か」

 リアムの問いに、ナターシャは安心したように笑った。


「陛下が良い医者と、薬を手配してくれたおかげです。本当にありがとうございます」

 ナターシャは頭を下げたあとリアムに抱きつこうとしたが、それをリアムは避けた。三人のあいだに微妙な空気が流れた。


「ジーン。少し、離れて居てくれ」

「かしこまりました。ノア皇子たちと一緒にいます」


 リアムはジーンが立ち去り、二人きりになるのを待ってから口を開いた。

「ナターシャ。今後は俺に気軽に触れないで欲しい」

「凍化病が進んでいらっしゃるからですか? それなら心配にはおよび……、」

「病は関係ない。ミーシャに、変に誤解されたくない」

 ナターシャは、目と口を開けて固まった。


「これまで、兄妹にはとても世話になった。傍を離れず、支えてくれてありがとう」

「当然のことを、したまで、です……」

「これからも支えてくれるとありがたい。俺と、ミーシャを」


 ナターシャがぐっと奥歯を噛みしめたのをリアムは見て取れた。そのまま彼女が言葉を発するのを待った。ナターシャは顔を上げると、まっすぐ目を見て言った。


「私は陛下が、リアム様のことが好きです。ずっと、ずっと前から」

 

 ジーンは、ミーシャへの感情を恋だという。相手を想い、求める気持ちを知った今、ナターシャの言葉が心からのものだと理解ができて、胸が痛んだ。


「陛下の心にクレア様がいるのは知っています。それでも私は……」

「ナターシャ。君がどれだけ俺を想ってくれても、その気持ちに応えることはできない」

 ナターシャは続くはずだった言葉を飲み込むと、下を向いた。

 思いを伝えるには、とても勇気がいる。彼女に最大限の敬意を示すために、期待を持たせるような中途半端な返答はしない。


「俺がこの手で幸せにしたいと思うのミーシャだけだ。この命続く限り、ミーシャには俺の傍にいて欲しい。いつも、笑っていて欲しいと願っている」


 下を向いたまま、聞いていたナターシャは一度深く息を吐くと、顔を上げた。


「陛下。一ついいですか? クレア様のことは、忘れられそう?」

「それは、無理だろうね」

「それでも、彼女を選ぶと」

「彼女が嫌じゃなければ」

 ナターシャはふっと笑った。

「陛下、勝手ですね」

「ナターシャの兄曰く、恋とは自分勝手で言いそうだ」

 一瞬目を見開いたあと、ナターシャはくすくすと笑った。


「陛下の気持ち、わかりました。言っていただき、ありがとうございました」


 ゆっくりと長く、ナターシャは頭を下げた。


「陛下。幸せになってね」


 最後に笑顔を浮かべ、ナターシャはリアムに背を向けた。リアムは、ジーンの方へ向かう彼女の背を黙って見送った。ジーンはナターシャの顔を見るなり、明らかに驚き、声を張った。

「おまえ、泣くか怒るかどっちかにしろ!」

「うるさい、バカ兄!……兄様、ずっと待ってもらっている私の縁談、勧めて」

「え……あんなに渋っていたのに、いいのか?」

「良いって言ってるでしょう。その代わり、私にふさわしい、とびきりいい男を選んでね!」

 ナターシャは、手で顔を何度も拭う仕草をしたあと、

「せっかくですから、ミーシャ様に会ってから帰ります」と言った。


「陛下から、ミーシャ様を支えるという光栄なことを頼まれましたから」

 ナターシャはもう一度リアムにむかってお辞儀をすると、背を伸ばし、そのまま去って行った。

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