第68話 恋は人を狂わせる
リアムの朝の日課は、庭での鍛錬と、白狼と遊ぶことだ。
一人のときもあれば、ジーンが一緒のときもある。
「陛下。おはようございます」
空が白みはじめたころ、白い息を吐きながらジーンが庭に現われた。
白狼は、誰でも見ることはできるが魔力が無いと
「最近、ミーシャから目が離せない」
リアムが呟くように言うと白狼にデレ顔だったジーンは、その顔のまま固まった。
「陛下。今なんて、仰いました?」
「だから、ミーシャの仕草がいちいち愛しくて、彼女に触れていたくなる」
「へ、へ、へ、へい、陛下!」
「なんだ、その呼び方」
「それを、なんと言うか知っていますか『こ・い』です!」
ジーンは暑苦しい顔でリアムに近寄った。
「こい?」
「そうです」
リアムは顎に手を置いて、しばらく考えたあと口を開いた。
「わかった。あれだろ……今日は霧が、」
「濃い。違う!」
「では、結果がわかっていてわざとする行為のことだ」
「それは、故意ですね、それも違います!」
「ジーン、こっちに来い」
「御意。て、その来いでもありません! 誰かを好きになる『恋』です!」
ジーンはふざけるのもたいがいにして下さい。と、目くじらを立てて言った。
少しからかいすぎたと、リアムは苦笑い浮かべながら白狼に向き直った。白狼は首から魔鉱石をさげている。触って、確かめたあとに言った。
「もし、これが恋という感情なら、早く消さないとな」
「……はい?」
ジーンは人に見せられないくらい歪んだ顔になったが、リアムは無視した。
「恋は人を狂わせる。自分勝手で、周りが見えなくなる。よくない状態だ」
「それは、人によりけりだと思いますよ」
ジーンは声のトーンを上げながら言った。
「その人の為に、すごい力が出るときもあります。素晴らしい感情です」
胸に手を当て、熱弁するジーンに冷たい視線を送ってあげた。
「ミーシャのことは、この命尽きるまで守ると決めている。でもそこに、俺の感情はいらない」
「いらないって。陛下に愛されて、喜ばない人なんていないです」
ジーンは心配するような声で言った。
「では俺が死んだあとは? 残された人には長い哀しみが待っている。それに耐えられずに自ら命を絶ったのが、我が母だ」
母は先々帝のルイス陛下を心から愛していた。二人の出会いは政略結婚だが、仲睦まじい姿をリアムは幼少期に何度か見かけたことがあった。
ルイスの凍化を食い止めようと必死で、息子たちに気が回らないほどだった。先々帝が身罷ったときは憔悴しきって、見る間に痩せ細り、とても見ていらえなかった。
「大事な人を守れず、失う哀しみはとても理解できる。もう、味わいたくない」
「守れなかったのは過去の話です。これから守っていけばいいんです」
「俺の方が先に死ぬのに、どうやって守る? 皇帝という立場で彼女を縛り付けるのは簡単だ。だが、そのあと悲しい想いをさせてしまう。違うか?」
ジーンは何も言い返さなかった。しかたなく、リアムは空から降ってくる雪を掴んだ。そっと手のひらを開いて雪結晶を眺める。
「師匠にもらった命だ。自らは断たない。だが、延命しようとも思わない。これまで頑張ってこられたのは、人々の幸せをいつも願っていたクレアの意思を引き継いだからこそ。みんなが幸せなら、それで十分だ」
ジーンは、「お言葉ですが」と前置きをすると顔を上げた。強い眼差しを彼はリアムに向けた。
「みんなの中に、僕は含まれません」
「どうして? 遠慮せず含め」
「僕の幸せは、陛下が幸せになってはじめて得られるからです」
リアムは目を見張った。
「わかりますか? 陛下が幸せにならないと、僕はちっとも幸せじゃないってことです。ですからどうぞ、陛下はミーシャ様と幸せになってください」
「な……」
「なぜとか聞かないでくださいよ。私が陛下をお慕いしていることはご存じですよね」
ジーンはにこりと笑った。
「幼少期からあなた様の傍にいるですよ。辛い目にたくさんあってきたことを知っているんです。それでも人のために動く人だとわかっているんです。陛下が幸せになったって、誰も文句など言いません。恋で狂う? 自分勝手で周りが見えなくなる? 大いに結構です。前にも言ったと思いますが、親友として僕はリアム陛下の幸せを望みます」
ジーンの想いがゆっくりと、胸に染み入るようだった。親友で一番の理解者である彼がくれた言葉を、リアムはしばらく立ったまま考えた。
「何の話をしているの?」
ひょこっと現われたのは、小さな白狼を連れたノアだった。リアムは小さな皇子の頭を撫でてあげてから質問に答えた。
「ミーシャのことを話していた」
ノアはきらきらと目を輝かせながらリアムを見た。
「陛下のお嫁さんだね、僕、お姉さん大好き! すごくやさしいんだ。遊んでくれるし、褒めてくれる!」
「そうか」
「あ、大きい白狼がいる。陛下、触ってもいい?」
「白狼がいいならな」
ノアは笑顔で駆け出した。白狼はノアが近づいても警戒する様子はなく、小さな手で触られて目を細めている。その様子を眺めていると、また誰かが来たのがわかった。
「陛下、私ともお話しましょう」
声をかけられ振り返ると、そこにいたのはナターシャだった。
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